45歳、妊娠しました

第39話 初めての抱擁

手術を終えた美香の体はまだ重く、視界も少しぼんやりとしていた。けれど、看護師に促されて視線を横にやると、小さな布に包まれた赤ん坊が運ばれてきた。



「お母さん、赤ちゃんですよ。元気な男の子です」



 看護師の声とともに、小さな体が美香の胸の上にそっと置かれた。

 その瞬間、時間が止まったかのように感じた。



 生まれたばかりの赤ん坊は目を閉じ、小さな口をすぼめてかすかに息をしている。

 温かい……。思った以上に、ずっと温かい。

 そのぬくもりが胸の奥にじんわりと広がり、美香の目からは再び涙があふれ出した。



「……あなたが……私の……」

 か細い声でつぶやき、震える指で赤ん坊の小さな手に触れる。驚くほど小さいのに、確かな力でその指を握り返してきた。



(ああ、この子は……生きている。私の命から生まれてきたんだ)



 胸の奥に、これまでにない母性と責任感が一気に押し寄せた。



 そこへ、健一と結衣が病室に入ってきた。

 二人はベッドに横たわる美香と、その胸に抱かれた赤ん坊を見て、息をのんだ。



「……母さん」

 健一の目が潤む。

 美香は微笑み、少し声を震わせながら言った。

「あなた……結衣……この子が、私たちの赤ちゃんよ」



 結衣はそっと近づき、弟の小さな顔を覗き込んだ。

「ちっちゃい……でも……ちゃんと生きてる……」

 気づけば結衣の頬も涙で濡れていた。



 家族三人の視線が、胸の上の赤ん坊へと注がれる。

 その小さな命は、これからの未来を照らす希望そのものだった。

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