タイムスリップできる傘

第十四章 いとこの情の深まり

天気……秋の色がさらに濃くなり、葉をすっかり落とした木々が冷たい風に吹かれて、いっそう寂しげに見える。夜になると、透き通った月の光が、地上に、ほろほろとこぼれてきて、部屋のなかにも柔らかく射しこんでいた。

夜中に目が覚めてお手洗いに行った杜真子は、再びベッドのなかにもぐりこんで寝ていた。ぼくはベッドの下からもう一度出てきて傘を開いて、先ほどの続きを見ることにした。傘の軸についているボタンのなかから未来へタイムスリップできるボタンを押しながら
「杜真子と馬小跳の関係がどうなったのか知りたい」
と言って、傘をくるくる回した。するとしばらくしてから、傘紙の上に、二十代の前半のころの杜真子と馬小跳の姿が映し出された。
ある日、杜真子はお母さんといっしょに馬小跳のうちへ遊びに行っていた。杜真子のお母さんと馬小跳のお母さんは姉妹で、馬小跳のお母さんが姉で、杜真子のお母さんが妹だ。でも見たところ、杜真子のお母さんが年上のように見えた。杜真子が子どもだったころに比べたら、杜真子のお母さんはかなり太っていた。髪はぼさぼさで、適当に束ねていたし、化粧っ気のない顔には、しわが浮かんでいた。着ている服のセンスもよくなくて、太った体をますます太く見せるような色のセーターを着ていた。
それに対して馬小跳のお母さんは、以前と、体形がほとんど変わっていなかった。顔にしわはなかったし、髪はきちんと手入れをしていて、長い黒髪がつやつやと光っていた。着ている服のセンスもよくて、以前と同じように、上品な服を身にまとっていた。ラベンダーのにおいが、ほのかにする香水をつけていて、かぐわしいかおりが、馬小跳のお母さんの美しさをますます引き立てていた。馬小跳のお母さんが若々しく見えるのは外から見えるものに気を配っているだけでなくて、内面の美しさを保っているからのように見えた。年を重ねるにつれて、思うようにいかないことに対する不満から愚痴をこぼしたり、人の悪口を言ったり、ひがんだりする人が多くなるが、そのようなことをしていると内面の美しさが損なわれて、外見にも醜さが自然と出てくるようになる。更年期にさしかかった女性に特に顕著に見られやすい傾向だが、馬小跳のお母さんを見ていると、更年期とはまったく縁がなくて『年が凍った女性』のように思えた。馬小跳のお母さんは美しいものを見たり、生活を楽しむことがとても好きなので、そのような性向が、同年代の女性に比べて、若く見える秘訣ではないだろうかと、ぼくは思っている。
馬小跳のお母さんは、杜真子のお母さんと杜真子を応接室に案内した。馬小跳も自分の部屋から出てきて応接室に入ってきた。杜真子のお母さんは腰をおろすとすぐに杜真子に対する不満を、ぐちゅぐちゅと言い始めた。馬小跳のお母さんは、それを聞きながら、杜真子の顔色をうかがっていた。馬小跳のお母さんは、そのあと杜真子のお母さんに
「あなたは杜真子がまだ小さかったころから、不満たらたらだったけど、今も少しも変わらないのね」
と言っていた。
「だって、わたしが思うとおりにしないのだから」
杜真子のお母さんが、そう答えていた。
「あなたは杜真子の気持ちに寄り添って、助けたり励ましたりしようとは思わないの。杜真子はもう聞き分けのない子どもではないのだから、杜真子のことをもっと理解すべきだわ」
馬小跳のお母さんがそう言った。それを聞いて杜真子のお母さんが、むっとしたような顔をして
「杜真子のことは、わたしが一番理解しています。母親ですから」
と答えていた。杜真子のお母さんと馬小跳のお母さんが火花を散らしているのを見て、馬小跳が口をはさんだ。
「おばさん、ぼくも杜真子のことをよく理解しています。いとこ同士だし、子どものころから知っているから」
馬小跳がそう答えていた。
「だから何だと言うのよ。子どものころ、あなたは、杜真子と仲が悪くて、ちょっとしたことでケンカばかりしていたじゃないの。おばさんが忘れているとでも思っているの」
杜真子のお母さんが今度は攻撃の矛先を馬小跳に向けていた。杜真子のお母さんの剣幕は鋭かったが、それでも馬小跳はひるまなかった。
「だからと言って、ぼくが杜真子のことを理解していなかったわけではありません。杜真子は料理を作ることが好きだったけど、おばさんが、杜真子に料理を作ることを許さなかったから、うちに来て作らせました。作ってくれた料理がとてもおいしかったから、もっと多くの人に知ってもらいたいと思って、杜真子が料理を作っている場面を唐飛にビデオで撮らせてテレビ局に持っていかせました。すると運よく採用されて杜真子はテレビ局に呼ばれてスタジオのなかで料理を作り、その場面がテレビで放映されて、ものすごく反響があって杜真子は脚光を浴びました。あのときの嬉しさが忘れられなかったから、杜真子はその後、大学で栄養学を学んで、料理の腕にますます磨きをかけて、卒業後は、大学院で研究を続ける傍らテレビの料理番組でアシスタントをするようになりました」
