45歳、妊娠しました

第44話 はじめての保育園

四月の朝。少し冷たい風が吹いていたが、空はすっきりと晴れていた。

 小さなリュックにタオルと着替えを詰め、抱っこ紐で蓮を抱いた美香は、健一と結衣に見送られて家を出た。



「ママ、泣かずにちゃんと預けてきてね」

 玄関で結衣が冗談めかして言う。

「泣くのは私じゃなくて、蓮のほうよ」

 そう言いながらも、美香の胸は緊張でいっぱいだった。



 ──保育園の門。

 小さな子どもたちの声が響く中、美香は蓮を連れて乳児室へ向かった。

 担当の保育士が笑顔で迎えてくれる。

「おはようございます、蓮くん。今日からよろしくね」



 その声に、蓮はきょとんとした表情を見せたかと思うと、やがて唇を震わせ、わっと泣き出した。

「……やっぱりそうよね」

 美香は抱っこしながら必死にあやすが、保育士は落ち着いた口調で言った。

「大丈夫ですよ、お母さん。最初はみんな泣きます。でも少しずつ慣れていきますから」



 美香は蓮を保育士に預けるとき、胸がぎゅっと締めつけられる思いがした。

 19年前、結衣を初めて幼稚園に送り出したときのことがよみがえる。

「また、あのときと同じ気持ちになるなんて……」



 教室を後にし、園庭を横切るとき、窓から蓮の泣き声がまだ聞こえてきた。

 美香は足を止め、振り返りそうになる。

 でも深呼吸をして、歩き出した。



 ──母親としての新しい一歩。

 泣いているのは蓮だけじゃない。

 心の中で、母である自分もまた泣いていた。



 その夜。

「どうだった?」と結衣が尋ねると、美香は笑顔をつくりながら答えた。

「……思ったより大変。でも、私も強くならないとね」



 蓮はすやすやと眠っていた。小さな寝息を聞きながら、美香は自分自身の覚悟を確かめるようにまぶたを閉じた。



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