追放された薬師ですが、冷酷侯爵に溺愛されて辺境でスローライフ始めます
第4章 死の淵
荒野。
護送馬車は、ガタガタと揺れながら、道なき道を進んでいた。
リディアは、荷台の隅で、膝を抱えて座っていた。
手錠が、手首に食い込んでいる。
痛い。
だが、もう感覚が麻痺してきた。
窓のない荷台は、暗い。
わずかな隙間から、月明かりが差し込んでいるだけだ。
リディアは、目を閉じた。
体が、揺れに合わせて左右に傾く。
どれくらい、時間が経ったのだろう。
王都を出てから、もう何時間も経つ。
辺境まで、あとどれくらいかかるのか。
リディアは、わからなかった。
ただ、このまま揺られ続けるだけだ。
馬車が、突然止まった。
リディアは、目を開けた。
何が起こったのか?
外で、馬の嘶きが聞こえる。
そして、兵士たちの声。
「ここでいいだろう」
「ああ、誰も見ていない」
リディアは、息を呑んだ。
荷台の扉が、開いた。
月明かりが、リディアを照らす。
兵士が二人、荷台を覗き込んでいる。
「リディア・アーシェンフェルト、降りろ」
リディアは、立ち上がった。
体が、硬直している。
兵士が、リディアの腕を掴み、荷台から引きずり下ろした。
リディアは、地面に足をつけた。
荒野だ。
周囲には、何もない。
ただ、乾いた大地と、低い灌木が点在しているだけだ。
月が、空に浮かんでいる。
「ここは……どこですか?」
リディアは、兵士に問いかけた。
兵士は、答えなかった。
ただ、もう一人の兵士と、顔を見合わせた。
「やるぞ」
「ああ」
兵士の一人が、懐から小瓶を取り出した。
黒い液体が、瓶の中で揺れている。
リディアは、背筋が凍った。
「それは……何ですか?」
「セレナ様の、命令だ」
兵士が、冷たく言った。
「証拠隠滅のため、お前を始末する」
リディアは、息を呑んだ。
「始末……?」
「そうだ。お前は、辺境にたどり着く前に、死ぬ」
兵士は、リディアに近づいた。
リディアは、後ずさった。
だが、もう一人の兵士が、背後からリディアの腕を掴んだ。
「動くな」
リディアは、抵抗しようとした。
だが、手錠をかけられた手では、何もできない。
兵士は、小瓶の栓を開けた。
黒い液体から、異臭が漂う。
毒だ。
リディアは、顔を背けた。
「やめて……!」
だが、兵士は容赦しなかった。
リディアの顎を掴み、無理やり口を開けさせる。
そして、小瓶を口に押し当てた。
黒い液体が、リディアの口の中に流れ込む。
苦い。
焼けるような痛み。
リディアは、咳き込んだ。
だが、液体は喉を通り、胃に落ちていく。
兵士は、リディアを放した。
リディアは、地面に膝をついた。
咳が、止まらない。
体が、熱い。
胃が、焼けるように痛い。
「終わったな」
「ああ。これで、証拠は消える」
兵士たちは、馬車に戻った。
そして、馬車を動かし始めた。
リディアは、地面に倒れ込んだ。
視界が、霞む。
体が、動かない。
毒が、回っている。
リディアは、必死に呼吸をした。
だが、息が、苦しい。
心臓が、早鐘のように打っている。
リディアは、空を見上げた。
月が、ぼやけて見える。
やはり、殺される運命だったのか。
前世でも、今世でも、リディアは誰にも救われない。
ただ、一人で死んでいく。
リディアは、目を閉じた。
涙が、頬を伝う。
体が、冷たくなっていく。
馬車の音が、遠ざかっていく。
兵士たちは、リディアを荒野に放置して、去っていく。
リディアは、一人きりだ。
荒野の、真ん中。
誰もいない。
誰も、助けに来ない。
リディアは、震える手を、胸に当てた。
心臓の音が、弱くなっている。
もう、長くない。
リディアは、小さく呟いた。
「ごめんなさい……誰も……救えなかった……」
その声は、風に消えた。
月が、冷たく輝いている。
リディアの体は、動かなくなった。
呼吸が、止まる。
心臓が、止まる。
