追放された薬師ですが、冷酷侯爵に溺愛されて辺境でスローライフ始めます

第14章 反撃の準備

数週間後。
リディアは、研究棟に籠もっていた。
机の上には、ノートが開かれている。
前世の化学式が、びっしりと書かれている。
リディアは、それを見つめながら、考えていた。
化学合成型治療薬。
魔力に依存しない、純粋な化学反応による薬。
前世では、当たり前だった。
だが、この世界では、異端だ。
リディアは、ペンを取った。
そして、新しいページに書き始めた。
「目標:魔力を使わない鎮痛薬の開発」
「方法:白い根草からアルカロイドを抽出、精製」
リディアは、立ち上がった。
そして、実験を始めた。
白い根草を、乳鉢ですり潰す。
水を加え、煮る。
液体を濾過し、蒸発させる。
残った結晶を、観察する。
だが——。
失敗だ。
結晶の色が、おかしい。
リディアは、ため息をついた。
もう一度。
リディアは、再び実験を始めた。
今度は、温度を変えてみる。
だが、やはり失敗。
リディアは、諦めなかった。
三度目。
四度目。
五度目。
何度も、何度も、実験を繰り返した。
失敗するたびに、ノートに記録する。
「温度が高すぎると、成分が分解する」
「濾過の方法を変える必要がある」
リディアは、前世の知識を総動員した。
そして、試行錯誤を続けた。
日が暮れた。
リディアは、蝋燭を灯した。
そして、実験を続けた。
手が、疲れている。
目が、霞んでいる。
だが、リディアは止まらなかった。
その時。
扉をノックする音がした。
リディアは、顔を上げた。
「どうぞ」
扉が開き、カイルが入ってきた。
カイルは、研究棟の中を見回した。
机の上には、実験器具が散乱している。
ガラス瓶、乳鉢、薬草の残骸。
カイルは、リディアを見た。
「何をしている?」
リディアは、立ち上がった。
「新しい薬を、開発しています」
カイルは、机に近づいた。
そして、ノートを見た。
化学式が、並んでいる。
カイルは、眉をひそめた。
「これは……何だ?」
「前世……いえ、薬の構造式です」
リディアは、慎重に答えた。
カイルは、リディアを見た。
「お前、魔力を使わずに薬を作ろうとしているのか?」
リディアは、頷いた。
「はい」
カイルは、疑問の表情を浮かべた。
「魔力を使わぬ薬など、成功するのか?」
リディアは、カイルの目を見た。
「はい。必ず成功させます」
カイルは、リディアを見つめた。
「何故、そこまで確信している?」
リディアは、少し考えた。
そして、答えた。
「前世……いえ、私の師の教えです」
リディアの声が、力強い。
「師は、魔力に頼らない薬学を教えてくれました。化学反応による、純粋な治療法を」
リディアは、ノートを見た。
「私は、その教えを信じています。そして、必ず成功させます」
カイルは、しばらくリディアを見つめていた。
その目は、何かを探っているようだった。
そして——。
カイルは、わずかに微笑んだ。
「お前の目は、本物だ」
リディアは、驚いた。
カイルは、リディアの肩に手を置いた。
「好きにやれ」
リディアは、胸が熱くなった。
「カイル様……」
カイルは、続けた。
「資金が必要なら、言え。人員が必要なら、用意する」
カイルの目が、真剣だ。
「お前が、領民を救うために必要なものは、全て揃えてやる」
リディアは、涙が込み上げた。
「ありがとうございます……」
カイルは、リディアの頭を撫でた。
「お前は、俺の領地の宝だ」
カイルの声が、優しい。
「大切にする」
リディアは、涙を拭った。
「はい……頑張ります……」
カイルは、研究棟を出て行った。
リディアは、一人残された。
リディアは、ノートを見た。
そして、再び実験を始めた。
カイルが、支援してくれる。
信じてくれる。
ならば、リディアは応えなければならない。
必ず、成功させる。
リディアは、薬草を手に取った。
そして、乳鉢ですり潰し始めた。
夜は、まだ長い。
リディアは、諦めない。
何度失敗しても、諦めない。
必ず、成功させる。
リディアの目には、決意の光が宿っていた。
数週間後。
リディアは、ついに成功した。
