タイムスリップできる傘

第六章 馬小跳の学生時代

天気……今日は朝からよく晴れていて、とてもさわやかな秋日和の一日だった。日が暮れると夜空に、月がこうこうと輝いていて、明るい光が地上に静かにふりそそいでいた。中秋節の日には、月は厚い雲に隠れていてよく見えなかったが、今夜は月がとてもきれいに見える。

昨夜、杜真子のうちへ行ってミー先生の傘を開いたときに、馬小跳のお母さんが、杜真子のお母さんに「馬小跳は将来きっと何か新しいものを生み出して、町の人たちに貢献するような仕事をするのではないかと思っています」と話している光景が見えたので、ぼくは本当にそうなのかどうか確かめてみたくなった。
今夜、日が暮れてから、ぼくは傘をあやつりながら、空を飛んで、馬小跳のうちへ向かった。馬小跳のうちへ着くと、窓が少し開いていて、レースのカーテン越しに馬小跳が寝ているのが見えた。ぼくは窓台の上に降りて、馬小跳の寝顔を見た。まるで赤ちゃんのように無邪気な顔をしながら寝ていた。
それからまもなく、ぼくは傘の軸についているボタンのなかから、未来へタイムスリップできるボタンを押しながら
「馬小跳の十年後の姿を見たい」
と言った。傘をくるくる回すと、しばらくしてから傘紙の上に青年になった馬小跳の姿が映し出された。
馬小跳は大学生になっていて、背丈が一メートル八十センチぐらいあって、足が長くてかっこよい青年になっていた。建築学を学んでいて、将来は建築デザイナーになりたいと思っているようだった。勉学に励む傍ら、学生自治会の委員長も務めていた。大学はこの町の郊外の静かなところにあって、馬小跳は寄宿生活を送っていた。毎週金曜日の夕方にはうちへ帰って、家族とともに週末を過ごしてから、日曜日の夕方、再び寄宿舎へ戻ってきていた。
ある金曜日の夕方、うちへ帰るために、馬小跳が大学の近くのバス停でバスを待っていた。すると後ろから不意に
「馬小跳、元気?」
と、声をかけられた。びっくりして、馬小跳が後ろを振り返ると、小学校のときのクラスメイトで、今も同じ大学で学んでいる路曼曼がそこにいた。馬小跳は建築学を学んでいるが、路曼曼は法律学を学んでいた。路曼曼も、うちへ帰るところだったようだ。路曼曼とは幼なじみだが、馬小跳は小学校のときから路曼曼をあまり好きではなかった。馬小跳のすることにいつも目を光らせていて、何か悪いことをするたびに、担任の秦先生に告げ口をしていたからだ。
「おまえとは離れようと思っているのに、大学生になっても離れられない。こういうのを腐れ縁と言うのだろうか。おれはまったく運が悪い」
馬小跳がつぶやくようにそう言った。
「腐れ縁で悪かったわね。あなたが道を踏み外さないように、気をつかっているだけよ」
「そういうのを余計なおせっかいと言うのだ」
馬小跳がそう反論していた。
「中学や高校のとき、わたしの成績は、あなたよりもはるかに上だったから、もっと偏差値の高い大学に行くこともできたわ。でもあなたと同じ大学にしたのは、あなたが悪い人間にならないように、目の届く範囲にあなたをいつも置いておきたかったからよ」
路曼曼がそう言っていた。
「どうして、おれのことをそんなにかまうのか。おれに気があるのか」
馬小跳がそう言った。
「何、言っているのよ。気なんか、これっぽっちもないわ」
路曼曼がつんとした顔をしながら、そう言った。
「だったら、よりによって、おれと同じ大学にしなくてもよかったではないか」
馬小跳がそう言った。
「あなたをかまうことで、わたしの気が張って、元気でいられるからよ」
路曼曼が、おかしなことを言った。
「どういう意味だ?」
馬小跳が聞き返していた。
「覚えているかな、わたしが病気をして学校を五日間休んだとき、あなたがクラスを代表してお見舞いに来てくれたことがあったではない?」
路曼曼がそう言った。
「うん、覚えているよ」
馬小跳はそう答えていた。
「あのときは、とても嬉しかったわ。でもあのとき、あなたの服装がとても汚かったし、髪もぼさぼさだったから、わたしが休んでいる間に、誰も注意する人はいなかったのかなと思ったわ。わたしが学校に行かなかったら、こうなってしまうから、元気を出さなければと思っていたら病気が自然と治った」
路曼曼がそう言った。馬小跳はそれを聞いて、仏頂面をしながら
「昔のことはともかく、おれは今、この大学の学生自治会の委員長をしているから、あのころとは違うよ。服装にも気を使っているし、髪も毎日、きちんと整えている」
と言っていた。路曼曼はそれを聞いて、不愉快そうな顔をしがら
「ふん、偉そうに……。子どものころは学級委員どころか班長にさえもなれなかったあなたが、委員長だなんて、信じられない……」
