追放された薬師ですが、冷酷侯爵に溺愛されて辺境でスローライフ始めます

第13章 新たな居場所

数日間の旅。
馬車は、ようやく目的地に着いた。
リディアは、窓から外を見た。
そこには——。
広大な、自然が広がっていた。
緑の丘。
青い空。
遠くには、山々が連なっている。
王都とは、まるで違う景色だった。
馬車は、街へ入った。
ヴァレンティス侯爵領の、中心街だ。
だが、王都のような華やかさはない。
石造りの、質素な建物が並んでいる。
道は、土だ。
人々は、素朴な服を着ている。
リディアは、窓から街を見つめた。
ここが、リディアの新しい場所だ。
馬車が、街の中を進む。
人々が、馬車を見た。
そして、カイルの紋章を見て、頭を下げる。
だが、その顔には恐れの色がある。
冷酷な侯爵。
領民たちは、カイルを恐れている。
だが——。
ある老婆が、馬車の窓を覗き込んだ。
そして、エリスを見た。
老婆の顔が、驚きに染まった。
「エリス様……! お元気に……!」
老婆は、涙を流した。
他の領民たちも、気づいた。
「エリス様だ!」
「本当に、お元気になられた!」
「奇跡だ!」
領民たちが、馬車の周りに集まってきた。
皆、喜びの表情だ。
エリスは、窓から手を振った。
「みんな、ただいま!」
領民たちは、歓声を上げた。
リディアは、その光景を見て、胸が温かくなった。
エリスは、領民たちに愛されている。
そして、領民たちは、エリスの回復を心から喜んでいる。
馬車は、侯爵邸へ向かった。
広い門をくぐり、庭を通る。
そして、邸宅の前で止まった。
カイルが、馬車から降りた。
そして、リディアに手を差し伸べた。
リディアは、その手を取り、馬車から降りた。
エリスも、カイルに抱きかかえられて降りた。
リディアは、邸宅を見上げた。
重厚な、石造りの建物。
王都の貴族の屋敷よりは質素だが、威厳がある。
カイルは、リディアに言った。
「ついて来い」
リディアは、カイルの後を追った。
邸宅の中を通り、裏庭へ。
そこには——。
古びた、石造りの建物があった。
「これが、研究棟だ」
カイルは、扉を開けた。
中は、埃をかぶっていた。
だが、広い。
実験台、棚、窓。
全て揃っている。
リディアは、目を輝かせた。
「ここを……私が使えるのですか?」
「ああ」
カイルは、頷いた。
「お前の好きに使え」
リディアは、感激した。
こんなに広い研究室。
前世でも、こんな場所は夢見たことがなかった。
リディアは、カイルを見た。
「ありがとうございます……」
カイルは、研究棟を出た。
「こっちだ」
リディアは、再びカイルの後を追った。
研究棟の裏には、さらに広い土地があった。
そこは——。
薬草園だった。
だが、荒れている。
雑草が生い茂り、手入れがされていない。
カイルは、その薬草園を見た。
「ここも、お前に任せる」
リディアは、薬草園を見渡した。
広い。
本当に、広い。
こんなに広い薬草園があれば、どんな薬草でも育てられる。
前世の知識を、全て活かせる。
リディアは、涙が込み上げた。
「こんなに広い薬草園……前世でも、夢見たことがない……」
カイルは、リディアを見た。
「前世?」
リディアは、慌てた。
「あ、いえ……昔、という意味です……」
カイルは、眉をひそめたが、追及しなかった。
「結果を出せ」
カイルの声が、厳しい。
「それが、お前の価値だ」
リディアは、カイルの目を見た。
その目には、厳しさがある。
だが、同時に、期待もある。
カイルは、リディアを信じている。
リディアが、結果を出すことを。
リディアは、頷いた。
「はい。必ず、結果を出します」
カイルは、わずかに頷いた。
「期待している」
カイルは、邸宅へ戻って行った。
リディアは、一人薬草園に残された。
リディアは、薬草園を見渡した。
荒れている。
だが、可能性に満ちている。
ここで、リディアは戦う。
人々を、救う。
薬学を、広める。
そして、いつか——。
王宮に、戻る。
リディアは、決意を新たにした。
新しい人生が、始まる。
翌日。
リディアは、研究棟の掃除を始めた。
埃をかぶった実験台を、布で拭く。
棚を整理し、ガラス瓶を並べる。
窓を開け、新鮮な空気を入れる。
リディアは、汗を拭いながら、部屋を見回した。
少しずつ、綺麗になっている。
リディアは、前世の研究室を思い出した。
白い、清潔な部屋。
