治療不可能な恋をした
これは、恋?


まぶたを開けると、光がまぶしかった。

カーテンの隙間から差し込む朝の陽射しが、ぼんやりとした輪郭で床を照らしている。

(……寝すぎた)

重たい身体を引きずって、梨乃はゆっくりベッドから起き上がる。

昨日の飲み会の記憶が、ところどころ途切れながらも胸の奥にまだ沈んでいる。──いや、正確には、そのあとの会話だ。

夜道、あの一言。


──『勢いなんかじゃねぇよ』


思い出すたびに、なぜか喉の奥が熱くなる。

(……あれは…どういう意味だったんだろう)

その答えは、あのとき聞いたはずなのに、はっきりとは掴めないまま。理人の目、声、表情。思い返すたびに、心が不意打ちのようにざわつく。

(逃げてるって……一体、なにから……)

分からない。いや、正確には分かりたくないのかもしれない。


枕元に置いたスマホをちらりと見やる。時刻はもう昼をとっくに過ぎていて、自分のだらしなさに深いため息をついた。

重たい足取りで部屋を出る。
階段を下りながら、昨夜の言葉がまだどこかで反芻されているのを感じる。

リビングのドアノブに手をかけ、そっと引いた時だった。

「あら、おはよう。お寝坊さん」

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