タイムスリップできる傘
第十一章 恩師を訪ねる
天気……昼間はよく晴れていて、風もほとんどなかった。日が暮れると風が出てきて木の葉がひらひらと風に舞いながら地面に落ちていった。夜になると空が曇ってきて月は見えなかったが、曇り空のすき間から、星がぽつぽつと、見えたり隠れたりしていた。
ミー先生の傘を開いて、傘の軸についているボタンを押して呪文を唱えながら、くるくる回すだけで、ぼくは過去も未来も見ることができる。この前、馬小跳たちが大学生になっていて、夏林果の誕生日のパーティーに集まっている場面を見ることができたので、とても楽しかった。あのとき、明日、みんなで恩師の秦先生を訪ねようと話していたので、今晩はその場面を見ようと思っている。
昼間のうちに、ぼくはミー先生の傘に乗って馬小跳のうちへ行って、開いていた窓のすきまから、馬小跳の部屋に入り込んで、ベッドの下に隠れていた。
夕方遅く、馬小跳がうちへ帰って来た。馬小跳のお母さんが
「どうしたの。いつもより遅いじゃない」
と聞いていた。
「秦先生に残されていたから」
馬小跳が、ぼそっとした小さな声で、そう答えていた。
「何かまた悪いことでもしたのでしょう」
お母さんが問いただしていた。
「何もしていないよ」
馬小跳がそう答えていた。
「何もしていないのに、秦先生がどうして居残りをさせますか。正直に話しなさい」
お母さんがそう言った。それを聞いて、馬小跳はしかたなく話し始めた。
「作文の時間に丁文涛が作り話を書いていたので、ぼくが秦先生に、そのことを指摘したら、丁文涛が『作り話ではありません。事実を書きました』と、言い張っていた。丁文涛は真面目で頭がよい子なので、秦先生は丁文涛の言うことを信じて、ぼくに丁文涛に謝るように言っていた。でもぼくは謝らなかった。それで秦先生が怒って、ぼくを遅くまで事務室の前に立たせていた」
馬小跳がそう言った。それを聞いてお母さんが
「どうして謝らなかったの」
と、聞いていた。
「だって、ぼくの言っていることは正しいのに、どうして謝らなければいけないのですか」
馬小跳がそう反問していた。
「丁文涛が書いた作文の内容を話してくれませんか」
と、お母さんが言ったので、馬小跳はうなずいてから話し始めた。
「丁文涛は作文のなかで、孔雀の糞を乾燥させて粉末にしたものをコーヒーのなかに入れて飲んだらおいしくて、ふわふわと天にのぼっていくように思えたと書いていた。丁文涛はその粉末を動物園で買ってきたらしく、興味を示した安琪儿にも一袋あげていた。あとで安琪儿に聞いたら臭くて、少しもおいしくなかったと言っていた。ぼくが秦先生に怒られているのを見て、安琪儿も、ぼくが言っていることは正しいと言って弁護してくれた。でも秦先生は聞く耳を持たなかった」
馬小跳は、やるせない思いをお母さんに話していた。
「そうだったの。味の好みは一人ひとり違うから何とも言えないけど、安琪儿に聞いてみたいから、ちょっと呼んできて」
お母さんが馬小跳にそう言った。
「分かった。呼んでくるよ」
馬小跳はそう言って、すぐに安琪儿を呼んできた。お母さんは安琪儿に、孔雀の糞を乾燥させて粉末にしたものを入れたコーヒーの味を聞いていた。
「おばさん、少しもおいしくなかったわ」
安琪儿が率直にそう答えていた。お母さんは、それを聞いて、うなずいていた。安琪儿はそのあと
「秦先生はいつも丁文涛の肩を持っているから、丁文涛と馬小跳の意見が対立するときはいつも丁文涛の言うことを信じて、馬小跳を非難している。でもあの作文に関しては、馬小跳の言っていることが正しくて、丁文涛はうそを書いたのは明らかです。秦先生は丁文涛を叱って、馬小跳に謝らせるべきだわ」
と言っていた。それを聞いて馬小跳のお母さんが
