追放された薬師ですが、冷酷侯爵に溺愛されて辺境でスローライフ始めます

第12章 奇跡の回復

数週間後。
カイル邸の庭。
リディアは、応接室の窓から庭を見ていた。
そこには——。
エリスが、走っていた。
本当に、走っていた。
小さな体で、庭を駆け回っている。
銀色の髪が、風になびいている。
エリスの顔は、笑顔で輝いている。
「パパ、見て! 私、こんなに走れるよ!」
エリスの声が、庭に響く。
リディアは、涙が込み上げた。
8年間。
8年間、エリスはベッドに臥せっていた。
だが、今——。
エリスは、走っている。
笑っている。
生きている。
リディアは、窓に手をついた。
胸が、熱い。
その時。
応接室の扉が、開いた。
カイルが、入ってきた。
カイルは、窓の外を見た。
エリスが、庭で笑っている姿を見た。
カイルは、立ち尽くした。
その目が、潤んでいる。
カイルは、何も言わなかった。
ただ、エリスを見つめていた。
使用人たちも、庭に集まっている。
彼らも、驚愕の表情だ。
「エリス様が……走っている……」
「信じられない……」
「奇跡だ……」
使用人たちが、口々に囁く。
カイルは、窓に近づいた。
リディアの隣に立つ。
そして、リディアを見た。
「リディア」
カイルの声が、震えている。
リディアは、カイルを見た。
カイルは、リディアの肩を掴んだ。
そして——。
抱きしめた。
リディアは、驚いた。
カイルが、リディアを抱きしめている。
強く。
まるで、感謝を全身で表すかのように。
「お前は……奇跡を起こした……」
カイルの声が、リディアの耳元で震えた。
「8年間……8年間、俺は娘が走る姿を見ることができなかった……」
カイルの肩が、震えている。
「だが……お前が来てから……娘は変わった……」
カイルは、リディアを離した。
そして、リディアの目を見た。
カイルの目には、涙が浮かんでいた。
「ありがとう……本当に……ありがとう……」
リディアは、涙が溢れた。
「カイル様……」
その時。
庭から、声が聞こえた。
「パパ! リディア先生!」
エリスが、窓の下で手を振っている。
カイルとリディアは、窓を開けた。
エリスは、笑顔で叫んだ。
「パパ、見て! 私、こんなに元気だよ!」
カイルは、窓から身を乗り出した。
「ああ、見ているぞ、エリス!」
カイルの声が、明るい。
リディアは、初めて聞く、カイルの明るい声だった。
エリスは、リディアに向かって叫んだ。
「リディア先生! ありがとう!」
「リディア先生のおかげで、私、元気になったよ!」
エリスは、無邪気に笑った。
「リディア先生、ずっといてね! ずっと一緒にいてね!」
リディアは、涙を拭った。
そして、窓から叫んだ。
「ええ! ずっといるわ、エリスちゃん!」
エリスは、嬉しそうに跳ねた。
「やった! 約束だよ!」
カイルは、窓を閉めた。
そして、リディアを見た。
「リディア、治療は……完了したのか?」
リディアは、首を横に振った。
「いいえ。治療は、まだ続きます」
リディアは、真剣な顔で言った。
「ですが、峠は越えました。エリス様は、もう危険な状態ではありません」
カイルは、深く息を吐いた。
「そうか……」
カイルは、リディアの肩に手を置いた。
「お前は、約束を果たした」
リディアは、頷いた。
カイルは、真剣な顔で言った。
「ならば、俺も約束を果たす」
カイルは、リディアの目を見た。
「約束通り、お前を辺境に連れて行く」
リディアは、息を呑んだ。
「カイル様……」
「準備をしろ」
カイルは、断言した。
「明日にでも、出発する」
リディアは、驚いた。
「明日……?」
「ああ。お前は、セレナに狙われている」
カイルの目が、鋭くなった。
「一刻も早く、お前を安全な場所に連れて行かねばならない」
リディアは、頷いた。
「わかりました」
カイルは、リディアの手を取った。
「俺は、お前を守ると誓った」
カイルの手が、温かい。
「必ず、守る」
リディアは、涙が溢れた。
「ありがとうございます……カイル様……」
カイルは、わずかに微笑んだ。
「もう、カイルでいい」
リディアは、頬を染めた。
