45歳、妊娠しました

第47話 課長としての試練

復帰して一か月。美香の机の上には、書類の山と部下からの依頼メモが重なっていた。新しいプロジェクトの進行管理、取引先との調整、さらには部下の人事評価。課長としての責任は、産休前よりもさらに増えているように感じた。



 午後の会議室で、部下のひとりが提案した資料に対し、取引先から厳しい意見が飛んだ。空気が重くなる中、美香は一呼吸おき、落ち着いた声でまとめに入る。

 「この部分は修正が必要ですね。でも提案自体は方向性が間違っていない。次回までに改善策を練り直しましょう」

 部下の表情が少し和らぎ、会議は収束した。けれど、美香の心の中では「次回まで」という期限が頭に重くのしかかる。



 その日の帰宅時間。保育園から「蓮くん、少し熱が出ています」と連絡が入った。

 会議室を出てすぐに電話を耳に当てた美香は、一瞬足が止まった。

 「熱…? すぐ迎えに行きます!」



 保育園に駆けつけると、健一も仕事を抜けて来ていた。小さな体を抱かれた蓮は、赤いほっぺでぐったりしている。

 「ごめん、今日、どうしても会議で…」

 健一の言葉に、美香は首を振った。

 「いいの。私も結局、抜けてきたんだから」



 家に戻り、結衣も交えて看病をする。冷えピタを貼りながら、美香は胸の奥でつぶやいた。

 ──課長としても母としても、どちらも全力で応えたい。けれど、体はひとつしかない。



 夜遅く、蓮の熱が少し下がったとき、健一が真剣な表情で言った。

 「美香、一人で抱え込みすぎるな。俺も結衣もいるんだから」

 美香は夫の目を見つめ、静かにうなずいた。

 家族の支えを信じて、課長としても母としても前に進む。その覚悟を、改めて胸に刻む夜だった。

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