治療不可能な恋をした
恋を、選ぶ
学会の日から、数日が経っていた。
あの日、理人に「好きだ」と言われたとき、胸の奥で何かが崩れる音がした。
好かれるはずがないと信じ込んでいたはずの彼に、真っ直ぐな気持ちを向けられ、どうしようもなく揺さぶられていた。
告白は──嬉しかった。たしかに、嬉しかったはずだった。
心臓が跳ねたし、息が止まるかと思うほど動揺した。それなのに、返事をすることができなかった。
“嬉しい”だけじゃ、済まない気がした。
そんな一言で返すには、自分にはあまりにも足りないものが多すぎた。
「仁科先生、あとでオーダー確認だけお願いしてもいいですか?」
看護師に声をかけられて、梨乃はハッと我に返った。
「……あ、はい。すみません」
返事はできている。業務にも大きな支障は出ていない。けれど、今の自分が“普段通り”ではないことは、自分が一番よくわかっていた。
書きかけのカルテに目を戻しても、視線は文字の上を滑るばかりで、まったく頭に入ってこない。
──どうしたら、いいの?
自問しても、答えは出なかった。心の中のざわめきだけが、静かな病棟の空気のなかで膨らんでいく。