「では……カイル……様」
カイルは、リディアの頭を撫でた。
「明日、迎えに来る。準備をしておけ」
リディアは、頷いた。
「はい」
カイルは、応接室を出て行った。
リディアは、一人残された。
窓の外を見る。
エリスが、まだ庭で遊んでいる。
笑顔で、跳ね回っている。
リディアは、微笑んだ。
やっと、ここまで来た。
エリスを、救った。
カイルの信頼を、得た。
そして、辺境へ。
リディアの、新しい人生が始まる。
翌日。
昼下がり。
リディアは、王宮薬房にいた。
マリが、薬草の整理をしている。
リディアは、マリに近づいた。
「マリ」
マリは、振り向いた。
「リディア様、どうされましたか?」
リディアは、周囲を見回した。
他に、誰もいない。
リディアは、懐から封筒を取り出した。
「これを、預かってほしいの」
マリは、封筒を見た。
「これは……?」
「手紙よ。セレナの秘薬について、書いたの」
マリは、息を呑んだ。
「セレナ様の……?」
リディアは、頷いた。
「この手紙には、セレナの秘薬の危険性が書かれているわ」
リディアは、真剣な顔でマリを見た。
「もし、私に何かあったら、この手紙を侍医長に渡して」
マリは、顔面蒼白になった。
「リディア様……何かって……」
「大丈夫」
リディアは、微笑んだ。
「何も起こらないと思うわ。でも、念のため」
マリは、封筒を受け取った。
だが、不安そうだ。
「本当に、大丈夫ですか?」
リディアは、マリの手を取った。
「信じて、マリ」
マリは、涙を浮かべた。
「リディア様……」
「ありがとう、マリ。あなたは、私の大切な友達よ」
リディアは、マリを抱きしめた。
マリは、泣いた。
「リディア様……どうか、ご無事で……」
リディアは、マリを離した。
そして、微笑んだ。
「大丈夫。必ず、戻ってくるから」
リディアは、薬房を出た。
自室へ、向かう。
リディアの自室。
リディアは、荷物をまとめていた。
小さな鞄に、必要最小限のものだけを詰める。
薬学ノート。
前世の知識が書かれた、唯一の宝物。
それと、数枚の着替え。
そして、セレナの秘薬のサンプル。
リディアは、部屋を見回した。
この部屋で、リディアは苦しんだ。
孤独に、耐えた。
だが、もう戻ってこないかもしれない。
リディアは、机に向かった。
羊皮紙を取り出し、手紙を書き始めた。
「アルヴィン様へ」
リディアは、ペンを走らせた。
「突然のご連絡、失礼いたします」
「私は、療養のため、一時王宮を離れることにいたしました」
「体調が優れず、静養が必要と判断いたしました」
「ご心配をおかけして、申し訳ございません」
「回復次第、また王宮に戻ります」
「リディア・アーシェンフェルト」
リディアは、手紙を読み返した。
形式的な、嘘の手紙だ。
だが、これでいい。
アルヴィンは、どうせ気にしない。
リディアは、手紙を封筒に入れた。
そして、机の上に置いた。
リディアは、鞄を手に取った。
部屋を、最後に見回す。
さようなら。
リディアは、部屋を出た。
夜。
王宮の裏門。
リディアは、黒いマントを羽織り、裏門に立っていた。
周囲は、暗い。
月明かりだけが、道を照らしている。
リディアは、息を潜めた。
まもなく、カイルが来る。
リディアは、緊張で手が震えていた。
その時。
馬車の音が、聞こえた。
リディアは、顔を上げた。
黒い馬車が、裏門の前に止まった。
御者台に、カイルが座っている。
カイルは、リディアを見た。
「乗れ」
リディアは、急いで馬車に乗り込んだ。
馬車の中は、狭い。
だが、快適だ。
カイルが、馬車を動かした。
馬車は、静かに王宮を離れていく。
リディアは、窓から外を見た。
王宮が、遠ざかっていく。
白い石造りの、美しい城。
だが、その中には、腐敗がある。
セレナの陰謀。
国王の毒殺。
リディアは、唇を強く結んだ。
必ず、戻ってくる。
証拠を揃えて。
味方を集めて。
そして、セレナを止める。
真実を、明らかにする。
リディアは、心の中で誓った。
馬車は、王都の門を出た。
街を抜け、郊外へ。
リディアは、王宮を振り返った。
もう、見えない。
闇に、消えた。