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ」
と答えていた。安琪儿はそれからまもなく自分のうちへ帰っていった。
安琪儿の話を聞いて、ぼくは馬小跳がとても気の毒に思った。馬小跳は少しも悪くないのに、秦先生がえこひいきをして、馬小跳に非難の矛先を向けたことを知って、やるかたない思いに駆られていたからだ。生徒をひいき目で見る秦先生に対して、馬小跳は快く思っていなかったかもしれない。でも大きくなってからの馬小跳は秦先生を恨みに思うどころか、懐かしく思っていて、今はどうしていらっしゃるのだろうと思って、気にかけていたことを、ぼくは知っている。この前、ミー先生の傘を開いて馬小跳の十年後の姿を見たときに夏林果の誕生日のパーティーの場面が傘紙に映し出されていて、そのとき小学校の同級生に、秦先生に会いに行こうと提案したのは馬小跳だったからだ。ぼくは今夜、馬小跳が寝たあと、ミー先生の傘を開いて、馬小跳たちが秦先生に会いに行っている場面を見ることにした。
夜が更けて、馬小跳がいびきをかきながら、ぐっすり寝ているときに、ぼくはこっそりとベッドの下から出てきて、傘を開いて傘の軸についているボタンのなかから未来が見えるボタンを押しながら
「馬小跳たちが恩師に会いに行っている場面を見たい」
と言った。傘をくるくる回すと、それからまもなく、その場面が傘紙のなかに見えてきた。
馬小跳たちは駅前の広場で待ち合わせをしてから、秦先生のうちへ向かって歩いていた。それからまもなく秦先生のうちに着いた。馬小跳が玄関のインターホンを押すと、うちのなかから白髪の女性が出てこられた。年の頃は六十歳ぐらいに見えた。
「秦先生、お久しぶりです」
馬小跳がそう言うと、秦先生は懐かしそうな顔をしながら、馬小跳の顔をじっと見ておられた。
「馬小跳ですよね」
秦先生がそうおっしゃった。
「そうです」
馬小跳がそう答えていた。
「あのころとは見違えるほどになっていたから、一瞬、誰だか分からなかった」
秦先生がそうおっしゃって、笑みを浮かべておられた。馬小跳はそのあと、いっしょにやってきた同級生たちを一人ひとり紹介していた。秦先生は小学校のころの子どもたちの面影を探すような目で、今はりっぱな青年に成長した教え子たちを見ておられた。馬小跳たちが小学校を卒業してから十年がたっていたが、秦先生が馬小跳たちを見るまなざしは、あのころと少しも変わらずに教育愛にあふれていた。
「どうぞ、なかに入って」
秦先生がそうおっしゃったので、馬小跳たちは玄関で靴を脱いでからスリッパに履き替えて、案内された応接室に入っていった。応接室の壁には、額に入れた写真がたくさん飾ってあった。写真はどれも教え子たちの卒業式の記念写真ばかりだった。馬小跳たちは、そのなかから自分たちが写っている写真を探し出して、懐かしそうに見ていた。
「おれはここにいる」
「わたしは、ここにいるわ」
「唐飛、おまえは太っていたなあ」
「路曼曼は馬小跳を、じろっと見ている」
「張達の目は夏林果を、いとおしそうに見ている」
「毛超は親指を立てて、嬉しそうに笑っている」
写真を見ながら、馬小跳たちは思い思いの感想を述べていた。みんな楽しそうに見ていた。
サイドボードの上にも写真立てがあって、そのなかの一枚は何と、馬小跳たち、悪ガキ四人組の写真だった。馬小跳、唐飛、張達、毛超がいかにもやんちゃそうな顔をしながら、くったくなく笑っていた。その写真を見ながら馬小跳たちは、まさか自分たちの写真が
そんなところに飾ってあるとは思ってもいなかったので、びっくりしたような顔をしていた。
「秦先生の教え子のなかには立派な学生がたくさんいたでしょうに、どうして、ぼくたちのような悪い学生の写真を、よりにもよって、こんなところに飾っているのですか」