魔力を使わない、化学合成型の鎮痛薬。
白い結晶が、ガラス瓶の中で輝いている。
リディアは、その瓶を手に取った。
そして、微笑んだ。
「成功した……」
リディアの声が、研究棟に響く。
何度も失敗した。
何度も諦めそうになった。
だが、リディアは続けた。
そして、ついに成功した。
リディアは、瓶を抱きしめた。
涙が、溢れた。
翌日。
リディアの元に、一人の老婆が訪れた。
腰が曲がり、杖をついている。
顔には、深い皺が刻まれている。
「薬師様……お願いがあります……」
老婆の声が、か細い。
リディアは、老婆を椅子に座らせた。
「どうされましたか?」
「腰が……何十年も痛くて……」
老婆は、苦しそうに言った。
「もう、歩くのも辛いのです……」
リディアは、老婆の脈を取った。
そして、腰を診察した。
慢性疼痛だ。
長年の労働で、腰を痛めている。
リディアは、頷いた。
「わかりました。お薬を処方します」
リディアは、新しく開発した鎮痛薬を取り出した。
白い結晶を、水に溶かす。
そして、老婆に渡した。
「これを、飲んでください」
老婆は、リディアから薬を受け取った。
そして、恐る恐る飲んだ。
しばらくして——。
老婆の顔が、変わった。
驚きの表情。
そして、涙。
「痛みが……消えた……」
老婆の声が、震えている。
「何十年ぶりに……痛みが消えた……!」
老婆は、立ち上がった。
杖を置き、腰を伸ばす。
「本当に……痛くない……!」
老婆は、リディアの手を取った。
そして、涙を流しながら言った。
「ありがとうございます……薬師様……」
「神様が、遣わしてくださったのですね……」
リディアは、老婆の手を握り返した。
「よかったです」
老婆は、何度も頭を下げて、研究棟を出て行った。
その日から、噂が広がった。
「奇跡の薬師様が、何十年もの痛みを消した」
「あの薬は、本当に効く」
領内中に、リディアの評判が広がった。
そして、次々と患者が訪れるようになった。
腰痛の農夫。
頭痛の主婦。
関節痛の老人。
リディアは、全ての患者を診察した。
そして、新しい鎮痛薬を処方した。
患者たちは、皆回復した。
何十年も苦しんでいた痛みが、消えた。
彼らは、涙を流して感謝した。
「奇跡の薬師様だ」
「本当に、ありがとうございます」
リディアは、連日治療に追われた。
朝から晩まで、患者が訪れる。
リディアは、休む暇もなかった。
だが、リディアは幸せだった。
人々を、救っている。
前世では、できなかったことを、今、している。
リディアは、充実感に満たされていた。
ある夜。
リディアが研究棟で休んでいると、カイルが訪れた。
「リディア」
「カイル様」
リディアは、立ち上がった。
カイルは、リディアを見た。
「疲れているだろう」
「いえ、大丈夫です」
リディアは、微笑んだ。
カイルは、窓の外を見た。
街が、見える。
夜だが、家々には灯りが灯っている。
カイルは、静かに言った。
「お前のおかげで、領民が笑っている」
リディアは、カイルを見た。
カイルは、続けた。
「初めて見る、光景だ」
カイルの声が、感慨深い。
「俺は、冷酷な侯爵として恐れられていた」
「領民たちは、俺を避けていた」
カイルは、リディアを見た。
「だが、お前が来てから、変わった」
「領民たちは、笑うようになった」
「そして、俺を見る目も、変わった」
カイルは、わずかに微笑んだ。
「ありがとう、リディア」
リディアは、胸が熱くなった。
「いいえ……私こそ、ありがとうございます」
リディアは、カイルに近づいた。
「カイル様のおかげで、私はここで人を救えています。私の居場所を、作ってくださった」
リディアの目が、潤んだ。
「本当に、感謝しています」
カイルは、リディアの頭を撫でた。
「お前は、俺の誇りだ」
リディアは、涙を流した。
二人は、しばらく無言で立っていた。
窓の外、星が輝いている。
穏やかな、夜。
リディアは、幸せだった。
夜。
リディアは、自室にいた。
机の上には、分厚いノートが開かれている。
リディアは、羽根ペンを手に取った。
そして、書き始めた。