リディアは、前を向いた。
辺境へ。
リディアの、新しい戦いが始まる場所へ。
馬車は、夜道を走り続けた。
馬車の中。
リディアは、座席に座っていた。
向かい側には、エリスが座っている。
エリスは、興奮して窓の外を見ている。
「リディア先生、見て! お月様がきれい!」
リディアは、微笑んだ。
「本当ね、エリスちゃん」
馬車は、夜道を走り続けていた。
カイルは、御者台で馬を操っている。
しばらくして、カイルが馬車の中に入ってきた。
手綱を、部下に任せたのだろう。
カイルは、リディアの隣に座った。
「疲れたか?」
リディアは、首を横に振った。
「いいえ、大丈夫です」
カイルは、窓の外を見た。
「辺境は、厳しい土地だ」
リディアは、カイルを見た。
カイルは、続けた。
「王都のような華やかさはない。冬は厳しく、夏は暑い」
「だが——」
カイルは、リディアを見た。
「お前の才能を、活かせる場所だ」
リディアは、胸が熱くなった。
「ありがとうございます」
カイルは、真剣な顔で言った。
「俺の領地には、病に苦しむ者が多い。お前の力が、必要だ」
リディアは、頷いた。
「はい。私にできることは、全てします」
カイルは、リディアの目を見た。
「お前は、何故そこまで薬学に熱心なのだ?」
リディアは、少し考えた。
そして、答えた。
「私は……人を救いたいのです」
リディアの声が、真剣だ。
「前世……いえ、昔、私は人を救えなかった」
リディアは、拳を握った。
「真実を訴えても、誰も信じてくれなかった」
「患者たちは、苦しみ続けた」
「私は、無力だった」
リディアは、カイルの目を見た。
「だから、今度こそ、救いたい」
「私はもう、犠牲者ではない」
リディアの目が、輝いた。
「戦う者です」
カイルは、しばらくリディアを見つめていた。
そして——。
微笑んだ。
リディアは、驚いた。
カイルが、笑っている。
初めて見る、カイルの笑顔だった。
「気に入った」
カイルは、リディアの肩を叩いた。
「お前は、俺の領地の薬師長だ」
リディアは、目を見開いた。
「薬師長……?」
「ああ。お前には、領地の医療を任せる」
カイルは、断言した。
「お前の好きなように、やれ」
リディアは、涙が込み上げた。
「ありがとうございます……」
カイルは、再び窓の外を見た。
「俺は、お前を信じている」
その言葉に、リディアは胸が熱くなった。
信じている。
カイルは、リディアを信じてくれている。
リディアは、微笑んだ。
その時。
小さな寝息が、聞こえた。
リディアは、エリスを見た。
エリスは、座席で眠っていた。
小さな体を丸めて、静かに眠っている。
リディアは、エリスに近づいた。
そして、毛布をかけてあげた。
エリスの銀色の髪を、優しく撫でる。
エリスは、微笑んで眠っている。
リディアは、涙が溢れた。
この子を、救えた。
カイルの信頼を、得た。
そして、新しい場所で、新しい人生を始める。
リディアは、窓の外を見た。
空が、明るくなってきている。
夜明けだ。
東の空が、オレンジ色に染まっている。
太陽が、昇ろうとしている。
リディアは、その光を見つめた。
新しい人生が、始まる。
辺境で、リディアは人々を救う。
薬学を、広める。
そして、いつか——。
いつか、王宮に戻る。
証拠を揃えて。
味方を集めて。
セレナを止める。
真実を、明らかにする。
リディアは、拳を握った。
決意が、リディアの心を満たした。
カイルは、リディアを見た。
「何を考えている?」
リディアは、カイルを見た。
そして、微笑んだ。
「未来を、考えています」
カイルは、わずかに頷いた。
「いい顔だ」
馬車は、走り続けた。
朝日が、馬車を照らす。
温かい、希望の光。
リディアは、その光を浴びながら、前を見つめた。
新しい人生。
新しい戦い。
そして、新しい希望。
リディアは、もう迷わない。
リディアは、戦う。
人を救うために。
真実を明らかにするために。
そして、自分自身のために。
馬車は、辺境へと向かって、走り続けた。
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