馬小跳がけげんそうな顔をしながら、秦先生に聞いていた。秦先生はそれを聞いて、くすくす笑いながら
「あなたたちはたくさんの思い出を与えてくれたからよ」
と、おっしゃっていた。馬小跳はそれを聞いて
「あのころ、ぼくたちは悪いことばかりして、秦先生を煩わせてばかりいました。今、思えば、とても恥ずかしいです」
と答えていた。それを聞いて秦先生が
「あのころ、あなたたちに、どれほど手を焼いたか分からないわ。いつもぐるになって、
手に負えないようないたずらばかりするので、うちへ帰ってから何度泣いたことか数知れない。あなたたちが卒業したとき、正直言って、ほっとしたわ。でも、あなたたちがいなくなったあと、今、どうしているだろうと思って、気になってたまらなくなったから、写真立てに、あなたたちの写真を入れて、毎日見ながら、立派な若者になってねと話しかけていたの」
と、おっしゃっていた。それを聞いて馬小跳の心が熱くなっていた。唐飛がそのあと
「あのころ、秦先生は、ぼくたちを、それぞれ別のクラスに入れて分けようとしていたのを、ぼくは覚えています」
と言った。秦先生はそれを聞いてうなずいておられた。
「確かに、そうしようと思っていたわ。でも今思えば、分けないでよかったと思っています」
秦先生がそうおっしゃっていた。
「どうしてですか?」
唐飛が聞き返していた。
「あなたたちは切っても切れないほどの深い友情で結ばれていることが分かったからです。もしあのとき無理に分けていたら、あなたたちは、ぐれて、もっと悪い学生になっていたかもしれないと思っているからです」
秦先生がそうおっしゃっていた。
「ぼくもそう思います。ぼくたち四人は幼稚園のころからずっと仲がよかった『竹馬の友』です。もしあのとき無理に引き離されていたら、学校に不満を抱いて、もっと悪いことばかりしていたかもしれません」
毛超がそう答えていた。秦先生はそれを聞いてうなずいておられた。
「わたしはこれまで三十年以上も小学校の教師をしてきましたから、教え子のなかには、立派な人になった学生もたくさんいます。でもこのクラスには、あなたたち四人組がいたからとても目立っていて、今でも忘れられないクラスの一つになっています」
秦先生がそうおっしゃっていた。
「ぼくたちだけでなくて、このクラスには夏林果もいたから目立っていたのではないのですか?」
毛超がそう言っていた。秦先生は、それを聞いて夏林果を見ながら
「そう、そう、そうだった。あなたは学校中の『花』だったから、とても目立っていた。席替えのとき、馬小跳はあなたと、たまたま席を並べることになったので、嬉しくてたまらないでいた。あのときの馬小跳の顔は今でもよく覚えているわ」
と、おっしゃっていた。それを聞いて馬小跳は照れくさそうに顔を赤らめていた。夏林果は、くつくつと笑っていた。
「ぼくが夏林果と席を並べることになって嬉しかったのは、夏林果がきれいだったからだけではありません。夏林果は、近くにいても、ぼくのことを監視して告げ口をするような子ではなかったからです」
馬小跳がそう答えていた。それを聞いて路曼曼が心中穏やかではないような顔をして
「馬小跳、それって、もしかしたら、わたしへのあてこすり?」
と聞いていた。
「……」
馬小跳は何も答えなかった。
馬小跳と路曼曼の間に険悪な空気が流れ始めたので、秦先生が話題をさっと変えて
「丁文涛はどうしているのかしら。最近、音沙汰ないけど」
と、おっしゃっていた。
「丁文涛は昨日の夏林果の誕生日のパーティーのときには来ていました。秦先生のうちに行こうと誘ったのですが、首を縦に振りませんでした。留学試験に失敗したので、来年の春、国内の大学院の試験を受けることにしていて、その準備で忙しいそうです」