「セレナ・ヴィオレット作成の美容秘薬における依存性物質の検証」
リディアは、タイトルを書いた。
これは、論文だ。
セレナの秘薬の危険性を、科学的に証明する論文。
リディアは、ページをめくった。
そして、前世ノートを開いた。
前世の薬害事件のデータが、そこに書かれている。
「依存性薬物の配合比」
「副作用の症例」
「中毒患者の症状」
リディアは、それらを見ながら、新しいノートに書き写した。
そして、この世界の言葉に翻訳する。
「赤い蔓草の根——アルカロイド系依存性物質」
「月光花の花粉——神経刺激作用、習慣性形成」
「魔晶石の粉末——魔力増幅、神経負荷」
リディアは、次に国王の症状を書いた。
「倦怠感——薬物中毒の初期症状」
「記憶障害——神経系の破壊」
「意識混濁——中毒の進行」
リディアは、前世のデータとこの世界の症状を照合した。
完全に、一致する。
リディアは、さらに書き続けた。
貴族たちの依存症状。
セレナの秘薬を常用している貴族たちの、変化。
「顔色の悪化」
「体重の減少」
「情緒不安定」
全て、依存症の症状だ。
リディアは、数時間かけて、論文を書き上げた。
最後に、結論を書いた。
「以上の検証により、セレナ・ヴィオレット作成の美容秘薬は、依存性物質を含む危険な薬物であることが証明される」
「国王陛下の病は、この秘薬による薬物中毒である」
「直ちに、使用を中止し、適切な治療を行うべきである」
リディアは、ペンを置いた。
そして、論文を見つめた。
これが、証拠だ。
セレナを告発するための、証拠。
だが——。
誰に、提出すればいいのか。
リディアは、考えた。
王宮医学会。
そこに提出すれば、医師たちが検証してくれるだろう。
だが、危険だ。
セレナは、医学会にも影響力がある。
リディアの論文が、無視される可能性もある。
リディアは、悩んだ。
翌日。
リディアは、カイルに相談することにした。
応接室で、カイルと向かい合う。
リディアは、論文をテーブルに置いた。
「カイル様、これを見ていただけますか?」
カイルは、論文を手に取った。
そして、読み始めた。
しばらくして、カイルは顔を上げた。
「これは……」
「セレナの秘薬について、書きました」
リディアは、真剣な顔で言った。
「この論文を、王宮医学会に提出したいのです」
カイルは、眉をひそめた。
「危険だ」
「わかっています」
リディアは、頷いた。
「ですが、やらなければなりません」
リディアは、カイルの目を見た。
「国王陛下を、救わなければなりません。貴族たちを、依存症から解放しなければなりません」
リディアの声が、震えた。
「そして、セレナを止めなければなりません」
カイルは、しばらくリディアを見つめていた。
そして、論文をテーブルに置いた。
「お前の覚悟は、本物だな」
リディアは、頷いた。
「はい」
カイルは、立ち上がった。
「わかった。俺が、護衛する」
リディアは、驚いた。
「カイル様……」
「お前一人で、王宮に乗り込ませるわけにはいかない」
カイルの目が、鋭い。
「俺が、お前を守る」
リディアは、涙が込み上げた。
「ありがとうございます……」
カイルは、リディアの肩に手を置いた。
「いつ、行く?」
リディアは、考えた。
「準備が整い次第……数週間後には」
カイルは、頷いた。
「わかった。それまでに、護衛を用意する」
リディアは、深く頭を下げた。
「本当に、ありがとうございます」
カイルは、リディアを見た。
「お前は、俺の大切な者だ」
カイルの声が、優しい。
「守るのは、当然だ」
リディアは、胸が熱くなった。
カイルは、応接室を出て行った。
リディアは、一人残された。
リディアは、論文を手に取った。
そして、決意の表情を浮かべた。
今度こそ、真実を明らかにする。
セレナの陰謀を、暴く。
国王を、救う。
前世では、できなかった。
だが、今世では、やり遂げる。
リディアは、拳を握った。
戦いは、これからだ。
リディアは、準備を始める。
王宮への、反撃の準備を。
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