と答えていた。馬小跳は、かちんときて
「おまえが信じようと、信じまいと、おれは、れっきとした委員長だ。みんなから認められて委員長に選ばれたのだ」
馬小跳がきりっとした声で、そう答えていた。
「誰が認めてくれたの。あなたのような人を」
路曼曼が口をとがらせながら聞き返していた。
「教授もクラスメイトも認めてくれたよ。『おまえには優れた才覚と想像力があって、人望も厚いから、おまえが委員長になったら、自治会に新しい風を吹き込んで、みんなを楽しくまとめていくことができる』と言って、太鼓判を押してくれた」
馬小跳がそう答えていた。
「そうだったの。それだったら、立派になったあなたを認めざるを得ないわね」
路曼曼が渋い顔をしながら、そう答えていた。
「だったら、もうこれ以上、おれのことをかまわなくてもいいではないか」
馬小跳がそう言った。
「そういうわけにはいかないわよ。あなたをかまうことは、わたしの元気のもとだから」
路曼曼がそう答えていた。
それからまもなくバスがやってきたので、馬小跳と路曼曼はバスに乗り込んで、うちへ帰っていった。
馬小跳の十年後の姿を見ることができたので、今度は馬小跳のお父さんとお母さんの十年後の姿を見てみたいと思った。ミー先生の傘の軸についているボタンのなかから未来へタイムスリップできるボタンを押して
「馬小跳のご両親の十年後の姿を見たい」
と言った。傘をくるくる回すと、傘紙の上に、まず馬小跳のお父さんの姿が映し出された。
金曜日の夕方、馬小跳がうちへ帰るために、学校の近くのバス停でバスを待っていると、お父さんの車が近づいてきて
「乗れよ」
と言って、馬小跳に声をかけていた。お父さんは以前よりも少し太っていて、貫禄がついているように見えた。車のなかで、馬小跳のお父さんは、馬小跳に学校での生活について、興味深そうに、いろいろ聞いていた。馬小跳は楽しそうに答えていた。三十分ほどで、車はうちに着いた。
「お母さん、ただいま」
玄関のドアを開けると、馬小跳はそう言った。それを聞いて、お母さんが、嬉しそうな顔をしながら、台所から出てきた。お母さんは姿かたちは以前とあまり変わらずに、上品で優しさにあふれた女性のように見えた。永遠の美女のことを『歳が凍った女性』という言い方をするが、馬小跳のお母さんを見ていると、まさにそのような女性に見えた。
「お母さん、元気だった?」
馬小跳が聞くと、お母さんはにっこりと、うなずいていた。
「あなたも元気ですか。学校のほうは、うまくいっていますか?」
お母さんが聞いたので
「うん、元気です。勉強も自治会も頑張っています」
と、馬小跳が答えていた。
「そうですか。よかった」
お母さんがそう言った。
「今日はお母さんの誕生日だから、お母さんにプレゼントをあげるよ」
馬小跳がそう言ったので、お母さんがにっこりして
「誕生日を覚えてくれていて嬉しいわ。ありがとう」
と答えていた。
「お母さん、ちょっと目をつむって。つむっている間にプレゼントをあげるから」
馬小跳がそう言った。お母さんは言われるとおりに目をつむった。馬小跳はお母さんの顔に、唇をぐっと近づけてから、お母さんのおでこにキスをした。お母さんはびっくりして、まぶたを一瞬ぴくりと動かしたが、目は開けなかった。
「はい、もういいよ。目を開けて」
馬小跳がそう言ったので、お母さんはようやく目を開けた。
「何よ、今の何よ?」
お母さんが目を白黒させていた。
「お母さんが一番好きなプレゼントは、おでこへのキスだと、以前、話していたではないですか。そのことを覚えていたから、それをプレゼントしました」
馬小跳が真顔でそう言っていた。お母さんはそれを聞いて、明るい声で笑いながら
「ありがとう。とても嬉しいわ。何よりのプレゼントだわ」
と答えていた。それを聞いて、お父さんも楽しそうに笑っていた。
それからまもなく夕ご飯の準備がととのったので、食卓の上に、いろいろな料理が並べられた。どの料理も馬小跳が子どものころから好きだった料理ばかりだった。お母さんの心のこもった手作りの料理に舌鼓を打ちながら、馬小跳は家族の温かさをしみじみと感じていた。
「学校の食堂の料理と、お母さんが作る料理では、どちらがおいしいですか」
お母さんが聞いていた。
「比べものにならないほど、お母さんが作る料理のほうがおいしいよ」
馬小跳がそう答えていた。それを聞いて、お母さんは相好を崩しながら
「ありがとう」
と答えていた。
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