路曼曼がそう言った。
「そうですか。でもまだ時間があるのに、どうして来なかったのでしょう?」
秦先生がけげんそうな顔をしながら、そうおっしゃっていた。それを聞いて馬小跳が
「ぼくが臆測するところによれば、子どものころとても優秀で秦先生のおめがねにかなっていた彼が留学試験に失敗したので、恥ずかしくてあわせる顔がないのではないのかなと思っています」
と答えていた。
「そうだったの。そんなことは、どうでもいいのにね」
と、秦先生がおっしゃっていた。丁文涛が来なかったことに、秦先生はがっかりしておられるようだった。丁文涛は、あのころ、秦先生が一番好きな学生だったから、会いたくてたまらないようだった。
「丁文涛と、おれたちは、月とスッポンのような関係だったし、何かトラブルが生じたとき、秦先生はいつも丁文涛の肩を持っておられた」
馬小跳が率直にそう言った。
「そう、確かにそうだった。今、思うととても恥ずかしく思います。事実をよく確かめもしないで、一方的にあなたたちが間違っていると決めつけて、あなたたちに厳しくお仕置きをしたことが、たびたびありました。本当に申し訳なく思っています」
秦先生が、そうおっしゃっていた。
「秦先生が、あいつに、えこひいきをしたり、ぼくたちに、ぬれぎぬを着せたりしたときは正直言って、あまりいい気持ちはしませんでした。でもぼくたちは今、秦先生に少しも恨みを抱いていません。恨むどころか感謝の気持ちを抱いています。秦先生は、ほかの誰よりも、ぼくたちのことを愛してくださっていた優しい先生だったと、今初めて気がついたからです」
馬小跳がそう答えていた。
「ありがとう、そう言ってくれると、嬉しいわ」
秦先生は感激して、涙を浮かべておられた。
馬小跳はそのあと、唐飛たちに
「おれたち、これから毎年、『教師の日』に、秦先生に会いに来ないか?」
と、提案していた。
「いいねえ、そうしよう」
唐飛たちは笑顔でそう答えていた。
それからまもなく馬小跳たちは秦先生と、おいとまをして、うちへ帰っていった。
ミー先生の傘を開いて、傘の軸についているボタンを押して呪文を唱えながら、くるくる回すだけで、ぼくは過去も未来も見ることができる。この前、馬小跳たちが大学生になっていて、夏林果の誕生日のパーティーに集まっている場面を見ることができたので、とても楽しかった。あのとき、明日、みんなで恩師の秦先生を訪ねようと話していたので、今晩はその場面を見ようと思っている。
昼間のうちに、ぼくはミー先生の傘に乗って馬小跳のうちへ行って、開いていた窓のすきまから、馬小跳の部屋に入り込んで、ベッドの下に隠れていた。
夕方遅く、馬小跳がうちへ帰って来た。馬小跳のお母さんが
「どうしたの。いつもより遅いじゃない」
と聞いていた。
「秦先生に残されていたから」
馬小跳が、ぼそっとした小さな声で、そう答えていた。
「何かまた悪いことでもしたのでしょう」
お母さんが問いただしていた。
「何もしていないよ」
馬小跳がそう答えていた。
「何もしていないのに、秦先生がどうして居残りをさせますか。正直に話しなさい」
お母さんがそう言った。それを聞いて、馬小跳はしかたなく話し始めた。
「作文の時間に丁文涛が作り話を書いていたので、ぼくが秦先生に、そのことを指摘したら、丁文涛が『作り話ではありません。事実を書きました』と、言い張っていた。丁文涛は真面目で頭がよい子なので、秦先生は丁文涛の言うことを信じて、ぼくに丁文涛に謝るように言っていた。でもぼくは謝らなかった。それで秦先生が怒って、ぼくを遅くまで事務室の前に立たせていた」
馬小跳がそう言った。それを聞いてお母さんが
「どうして謝らなかったの」
と、聞いていた。