最新の実験器具。
だが、あの研究室は、リディアにとって牢獄だった。
上司に監視され、自由な研究はできなかった。
だが、ここは違う。
ここは、リディアの場所だ。
誰にも邪魔されない。
自由に、研究ができる。
リディアは、微笑んだ。
その時。
扉をノックする音がした。
「リディア先生!」
エリスの声だ。
リディアは、扉を開けた。
エリスが、笑顔で立っている。
「おはよう、エリスちゃん」
「おはよう、リディア先生!」
エリスは、研究棟の中に入ってきた。
そして、キョロキョロと見回した。
「わあ、すごい! たくさんの瓶がある!」
リディアは、微笑んだ。
「ここで、お薬を作るのよ」
「お薬?」
エリスは、目を輝かせた。
「リディア先生、今日は何作るの?」
リディアは、考えた。
「そうね……今日は、風邪薬を作ろうかしら」
「風邪薬! 私も手伝う!」
エリスは、嬉しそうに跳ねた。
リディアは、エリスの手を取った。
「じゃあ、一緒に作りましょう」
リディアは、エリスに薬草の名前を教えた。
「これは、白い根草。鎮痛作用があるの」
「これは、黄色い花の蜜。栄養補給ができるわ」
エリスは、真剣な顔で聞いていた。
「リディア先生、すごいね! 何でも知ってる!」
リディアは、微笑んだ。
「エリスちゃんも、覚えられるわよ」
二人は、一緒に薬草をすり潰した。
エリスは、小さな手で乳鉢を持ち、一生懸命すり潰す。
リディアは、その姿を見て、胸が温かくなった。
穏やかな、時間。
前世では、味わえなかった時間。
リディアは、幸せを感じた。
午後、エリスは邸宅に戻った。
リディアは、一人で研究を続けた。
薬草を煎じ、調合し、瓶に詰める。
夕暮れになった。
リディアは、研究棟を出た。
空が、オレンジ色に染まっている。
リディアは、邸宅へ向かった。
廊下を歩いていると、カイルに会った。
「リディア」
カイルが、リディアを呼び止めた。
「はい?」
カイルは、少し躊躇った。
そして、言った。
「夕食を、一緒に食わないか」
リディアは、驚いた。
「夕食……ですか?」
「ああ」
カイルは、無表情だが、どこか照れているようだった。
「一人で食うのは、寂しい。付き合え」
リディアは、戸惑った。
だが、断る理由もない。
「はい……喜んで」
カイルは、わずかに頷いた。
「食堂で待っている」
カイルは、先に行った。
リディアは、自室で身支度を整えた。
そして、食堂へ向かった。
食堂は、広い。
長い木製のテーブルが、中央に置かれている。
カイルは、テーブルの上座に座っていた。
エリスも、隣に座っている。
「リディア先生!」
エリスが、手を振った。
リディアは、微笑んで近づいた。
「こんばんは」
カイルは、リディアに座るよう促した。
リディアは、カイルの向かい側に座った。
使用人が、料理を運んできた。
シンプルだが、温かい料理だ。
パン、スープ、肉料理。
三人は、食事を始めた。
エリスが、楽しそうに話す。
「ねえ、パパ! 今日ね、リディア先生とお薬作ったの!」
カイルは、エリスを見た。
「そうか」
「うん! すごく楽しかった!」
エリスは、目を輝かせた。
「リディア先生、何でも知ってるの!」
カイルは、リディアを見た。
「エリスが、楽しそうだ」
リディアは、微笑んだ。
「エリスちゃんは、いい子ですから」
カイルは、わずかに微笑んだ。
リディアは、驚いた。
カイルが、笑っている。
「娘は、お前が来てから、本当に変わった」
カイルの声が、優しい。
「毎日、笑っている」
カイルは、エリスの頭を撫でた。
「ありがとう、リディア」
リディアは、胸が熱くなった。
「いいえ……私こそ、ありがとうございます」
三人は、穏やかに食事を続けた。
エリスが、楽しそうに話す。
カイルが、時々笑う。
リディアも、微笑む。
温かい、家族のような時間。
リディアは、思った。
ここが、居場所だ。
リディアが、求めていた居場所。
食事が終わった。
リディアは、自室に戻った。
ベッドに横になる。
窓の外、星が輝いている。
リディアは、微笑んだ。
新しい日常が、始まった。
穏やかで、温かい日常。
リディアは、幸せだった。
数日後。
リディアは、自室で鏡の前に立っていた。
鏡に映る自分を、見つめる。
栗色の髪。
灰色の瞳。
変わらない、自分の顔。
だが——。
何かが、違う。
リディアの目には、光がある。
