45歳、妊娠しました

第41話 新しい日常の始まり

退院の日。病院の玄関先で、美香は胸に小さな蓮を抱いていた。

 夏の風がやさしく吹き抜け、赤ん坊の頬をかすかに撫でていく。



「さあ、蓮。今日から私たちの家が、あなたの居場所よ」

 美香は小さな顔を覗き込み、微笑んだ。



 運転席には健一、助手席には大きな荷物を抱えた結衣。家族三人と一人の新しい命を乗せた車は、静かに走り出した。



 ──自宅。

 19年ぶりに用意されたベビーベッドと、買い揃えたオムツや哺乳瓶。家の中には慌ただしさと新鮮さが同時に漂っていた。



「わぁ……赤ちゃんのスペースって、本当にあるんだね」

 結衣が感嘆の声を上げると、健一は照れくさそうに笑った。

「夜中泣くかもしれないから、俺も寝室に近い和室で寝ることにした。すぐに動けるようにな」



 美香はベッドに蓮を寝かせ、布団を整えながら、胸の奥に温かいものを感じていた。

 確かに育児は大変だろう。でも、この小さな存在が家にいるだけで、空気が明るく、柔らかく変わっていくのがわかる。



「……ねぇ、母さん」

 結衣が少しはにかみながら言った。

「私、大学始まったら忙しいけど……蓮のお世話、できるだけ手伝うから」



 美香は驚き、娘の成長を噛みしめながらうなずいた。

「ありがとう、結衣。それだけで、どれだけ助かるか……」



 健一が腕を組み、いつもの調子で言った。

「よし、じゃあ今日からチーム佐藤の再スタートだな。全員協力して、この小さな新人メンバーを育てていこう」



 三人は思わず顔を見合わせて笑った。

 蓮の寝息が静かに響く中、家族の新しい日常が、こうして幕を開けた。



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