治療不可能な恋をした
嫉妬、こぼれる恋情 -side 理人-


「次の議題に移ります。新しい手術手技についての報告ですが──」

司会者の淡々とした声が会議室に響く。

「……」

理人は手元の資料に視線を落としていた。

意識を前に集中させようとしてはいるものの、隣に座る梨乃の存在にどうしても引き寄せられてしまう。

梨乃は静かに紙面を見つめ、時折スクリーンに真剣な眼差しを向けている。頬の線は柔らかいのに眉間にはうっすらと皺が寄っていて、そのコントラストが妙に胸にくる。

微かに揺れるまつ毛。きゅっと結ばれた薄い唇。その一つ一つに視線を奪われるたび、理人は自分の中の何かがかき立てられるのを感じた。

(眉間に皺寄ってても可愛いって……反則だろ)



あの日のデートから、もう何日も経っていた。

その後二人とも多忙で、ゆっくり過ごす時間など一度も取れていない。その事実は日に日に理人の中で鬱積を増やしていき、今こうして隣にいるのに触れられない現状が余計にもどかしくさせる。

「続いてこちらのスライドをご覧ください」

司会者の声に意識を前へと向け直そうとする。理人はわざと背筋を伸ばし、資料をめくる手を落ち着けた。

だが、わずかに気を抜けばまた梨乃を目で追ってしまう。

ほんの数十センチ。手を伸ばせばすぐに触れられる距離にいるのに──それが許されない場所と時間が、余計に心を焦らす。
< 159 / 306 >

この作品をシェア

pagetop