追放された薬師ですが、冷酷侯爵に溺愛されて辺境でスローライフ始めます

第11章 真実への糸口

カイル邸。
リディアは、屋敷の地下にある研究室にいた。
カイルが、リディアのために用意してくれた部屋だ。
石造りの壁。
小さな窓から、わずかな光が差し込んでいる。
部屋には、実験器具が並んでいる。
ガラスの瓶、蒸留器、乳鉢。
リディアは、机の上に小さなガラス皿を置いた。
その中には、赤い液体が入っている。
エリスの、血液サンプル。
リディアは、この世界の魔法的手法で採取した。
リディアは、前世の知識を総動員した。
血液を、分析する。
リディアは、ガラス皿に薬品を垂らした。
液体の色が、変わる。
青から、緑へ。
リディアは、ノートに記録した。
「魔力濃度——異常に高い」
リディアは、次の薬品を垂らした。
今度は、紫色に変わった。
「魔力の質——不安定」
リディアは、眉をひそめた。
やはり。
エリスの魔力は、量だけでなく、質にも問題がある。
魔力が、体内で暴走している。
それが、エリスの病の根本原因だ。
リディアは、前世の知識で考えた。
これは、自己免疫疾患に似ている。
体が、自分自身を攻撃している。
だが、この世界では、それは「魔力」という形で現れる。
リディアは、ノートに書き込んだ。
「魔力の質的異常——通常の魔力抑制では不十分」
「体質改善が必要——栄養療法、魔力の流れを整える」
リディアは、ペンを置いた。
これで、わかった。
エリスの病が、なぜ8年間も治らなかったのか。
他の薬師たちは、魔力の量だけを見ていた。
だが、問題は質だった。
リディアは、研究室を出た。
階段を上り、応接室へ向かう。
カイルが、そこで待っている。
リディアは、応接室の扉をノックした。
「カイル様、診断結果が出ました」
「入れ」
リディアは、扉を開けた。
カイルは、椅子に座っている。
無表情だが、その目は真剣だ。
リディアは、カイルの前に立った。
「カイル様、エリス様の病の原因が、完全に判明しました」
カイルは、身を乗り出した。
「話せ」
リディアは、ノートを開いた。
そして、説明した。
「エリス様の魔力は、量だけでなく、質にも異常があります」
「質……?」
「はい。魔力が不安定で、体内で暴走しています。それが、エリス様の体を攻撃しているのです」
カイルは、眉をひそめた。
「それは……どういうことだ?」
リディアは、図解を描いた。
「通常、魔力は体内で安定しています。ですが、エリス様の魔力は、不安定です」
リディアは、矢印を描いた。
「不安定な魔力が、体内の臓器や神経を攻撃します。それが、倦怠感や痛みの原因です」
カイルは、図解を見つめた。
「では……どうすればいい?」
リディアは、真剣な顔で答えた。
「魔力抑制だけでは、不十分です」
「不十分……?」
「はい。魔力の質を改善しなければなりません」
リディアは、続けた。
「そのためには、体質改善の栄養療法が必要です」
「栄養療法……?」
「はい。特定の栄養素を補給し、体の機能を正常化させます。それにより、魔力の質も改善されます」
カイルは、しばらく黙っていた。
そして、リディアを見た。
「お前の知識は、一体どこから来ている?」
リディアは、息を呑んだ。
カイルは、疑問を持っている。
リディアの薬学は、この世界の常識とは違う。
カイルは、それに気づいている。
リディアは、慎重に答えた。
「私には……私なりの方法があります」
「私なりの方法?」
「はい。詳しくは、説明できません。ですが——」
リディアは、カイルの目を見た。
「信じてください。私の方法なら、エリス様を必ず治せます」
カイルは、リディアを見つめた。
その目は、鋭い。
だが、同時に、何かを探っているようだった。
カイルは、ため息をついた。
「わかった」
リディアは、驚いた。
「カイル様……」
「お前は、娘を救ってくれている。それは事実だ」
カイルは、立ち上がった。
「お前の知識がどこから来たのか、俺は問わない」
カイルは、リディアに近づいた。
「ただ、娘を救ってくれ。それだけだ」
リディアは、胸が熱くなった。
カイルは、信じてくれた。
疑問を持ちながらも、リディアを信じてくれた。
リディアは、頷いた。
「はい。必ず、治します」
