45歳、妊娠しました

第36話 決断の時

病室の空気は張りつめ、時計の秒針の音がやけに大きく響いていた。



 美香はベッドの上で大きく息を吐きながら、医師の言葉を反芻していた。

「自然分娩か……帝王切開か……」



 汗ばむ手を握る健一の手は力強く、けれどその震えは隠しきれなかった。

「美香、無理するな。赤ちゃんも、お前も守る方法を……一緒に選ぼう」



 結衣はベッド脇で両手を握りしめ、涙を堪えていた。

「ママ……お願い、元気でいて。赤ちゃんにも会いたいけど、なにより……ママに」



 その言葉に、美香の胸が熱くなった。娘が自分を心から案じてくれている。その姿に、母として、妻としての答えが自然に浮かんできた。



「……先生。私、帝王切開でお願いします」

 はっきりとした声が病室に響いた。



 医師は深くうなずき、すぐに看護師へ指示を飛ばした。

「準備を。緊急手術に入ります」



 慌ただしくスタッフが出入りする中、健一は美香の額に手をあて、優しく囁いた。

「美香、大丈夫だ。俺も結衣もここにいる。必ず二人で帰ってこい」



 結衣も泣きながら母の手を握った。

「お母さん、頑張って。私も頑張るから……」



 その温もりに包まれ、美香は恐怖よりも「守られている」という安心を感じた。

──この家族となら、きっと乗り越えられる。



 ストレッチャーが動き出す。

手術室へと運ばれていく美香の背を、健一と結衣はまっすぐに見つめていた。





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