リディアは、死んだ。
荒野に、一人取り残されて。
暗闇。
リディアの意識は、どこか遠くへ流されていく。
体の感覚が、ない。
痛みも、ない。
ただ、暗闇だけがある。
そして——。
光が、見えた。
リディアは、目を開けた。
そこは、白い部屋だった。
無機質な蛍光灯の光が、天井から降り注いでいる。
リディアは、机に向かっていた。
白衣を着ている。
目の前には、モニター。
データが、画面に映し出されている。
グラフ。
数値。
患者の、症状記録。
リディアは、それを見つめていた。
これは——。
前世だ。
リディアは、製薬会社の研究室にいた。
リディアの手元には、分厚い報告書がある。
「薬害事件——副作用症例の統計的分析」
リディアは、その報告書をめくった。
ページに、びっしりとデータが書き込まれている。
患者たちの、苦しみの記録。
副作用で、神経が破壊された患者。
依存症になり、廃人と化した患者。
そして、死んだ患者。
リディアは、唇を噛んだ。
この薬は、危険だ。
製薬会社は、副作用を隠蔽している。
利益のために、人の命を危険に晒している。
リディアは、報告書を手に取った。
そして、立ち上がった。
上司の部屋へ、向かう。
扉をノックする。
「入れ」
リディアは、扉を開けた。
上司が、机に向かって座っている。
「何の用だ?」
「報告書を、提出します」
リディアは、報告書を机の上に置いた。
上司は、それを手に取り、ざっと目を通した。
そして、顔をしかめた。
「これは……何だ?」
「当社の薬の、副作用に関する報告書です」
「副作用?」
上司は、報告書を机に叩きつけた。
「君、これを公表するつもりか?」
「はい。患者さんたちが苦しんでいます。このままでは——」
「黙れ」
上司の声が、冷たくなった。
「君の研究は、会社の利益を損なう」
「ですが——」
「いいか、リディア。会社は、利益を上げるために存在している。患者の命など、二の次だ」
リディアは、息を呑んだ。
「そんな……」
「君が、この報告書を公表すれば、会社の株価は暴落する。そうなれば、君だけでなく、多くの社員が職を失う」
「でも、患者さんたちは——」
「患者など、どうでもいい」
上司は、冷たく言い放った。
「君は、会社の方針に従え。それができないなら——」
上司は、リディアを睨みつけた。
「左遷だ」
リディアは、震えた。
「左遷……」
「そうだ。君を、地方の支社に飛ばす。そこで、一生雑用でもしていろ」
上司は、報告書を破り捨てた。
「二度と、こんなものを持ってくるな」
リディアは、破られた報告書を見つめた。
涙が、込み上げてくる。
だが、リディアは何も言えなかった。
ただ、部屋を出た。
廊下を歩く。
同僚たちが、リディアを避ける。
誰も、リディアに声をかけない。
リディアは、孤立していた。
上司の命令で、左遷された。
誰も、リディアを信じてくれなかった。
真実を訴えても、誰も聞いてくれなかった。
光が、消えた。
リディアは、再び暗闇の中にいた。
そして、気づいた。
セレナの手口は、あの時の会社と同じだ。
利益優先。
人命軽視。
副作用の隠蔽。
告発者の排除。
全て、同じだ。
前世でも、今世でも、リディアは同じ構造に立ち向かっている。
そして、両方とも、負けた。
リディアは、拳を握った。
だが、体は動かない。
毒が、リディアを蝕んでいる。
痛みが、再び襲ってくる。
胃が、焼けるように痛い。
心臓が、弱々しく打っている。
リディアは、叫びたかった。
だが、声が出ない。
ただ、心の中で、叫んだ。
もう一度。
もう一度、チャンスがあれば。
今度こそ、戦う。
今度こそ、真実を証明する。
セレナを、止める。
患者たちを、救う。
もう、逃げない。
もう、諦めない。
リディアは、願った。
神様。
誰でもいい。
もう一度だけ、チャンスを。