「だって、ぼくの言っていることは正しいのに、どうして謝らなければいけないのですか」
馬小跳がそう反問していた。
「丁文涛が書いた作文の内容を話してくれませんか」
と、お母さんが言ったので、馬小跳はうなずいてから話し始めた。
「丁文涛は作文のなかで、孔雀の糞を乾燥させて粉末にしたものをコーヒーのなかに入れて飲んだらおいしくて、ふわふわと天にのぼっていくように思えたと書いていた。丁文涛はその粉末を動物園で買ってきたらしく、興味を示した安琪儿にも一袋あげていた。あとで安琪儿に聞いたら臭くて、少しもおいしくなかったと言っていた。ぼくが秦先生に怒られているのを見て、安琪儿も、ぼくが言っていることは正しいと言って弁護してくれた。でも秦先生は聞く耳を持たなかった」
馬小跳は、やるせない思いをお母さんに話していた。
「そうだったの。味の好みは一人ひとり違うから何とも言えないけど、安琪儿に聞いてみたいから、ちょっと呼んできて」
お母さんが馬小跳にそう言った。
「分かった。呼んでくるよ」
馬小跳はそう言って、すぐに安琪儿を呼んできた。お母さんは安琪儿に、孔雀の糞を乾燥させて粉末にしたものを入れたコーヒーの味を聞いていた。
「おばさん、少しもおいしくなかったわ」
安琪儿が率直にそう答えていた。お母さんは、それを聞いて、うなずいていた。安琪儿はそのあと
「秦先生はいつも丁文涛の肩を持っているから、丁文涛と馬小跳の意見が対立するときはいつも丁文涛の言うことを信じて、馬小跳を非難している。でもあの作文に関しては、馬小跳の言っていることが正しくて、丁文涛はうそを書いたのは明らかです。秦先生は丁文涛を叱って、馬小跳に謝らせるべきだわ」
と言っていた。それを聞いて馬小跳のお母さんが
「ありがとう。そう言ってくれると嬉しいわ」
と答えていた。安琪儿はそれからまもなく自分のうちへ帰っていった。
安琪儿の話を聞いて、ぼくは馬小跳がとても気の毒に思った。馬小跳は少しも悪くないのに、秦先生がえこひいきをして、馬小跳に非難の矛先を向けたことを知って、やるかたない思いに駆られていたからだ。生徒をひいき目で見る秦先生に対して、馬小跳は快く思っていなかったかもしれない。でも大きくなってからの馬小跳は秦先生を恨みに思うどころか、懐かしく思っていて、今はどうしていらっしゃるのだろうと思って、気にかけていたことを、ぼくは知っている。この前、ミー先生の傘を開いて馬小跳の十年後の姿を見たときに夏林果の誕生日のパーティーの場面が傘紙に映し出されていて、そのとき小学校の同級生に、秦先生に会いに行こうと提案したのは馬小跳だったからだ。ぼくは今夜、馬小跳が寝たあと、ミー先生の傘を開いて、馬小跳たちが秦先生に会いに行っている場面を見ることにした。
夜が更けて、馬小跳がいびきをかきながら、ぐっすり寝ているときに、ぼくはこっそりとベッドの下から出てきて、傘を開いて傘の軸についているボタンのなかから未来が見えるボタンを押しながら
「馬小跳たちが恩師に会いに行っている場面を見たい」
と言った。傘をくるくる回すと、それからまもなく、その場面が傘紙のなかに見えてきた。
馬小跳たちは駅前の広場で待ち合わせをしてから、秦先生のうちへ向かって歩いていた。それからまもなく秦先生のうちに着いた。馬小跳が玄関のインターホンを押すと、うちのなかから白髪の女性が出てこられた。年の頃は六十歳ぐらいに見えた。
「秦先生、お久しぶりです」
馬小跳がそう言うと、秦先生は懐かしそうな顔をしながら、馬小跳の顔をじっと見ておられた。
「馬小跳ですよね」
秦先生がそうおっしゃった。
「そうです」
馬小跳がそう答えていた。
「あのころとは見違えるほどになっていたから、一瞬、誰だか分からなかった」