馬小跳がそう答えていた。それを聞いて、杜真子のお母さんが心中穏やかではないような顔をしながら
「料理を作ることは、わざわざ大学や大学院に行かなくても誰にでもできることだから、杜真子には、ほかの学問を学んでほしかったわ。あなたや唐飛が子どものころに余計なことをしたから、テレビに出て味を占めて、大学でどうしても栄養学を学びたいと言って聞かなかったからしかたなく……。テレビの料理番組でアシスタントをしていると言っても、あまり嬉しくはない」
と言った。それを聞いて馬小跳が
「ぼくや唐飛のせいで、杜真子はおばさんが望んでいなかった学問を選んだと、おっしゃっていますが、それは違うと思います。そうだろう、杜真子?」
馬小跳が杜真子に聞いていた。杜真子はうなずいた。
「わたしが自分で選びました。子どものころに楽しい思い出があって、そこから将来の夢が広がっていったのは紛れもない事実ですが、それだけではありません。栄養学は人が健康に生きていくための大切な学問だと思ったからです」
杜真子がそう答えていた。それを聞いて馬小跳が
「やはり、そうだった。杜真子が思っていることを、ぼくはとっくに分かっていました。もしかしたら、ぼくはおばさん以上に杜真子の気持ちを理解しているかもしれません」
と臆面もなく言った。
「ふん、しゃあしゃあと、よくもまあ、そんな大口がたたけるわね。子どものころは仲たがいばかりしていたくせに……」
杜真子のお母さんが不愉快そうな顔をしながら、馬小跳にそう言っていた。
馬小跳のお母さんもしっくりいかないような顔をしていた。
(馬小跳はいつから杜真子の気持ちを理解するようになったのだろうか。あんなに犬猿の仲だったのに)
馬小跳のお母さんは、そう思っているようだった。
それからまもなく杜真子が馬小跳に
「あなたの部屋に入ってもいい?」
と聞いていた。
「うん、いいよ」
馬小跳は、にっこりうなずいて、杜真子を自分の部屋に案内していた。
「子どものころ、この部屋が一番好きだったから、このうちへ来ると、よくここで遊んでいた」
杜真子が懐かしそうに話していた。杜真子は部屋のなかを、あちこち見回しながら
「室内のインテリアが、あのころとは、ずいぶん変わったわね」
と言った。
「子どものころ、この部屋の壁には、アニメのキャラクターや怪獣の絵がたくさん貼ってあったけど、今は建造物の写真がたくさん貼ってある」
杜真子がそう言って、興味深そうに写真を見ていた。
「もう、ぼくは子どもではないから」
馬小跳がそう答えていた。
机や、衣装ケースや、本箱の上にも、以前はなかった建造物の模型が置かれていた。
「これらはみんな、おれが設計した建造物だ」
馬小跳が誇らしげに説明していた。
「すごいわね。さすが建築デザイナーの部屋だわ」
杜真子が感心したような目で模型を見ていた。
「あら、これは何?」
ベッドの横にあるテーブルの上に木箱が置かれているのを見て、杜真子が聞いていた。
「オルゴール」
馬小跳がそう答えていた。
「開けてもいい?」
「うん、いいよ」
馬小跳がそう答えたので、杜真子が木箱をそっと開けた。すると木箱のなかにはバレエを踊っている人形がいた。
「ねじを巻いて」
馬小跳がそう言ったので、杜真子は木箱の横についているねじを巻いた。すると『白鳥の湖』のメロディーが流れ出して、その曲に合わせて人形が踊り始めた。それを見ながら杜真子が
「この人形を見ると、わたしはすぐに夏林果のことを思い出すわ。夏林果は今はプロのバレリーナとして活躍しているのでしょう。あなたは今も、夏林果と付き合っているの?」
と聞いた。馬小跳は首を横に振った。
「張達が付き合っている」
馬小跳はそう答えていた。
「そうだったの。わたしはてっきり、あなたが今も彼女と付き合っていて、それでこのオルゴールを飾っているのだと思っていた……」
杜真子がそう言った。それを聞いて馬小跳が
「このオルゴールは、子どものころ、安琪儿がプレゼントしてくれたものだ」
と答えていた。それを聞いて杜真子が
「そうだったの。安琪儿はとても優しい子だったからね」
と言って、子どものころの安琪儿に思いを馳せていた。
「……」