カイルは、わずかに頷いた。
「で、具体的には何が必要だ?」
リディアは、ノートを開いた。
「まず、鉄分を多く含む薬草。赤い実と、緑の葉です」
「それから、ビタミン……いえ、この世界では黄色い花の蜜と、銀の草です」
「これらを、毎日エリス様に摂取していただきます」
カイルは、メモを取った。
「わかった。すぐに用意させる」
リディアは、微笑んだ。
「ありがとうございます、カイル様」
カイルは、リディアを見た。
「お前こそ、ありがとう」
その言葉に、リディアは頬が熱くなった。
リディアは、カイルを見つめた。
今だ。
今、言わなければならない。
リディアは、深呼吸をした。
そして、口を開いた。
「カイル様、お願いがあります」
カイルは、リディアを見た。
「何だ?」
「治療が完了した後……私を、辺境に匿ってほしいのです」
カイルは、眉をひそめた。
「辺境に……匿う?」
「はい」
カイルは、リディアを見つめた。
その目は、鋭い。
「お前、王宮から逃げるつもりか?」
リディアは、頷いた。
「はい」
カイルは、腕を組んだ。
「理由を聞かせろ」
リディアは、唇を噛んだ。
どこまで話すべきか。
セレナの陰謀。
国王の毒殺。
だが、証拠がない。
カイルが信じてくれるだろうか。
リディアは、慎重に言葉を選んだ。
「カイル様、実は……私は、王宮で命を狙われています」
カイルの目が、鋭くなった。
「命を? 誰にだ?」
「宮廷薬師長、セレナ・ヴィオレットです」
カイルは、沈黙した。
リディアは、続けた。
「セレナは、私を警戒しています。私が、彼女の秘密を知っているのではないかと」
「秘密?」
リディアは、頷いた。
「はい。ですが、まだ証拠を掴んでいません」
リディアは、カイルの目を見た。
「証拠を掴むまで、時間が必要です。ですが、王宮にいれば、セレナに始末されてしまいます」
カイルは、眉をひそめた。
「お前、何を知っている?」
リディアは、迷った。
だが、カイルは信頼できる。
前回の人生で、カイルはリディアを守ってくれた。
今回も、きっと——。
リディアは、小声で言った。
「セレナは、国王陛下を毒殺しようとしています」
カイルは、息を呑んだ。
「毒殺……?」
「はい。セレナの秘薬には、依存性物質が含まれています。陛下は、その薬で中毒になっているのです」
カイルは、しばらく黙っていた。
そして、低い声で問いかけた。
「証拠は?」
「まだ、ありません」
リディアは、正直に答えた。
「ですが、必ず掴みます。そのために、時間が必要なのです」
カイルは、リディアを見つめた。
その目は、何を考えているのかわからない。
リディアは、息を潜めた。
信じてくれるだろうか。
それとも、追い出されるだろうか。
時間が、過ぎる。
カイルは、ようやく口を開いた。
「お前が、エリスを救ったなら——」
カイルは、リディアの目を見た。
「俺は、お前を守る。それが契約だ」
リディアは、息を呑んだ。
「カイル様……」
「お前は、俺の娘の命を救った」
カイルの声が、低く、真剣だ。
「ならば、俺はお前の命を守る。それが、相応の報いだ」
リディアは、涙が込み上げるのを感じた。
「ですが……私は、まだエリス様を完治させていません」
「お前は、必ず治すと言った」
カイルは、断言した。
「俺は、お前を信じている」
リディアは、涙が溢れた。
頬を、涙が伝う。
「ありがとうございます……」
リディアの声が、震えた。
「本当に……ありがとうございます……」
カイルは、リディアに近づいた。
そして、リディアの肩に手を置いた。
「泣くな」
カイルの声は、優しかった。
「お前は、強い女だ。泣く必要はない」
リディアは、涙を拭った。
「すみません……」
カイルは、手を離した。
「いつ、辺境に来る?」
リディアは、考えた。
「エリス様の治療が、ある程度進んだら……数週間後には」
カイルは、頷いた。
「わかった。準備をしておく」
「ありがとうございます」
カイルは、リディアを見た。
「お前を守ると約束した。必ず守る」
リディアは、頷いた。
「信じています」
カイルは、わずかに微笑んだ。
それは、リディアが初めて見る、カイルの笑顔だった。
リディアは、胸が温かくなった。
ここが、リディアの居場所だ。