リディアの意識は、再び暗闇に沈んでいった。
リディアは、目を開けた。
荒野だ。
リディアは、地面に倒れていた。
頬が、冷たい土についている。
ざらざらとした感触。
乾いた、荒野の土。
リディアは、動こうとした。
だが、体が動かない。
手も、足も、まるで鉛のように重い。
毒が、全身を巡っている。
リディアは、空を見上げた。
満月が、輝いている。
冷たく、白い光。
月は、リディアを見下ろしている。
まるで、死を見届けるかのように。
リディアは、呼吸をした。
浅い。
苦しい。
空気が、うまく入ってこない。
遠くで、音が聞こえた。
遠吠え。
狼だ。
リディアは、震えた。
狼が、近づいてくる。
このまま、ここで死ねば、リディアの死骸は狼に食われる。
誰も、リディアを見つけてくれない。
誰も、リディアを埋葬してくれない。
ただ、荒野の土に還るだけだ。
リディアは、涙が込み上げるのを感じた。
死ぬのが、怖い。
一人で、死ぬのが、怖い。
誰も、私を救ってくれない。
前世でも、今世でも、誰もリディアを救ってくれなかった。
リディアは、孤独だった。
ずっと、一人きりだった。
涙が、頬を伝った。
冷たい土に、染み込んでいく。
リディアは、震える唇を動かした。
「神様……」
小さな、声。
風に、消えそうな声。
「もし……本当に、いるなら……」
リディアは、祈った。
「もう一度だけ……チャンスを……」
リディアの視界が、霞んでいく。
月が、ぼやけて見える。
星が、揺れている。
リディアは、もう一度言った。
「お願い……もう一度だけ……」
心臓の音が、遠くなっていく。
体が、冷たくなっていく。
感覚が、消えていく。
リディアは、目を閉じた。
涙が、止まらない。
「誰か……助けて……」
だが、誰も答えない。
荒野には、リディア一人だ。
狼の遠吠えが、また聞こえた。
近い。
もう、すぐそこまで来ている。
リディアは、震えた。
だが、もう動けない。
ただ、死を待つだけだ。
リディアは、小さく呟いた。
「せめて……人を……救いたかった……」
その声は、風に消えた。
リディアの心臓が、弱々しく打っている。
一つ。
二つ。
三つ。
そして——。
止まった。
リディアの呼吸が、止まった。
体が、動かなくなった。
リディアは、死んだ。
荒野の、冷たい土の上で。
だが——。
その時。
リディアの視界が、暗転した。
完全な、闇。
何も、見えない。
何も、聞こえない。
ただ、闇だけがある。
リディアは、浮遊している感覚を覚えた。
体がない。
重力がない。
ただ、意識だけがある。
そして——。
光が、見えた。
小さな、光。
遠くで、輝いている。
リディアは、その光に引き寄せられた。
光が、だんだん大きくなる。
眩い。
白い。
温かい。
リディアは、光の中に飲み込まれた。
全てが、白く染まる。
リディアの意識も、白く染まる。
そして——。
光が、爆発した。
眩い、眩い光。
リディアは、その光に包まれた。
温かい。
優しい。
まるで、誰かに抱きしめられているかのような。
リディアは、涙が溢れるのを感じた。
ああ——。
これが、死なのか。
リディアは、光の中で、静かに目を閉じた。
護送馬車は、ガタガタと揺れながら、道なき道を進んでいた。
リディアは、荷台の隅で、膝を抱えて座っていた。
手錠が、手首に食い込んでいる。
痛い。
だが、もう感覚が麻痺してきた。
窓のない荷台は、暗い。
わずかな隙間から、月明かりが差し込んでいるだけだ。
リディアは、目を閉じた。
体が、揺れに合わせて左右に傾く。
どれくらい、時間が経ったのだろう。
王都を出てから、もう何時間も経つ。
辺境まで、あとどれくらいかかるのか。
リディアは、わからなかった。
ただ、このまま揺られ続けるだけだ。
馬車が、突然止まった。
リディアは、目を開けた。
何が起こったのか?