秦先生がそうおっしゃって、笑みを浮かべておられた。馬小跳はそのあと、いっしょにやってきた同級生たちを一人ひとり紹介していた。秦先生は小学校のころの子どもたちの面影を探すような目で、今はりっぱな青年に成長した教え子たちを見ておられた。馬小跳たちが小学校を卒業してから十年がたっていたが、秦先生が馬小跳たちを見るまなざしは、あのころと少しも変わらずに教育愛にあふれていた。
「どうぞ、なかに入って」
秦先生がそうおっしゃったので、馬小跳たちは玄関で靴を脱いでからスリッパに履き替えて、案内された応接室に入っていった。応接室の壁には、額に入れた写真がたくさん飾ってあった。写真はどれも教え子たちの卒業式の記念写真ばかりだった。馬小跳たちは、そのなかから自分たちが写っている写真を探し出して、懐かしそうに見ていた。
「おれはここにいる」
「わたしは、ここにいるわ」
「唐飛、おまえは太っていたなあ」
「路曼曼は馬小跳を、じろっと見ている」
「張達の目は夏林果を、いとおしそうに見ている」
「毛超は親指を立てて、嬉しそうに笑っている」
写真を見ながら、馬小跳たちは思い思いの感想を述べていた。みんな楽しそうに見ていた。
サイドボードの上にも写真立てがあって、そのなかの一枚は何と、馬小跳たち、悪ガキ四人組の写真だった。馬小跳、唐飛、張達、毛超がいかにもやんちゃそうな顔をしながら、くったくなく笑っていた。その写真を見ながら馬小跳たちは、まさか自分たちの写真が
そんなところに飾ってあるとは思ってもいなかったので、びっくりしたような顔をしていた。
「秦先生の教え子のなかには立派な学生がたくさんいたでしょうに、どうして、ぼくたちのような悪い学生の写真を、よりにもよって、こんなところに飾っているのですか」
馬小跳がけげんそうな顔をしながら、秦先生に聞いていた。秦先生はそれを聞いて、くすくす笑いながら
「あなたたちはたくさんの思い出を与えてくれたからよ」
と、おっしゃっていた。馬小跳はそれを聞いて
「あのころ、ぼくたちは悪いことばかりして、秦先生を煩わせてばかりいました。今、思えば、とても恥ずかしいです」
と答えていた。それを聞いて秦先生が
「あのころ、あなたたちに、どれほど手を焼いたか分からないわ。いつもぐるになって、
手に負えないようないたずらばかりするので、うちへ帰ってから何度泣いたことか数知れない。あなたたちが卒業したとき、正直言って、ほっとしたわ。でも、あなたたちがいなくなったあと、今、どうしているだろうと思って、気になってたまらなくなったから、写真立てに、あなたたちの写真を入れて、毎日見ながら、立派な若者になってねと話しかけていたの」
と、おっしゃっていた。それを聞いて馬小跳の心が熱くなっていた。唐飛がそのあと
「あのころ、秦先生は、ぼくたちを、それぞれ別のクラスに入れて分けようとしていたのを、ぼくは覚えています」
と言った。秦先生はそれを聞いてうなずいておられた。
「確かに、そうしようと思っていたわ。でも今思えば、分けないでよかったと思っています」
秦先生がそうおっしゃっていた。
「どうしてですか?」
唐飛が聞き返していた。
「あなたたちは切っても切れないほどの深い友情で結ばれていることが分かったからです。もしあのとき無理に分けていたら、あなたたちは、ぐれて、もっと悪い学生になっていたかもしれないと思っているからです」
秦先生がそうおっしゃっていた。
「ぼくもそう思います。ぼくたち四人は幼稚園のころからずっと仲がよかった『竹馬の友』です。もしあのとき無理に引き離されていたら、学校に不満を抱いて、もっと悪いことばかりしていたかもしれません」
毛超がそう答えていた。秦先生はそれを聞いてうなずいておられた。