カイルとエリスがいる、この場所が。
リディアは、安堵した。
もう、一人ではない。
カイルが、守ってくれる。
リディアは、微笑んだ。
夜。
王宮は、静寂に包まれていた。
リディアは、廊下を静かに歩いていた。
黒いマントを羽織り、顔を隠している。
足音を立てないよう、慎重に歩く。
目的地は、王宮薬房だ。
リディアは、薬房の前で立ち止まった。
周囲を見回す。
誰もいない。
リディアは、扉の鍵を開けた。
前世の知識で、簡単な鍵は開けられる。
カチリ、と音がした。
リディアは、扉を開けた。
薬房の中は、暗い。
リディアは、小さなランタンを灯した。
わずかな光が、薬房を照らす。
リディアは、薬棚へ向かった。
セレナの秘薬は、特別な棚に保管されている。
リディアは、その棚の前に立った。
鍵がかかっている。
リディアは、再び鍵を開けた。
手が、震えている。
緊張で、心臓が激しく打っている。
もし、見つかったら——。
リディアは、頭を振った。
考えるな。
今は、これをやり遂げるだけだ。
鍵が、開いた。
リディアは、棚を開けた。
中には、小瓶が並んでいる。
赤い液体が、瓶の中で揺れている。
セレナの、美容秘薬だ。
リディアは、一つの瓶を手に取った。
そして、懐にしまった。
リディアは、棚を閉めた。
鍵をかける。
そして、薬房を出た。
扉を閉め、鍵をかける。
リディアは、廊下を急いで歩いた。
自室へ、戻る。
足音が、響かないよう、慎重に。
リディアは、自室にたどり着いた。
扉を開け、中に入る。
鍵をかける。
リディアは、大きく息を吐いた。
成功した。
リディアは、懐から瓶を取り出した。
赤い液体が、ランタンの光を受けて輝いている。
リディアは、机に向かった。
実験器具を取り出す。
ガラス皿、薬品、乳鉢。
リディアは、瓶を開けた。
赤い液体を、ガラス皿に数滴垂らす。
そして、分析を始めた。
前世の知識を、総動員する。
まず、色の変化を見る。
薬品を垂らすと、液体が緑色に変わった。
リディアは、ノートに記録した。
「アルカロイド系——陽性」
次に、別の薬品を垂らす。
今度は、紫色に変わった。
「神経刺激物質——陽性」
リディアは、さらに分析を続けた。
一時間が過ぎた。
リディアは、ペンを置いた。
そして、ノートを見つめた。
「依存性物質の配合——確認」
「赤い蔓草の根——30%」
「月光花の花粉——15%」
「魔晶石の粉末——20%」
リディアは、拳を握った。
やはり。
セレナの秘薬は、依存性薬物だ。
これが、証拠だ。
リディアは、希望を感じた。
これを公にすれば、セレナを告発できる。
国王を、救える。
貴族たちを、依存症から解放できる。
リディアは、微笑んだ。
だが——。
リディアの笑顔が、消えた。
問題がある。
誰に、信じてもらうか? 
リディアは、考えた。
侍医長? 
だが、侍医長はセレナを信頼している。
アルヴィン? 
彼は、セレナの傀儡だ。
国王? 
国王は、昏睡状態に近い。
リディアは、頭を抱えた。
証拠はある。
だが、それを誰に見せればいいのか。
誰が、信じてくれるのか。
リディアは、ノートを見つめた。
前世でも、同じだった。
リディアは、証拠を集めた。
だが、誰も信じてくれなかった。
「証拠不十分」
「信憑性に欠ける」
そう言われて、無視された。
リディアは、唇を噛んだ。
今回は、違う。
今回は、必ず信じてもらう。
だが、どうやって? 
リディアは、考え込んだ。
カイル。
カイルなら、信じてくれるかもしれない。
だが、カイルは辺境の侯爵だ。
王宮での影響力は、限られている。
リディアは、悩んだ。
窓の外を見る。
月が、浮かんでいる。
冷たい、白い光。
リディアは、ため息をついた。
証拠は、手に入れた。
だが、それを使う方法が、わからない。
リディアは、ノートを閉じた。
そして、ベッドに横になった。
目を閉じる。
だが、眠れない。
頭の中で、問題がぐるぐると回っている。
誰に、信じてもらうか。
どうやって、セレナを告発するか。
リディアは、悩み続けた。
夜は、深まっていく。
リディアは、ただ天井を見つめていた。
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