馬小跳は答えなかった。子どものころ、馬小跳は安琪儿にとって頼りがいのある友だちだったから、馬小跳の誕生日や、馬小跳が宿題を手伝ってくれたあと、安琪儿は馬小跳によくプレゼントを贈っていた。馬小跳は夏林果が好きなことを安琪儿は知っていたから、このオルゴールを馬小跳に贈ったら喜んでもらえるに違いないと思っていた。ところが馬小跳は心のなかを見透かされたようで、あまりいい気持ちがしなかったから、こんなのはいらないと言って受け取ろうとはしなかった。馬小跳のお父さんが馬小跳の代わりに受け取って、応接室に飾っていた。馬小跳は最近、このオルゴールを自分の部屋に持ってきて、ベッドの横にあるテーブルの上に置いていた。
子どものころの馬小跳は夏林果にめろめろだったから、ほかの女の子にはまったく興味がなかった。安琪儿は頭が悪くて、容姿もぱっとしない女の子だったから、馬小跳は安琪儿に少しも心を動かされることはなかった。ところが小学校を卒業してから、安琪儿が遠くの中学校にいき、高校を卒業したあと師範大学に入り、今は小学校の教師をしていて、容姿も見違えるほどよくなったので、安琪儿にたいする馬小跳の思いが変わり始めていた。
「あれっ、この刺繍絵は……」
杜真子は、オルゴールのほかに、もう一つ、目新しいものを、馬小跳の部屋のなかで見つけていた。ベッドのすぐ上に刺繍絵が掛けられていて、馬小跳の名前が絵のなかに刺繍されていたからだ。
「この刺繍絵も、もしかしたら安琪儿がくれたの?」
杜真子が聞いていた。馬小跳がうなずいた。
「いつくれたの?」
杜真子がまた聞いていた。
「小学校のときに、誕生日のプレゼントとしてくれた」
馬小跳がそう答えていた。
「自分で心をこめて刺繍したものを、あなたにプレゼントするなんて、安琪儿のあなたへの熱い思いが伝わってくるようだわ」
杜真子がそう言った。
「そうかもしれないが、あのころ、おれは安琪儿にまったく気がなかったから、刺繍絵を飾らなかった。最近になって、やっと刺繍絵を飾ってみようという心境になってきたので、クローゼットの奥から取り出してきた」
馬小跳がそう答えていた。
「あなたの心境の変化に安琪儿は気がついているの?」
杜真子が聞いた。
「……」
馬小跳は答えなかった。
「おまえに聞きたいことがある。安琪儿は大きくなってから、おれにたいして、よそよそしくするようになった。どうしてだと思うか?」
馬小跳が杜真子に聞いていた。
「はっきりとは分かりませんが、わたしが推測するところによれば、安琪儿はあなたのクラスの女の子のなかで変化が一番大きかったからではないでしょうか。誰もが想像もできなかったほど立派になったから」
杜真子はそう答えていた。
「立派になったから、おれなんかに目もくれなくなったということか」
馬小跳が不愉快そうに聞き返していた。
「そうではありません。あなたには女の子の気持ちが分かっていません。安琪儿はあのころ、あなたをとても慕っていましたが、あなたは宿題を手伝ってあげるほかは安琪儿を喜ばせるようなことは何もしませんでした。大きくなってから安琪儿はそのことに気がついて、あのころの一方的な片思いが恥ずかしくなって、よそよそしくするようになったのではないのでしょうか」
杜真子がそのように分析していた。
「そうか、確かに、そうかもしれないな」
馬小跳は合点がいったような顔をしていた。
「安琪儿に今のおれの気持ちを伝える何かよい方法がないかな」
馬小跳がそう言った。杜真子はそれを聞いて、おかしそうに笑った。
それを見て馬小跳が、むっとした顔をしながら
「何がそんなにおかしいのだ」
と聞き返していた。
「あなたは子どものころ、どんなに親切にされても、安琪儿には目もくれなかったのに、今は、どういう風の吹き回しだろうと思って」
杜真子がそう答えていた。
「子どものころと今では気持ちに変化も出てくるさ」
馬小跳がそう答えていた。
「分かったわ。安琪儿は今でも、あなたのことを尊敬していると思うから、安琪儿の心をあなたのほうに向けさせることは不可能ではないはずです。何かよい方法がないか考えてみます」
杜真子がそう言った。馬小跳は、それを聞いて、とても嬉しく思っていた。
「ありがとう。おれは子どものころ、おまえのことをよく思っていなかったが、今は気持ちに変化が生じて、よく思っている。いとこと言うよりも、実の妹のように思っている」
馬小跳がそう言った。
「ありがとう。わたしも、あなたのことを実のおにいさんのように思っています」
杜真子がそう答えていた。
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