「わたしはこれまで三十年以上も小学校の教師をしてきましたから、教え子のなかには、立派な人になった学生もたくさんいます。でもこのクラスには、あなたたち四人組がいたからとても目立っていて、今でも忘れられないクラスの一つになっています」
秦先生がそうおっしゃっていた。
「ぼくたちだけでなくて、このクラスには夏林果もいたから目立っていたのではないのですか?」
毛超がそう言っていた。秦先生は、それを聞いて夏林果を見ながら
「そう、そう、そうだった。あなたは学校中の『花』だったから、とても目立っていた。席替えのとき、馬小跳はあなたと、たまたま席を並べることになったので、嬉しくてたまらないでいた。あのときの馬小跳の顔は今でもよく覚えているわ」
と、おっしゃっていた。それを聞いて馬小跳は照れくさそうに顔を赤らめていた。夏林果は、くつくつと笑っていた。
「ぼくが夏林果と席を並べることになって嬉しかったのは、夏林果がきれいだったからだけではありません。夏林果は、近くにいても、ぼくのことを監視して告げ口をするような子ではなかったからです」
馬小跳がそう答えていた。それを聞いて路曼曼が心中穏やかではないような顔をして
「馬小跳、それって、もしかしたら、わたしへのあてこすり?」
と聞いていた。
「……」
馬小跳は何も答えなかった。
馬小跳と路曼曼の間に険悪な空気が流れ始めたので、秦先生が話題をさっと変えて
「丁文涛はどうしているのかしら。最近、音沙汰ないけど」
と、おっしゃっていた。
「丁文涛は昨日の夏林果の誕生日のパーティーのときには来ていました。秦先生のうちに行こうと誘ったのですが、首を縦に振りませんでした。留学試験に失敗したので、来年の春、国内の大学院の試験を受けることにしていて、その準備で忙しいそうです」
路曼曼がそう言った。
「そうですか。でもまだ時間があるのに、どうして来なかったのでしょう?」
秦先生がけげんそうな顔をしながら、そうおっしゃっていた。それを聞いて馬小跳が
「ぼくが臆測するところによれば、子どものころとても優秀で秦先生のおめがねにかなっていた彼が留学試験に失敗したので、恥ずかしくてあわせる顔がないのではないのかなと思っています」
と答えていた。
「そうだったの。そんなことは、どうでもいいのにね」
と、秦先生がおっしゃっていた。丁文涛が来なかったことに、秦先生はがっかりしておられるようだった。丁文涛は、あのころ、秦先生が一番好きな学生だったから、会いたくてたまらないようだった。
「丁文涛と、おれたちは、月とスッポンのような関係だったし、何かトラブルが生じたとき、秦先生はいつも丁文涛の肩を持っておられた」
馬小跳が率直にそう言った。
「そう、確かにそうだった。今、思うととても恥ずかしく思います。事実をよく確かめもしないで、一方的にあなたたちが間違っていると決めつけて、あなたたちに厳しくお仕置きをしたことが、たびたびありました。本当に申し訳なく思っています」
秦先生が、そうおっしゃっていた。
「秦先生が、あいつに、えこひいきをしたり、ぼくたちに、ぬれぎぬを着せたりしたときは正直言って、あまりいい気持ちはしませんでした。でもぼくたちは今、秦先生に少しも恨みを抱いていません。恨むどころか感謝の気持ちを抱いています。秦先生は、ほかの誰よりも、ぼくたちのことを愛してくださっていた優しい先生だったと、今初めて気がついたからです」
馬小跳がそう答えていた。
「ありがとう、そう言ってくれると、嬉しいわ」
秦先生は感激して、涙を浮かべておられた。
馬小跳はそのあと、唐飛たちに
「おれたち、これから毎年、『教師の日』に、秦先生に会いに来ないか?」
と、提案していた。
「いいねえ、そうしよう」
唐飛たちは笑顔でそう答えていた。
それからまもなく馬小跳たちは秦先生と、おいとまをして、うちへ帰っていった。