自信がある。
決意がある。
リディアは、鏡の中の自分に囁いた。
「私は、変わった」
リディアの声が、静かに響く。
「もう、王宮の影ではない」
リディアは、微笑んだ。
王宮では、リディアは透明人間だった。
誰にも見られず、誰にも必要とされなかった。
だが、ここは違う。
ここでは、リディアは薬師長だ。
領民たちを救う、薬師だ。
リディアは、気持ちを引き締めた。
新しい自分。
強い自分。
戦う自分。
リディアは、もう迷わない。
その日の午後。
リディアは、研究棟で薬を調合していた。
その時。
扉をノックする音がした。
「すみません……」
男性の声だ。
リディアは、扉を開けた。
そこには、中年の男が立っていた。
農夫のような、質素な服を着ている。
顔色が、悪い。
「どうされましたか?」
リディアは、優しく尋ねた。
「実は……体調が悪くて……」
男は、苦しそうに言った。
「頭が痛くて、吐き気がして……」
リディアは、男を研究棟の中に入れた。
椅子に座らせ、脈を取る。
前世の知識を使い、診断する。
「熱中症ですね」
リディアは、すぐに判断した。
「水分不足と、塩分不足です」
リディアは、薬を調合した。
塩を溶かした水と、栄養補給の薬草を煎じたもの。
「これを、飲んでください」
男は、リディアから薬を受け取った。
そして、飲んだ。
しばらくして、男の顔色が良くなった。
「ああ……楽になりました……」
男は、驚いた顔でリディアを見た。
「本当に、すぐに効きました……」
リディアは、微笑んだ。
「よかったです。今日は、無理をせず休んでください」
男は、深く頭を下げた。
「ありがとうございます……噂通りの、奇跡の薬師様だ……」
リディアは、驚いた。
「噂……?」
「はい。エリス様を救った、奇跡の薬師様がいらっしゃると」
男は、感激した顔で言った。
「本当に、ありがとうございます」
男は、何度も頭を下げて、研究棟を出て行った。
リディアは、一人残された。
奇跡の薬師様。
リディアは、微笑んだ。
噂が、広がっている。
リディアの治療が、領民たちに知られている。
リディアは、胸が温かくなった。
それから、数日間。
リディアの元には、次々と患者が訪れた。
腹痛の子供。
腰痛の老人。
怪我をした若者。
リディアは、全ての患者を診察し、治療した。
前世の知識と、この世界の薬学を組み合わせて。
患者たちは、皆回復した。
そして、感謝した。
リディアの評判は、領内に広がった。
「奇跡の薬師様だ」
「あの方のおかげで、命を救われた」
領民たちは、リディアを慕い始めた。
リディアは、実感した。
ここが、私の居場所だ。
ここで、私は人を救う。
リディアは、決意を新たにした。
夕暮れ。
リディアは、薬草園にいた。
荒れていた薬草園を、少しずつ整備している。
雑草を抜き、土を耕す。
そして、新しい薬草を植える。
リディアは、汗を拭いながら、薬草園を見渡した。
まだ、荒れている部分もある。
だが、少しずつ、綺麗になっている。
リディアは、微笑んだ。
空が、オレンジ色に染まっている。
夕日が、薬草園を照らしている。
温かい、光。
リディアは、その光を浴びながら、立っていた。
風が、吹く。
リディアの髪が、揺れる。
リディアは、目を閉じた。
ここが、始まりだ。
リディアの、新しい人生の始まり。
ここで、リディアは人々を救う。
薬学を、広める。
そして、力を蓄える。
いつか、王宮に戻るために。
セレナを止めるために。
真実を、明らかにするために。
リディアは、目を開けた。
夕日が、リディアを照らしている。
リディアは、微笑んだ。
希望に満ちた、笑顔。
リディアは、もう迷わない。
リディアは、戦う。
そして、勝つ。
リディアは、決意を固めた。
薬草園の中で、一人。
だが、リディアは孤独ではなかった。
カイルがいる。
エリスがいる。
領民たちがいる。
リディアには、味方がいる。
居場所がある。
リディアは、もう一人ではない。
夕日が、沈んでいく。
空が、紫色に染まる。
星が、輝き始める。
リディアは、薬草園を出た。
邸宅へ、戻る。
明日も、患者が来るだろう。
リディアは、彼らを救う。
一人一人、確実に。
リディアは、歩き続けた。
新しい人生を。
希望を持って。
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