外で、馬の嘶きが聞こえる。
そして、兵士たちの声。
「ここでいいだろう」
「ああ、誰も見ていない」
リディアは、息を呑んだ。
荷台の扉が、開いた。
月明かりが、リディアを照らす。
兵士が二人、荷台を覗き込んでいる。
「リディア・アーシェンフェルト、降りろ」
リディアは、立ち上がった。
体が、硬直している。
兵士が、リディアの腕を掴み、荷台から引きずり下ろした。
リディアは、地面に足をつけた。
荒野だ。
周囲には、何もない。
ただ、乾いた大地と、低い灌木が点在しているだけだ。
月が、空に浮かんでいる。
「ここは……どこですか?」
リディアは、兵士に問いかけた。
兵士は、答えなかった。
ただ、もう一人の兵士と、顔を見合わせた。
「やるぞ」
「ああ」
兵士の一人が、懐から小瓶を取り出した。
黒い液体が、瓶の中で揺れている。
リディアは、背筋が凍った。
「それは……何ですか?」
「セレナ様の、命令だ」
兵士が、冷たく言った。
「証拠隠滅のため、お前を始末する」
リディアは、息を呑んだ。
「始末……?」
「そうだ。お前は、辺境にたどり着く前に、死ぬ」
兵士は、リディアに近づいた。
リディアは、後ずさった。
だが、もう一人の兵士が、背後からリディアの腕を掴んだ。
「動くな」
リディアは、抵抗しようとした。
だが、手錠をかけられた手では、何もできない。
兵士は、小瓶の栓を開けた。
黒い液体から、異臭が漂う。
毒だ。
リディアは、顔を背けた。
「やめて……!」
だが、兵士は容赦しなかった。
リディアの顎を掴み、無理やり口を開けさせる。
そして、小瓶を口に押し当てた。
黒い液体が、リディアの口の中に流れ込む。
苦い。
焼けるような痛み。
リディアは、咳き込んだ。
だが、液体は喉を通り、胃に落ちていく。
兵士は、リディアを放した。
リディアは、地面に膝をついた。
咳が、止まらない。
体が、熱い。
胃が、焼けるように痛い。
「終わったな」
「ああ。これで、証拠は消える」
兵士たちは、馬車に戻った。
そして、馬車を動かし始めた。
リディアは、地面に倒れ込んだ。
視界が、霞む。
体が、動かない。
毒が、回っている。
リディアは、必死に呼吸をした。
だが、息が、苦しい。
心臓が、早鐘のように打っている。
リディアは、空を見上げた。
月が、ぼやけて見える。
やはり、殺される運命だったのか。
前世でも、今世でも、リディアは誰にも救われない。
ただ、一人で死んでいく。
リディアは、目を閉じた。
涙が、頬を伝う。
体が、冷たくなっていく。
馬車の音が、遠ざかっていく。
兵士たちは、リディアを荒野に放置して、去っていく。
リディアは、一人きりだ。
荒野の、真ん中。
誰もいない。
誰も、助けに来ない。
リディアは、震える手を、胸に当てた。
心臓の音が、弱くなっている。
もう、長くない。
リディアは、小さく呟いた。
「ごめんなさい……誰も……救えなかった……」
その声は、風に消えた。
月が、冷たく輝いている。
リディアの体は、動かなくなった。
呼吸が、止まる。
心臓が、止まる。
リディアは、死んだ。
荒野に、一人取り残されて。
暗闇。
リディアの意識は、どこか遠くへ流されていく。
体の感覚が、ない。
痛みも、ない。
ただ、暗闇だけがある。
そして——。
光が、見えた。
リディアは、目を開けた。
そこは、白い部屋だった。
無機質な蛍光灯の光が、天井から降り注いでいる。
リディアは、机に向かっていた。
白衣を着ている。
目の前には、モニター。
データが、画面に映し出されている。
グラフ。
数値。
患者の、症状記録。
リディアは、それを見つめていた。
これは——。
前世だ。
リディアは、製薬会社の研究室にいた。
リディアの手元には、分厚い報告書がある。
「薬害事件——副作用症例の統計的分析」
リディアは、その報告書をめくった。
ページに、びっしりとデータが書き込まれている。
患者たちの、苦しみの記録。
副作用で、神経が破壊された患者。
依存症になり、廃人と化した患者。
そして、死んだ患者。
リディアは、唇を噛んだ。
この薬は、危険だ。
製薬会社は、副作用を隠蔽している。
利益のために、人の命を危険に晒している。
リディアは、報告書を手に取った。
そして、立ち上がった。
上司の部屋へ、向かう。
扉をノックする。
「入れ」
リディアは、扉を開けた。
上司が、机に向かって座っている。
「何の用だ?」
「報告書を、提出します」
リディアは、報告書を机の上に置いた。
上司は、それを手に取り、ざっと目を通した。
そして、顔をしかめた。
「これは……何だ?」
「当社の薬の、副作用に関する報告書です」
「副作用?」
上司は、報告書を机に叩きつけた。
「君、これを公表するつもりか?」
「はい。患者さんたちが苦しんでいます。このままでは——」
「黙れ」
上司の声が、冷たくなった。
「君の研究は、会社の利益を損なう」
「ですが——」
「いいか、リディア。会社は、利益を上げるために存在している。患者の命など、二の次だ」
リディアは、息を呑んだ。
「そんな……」
「君が、この報告書を公表すれば、会社の株価は暴落する。そうなれば、君だけでなく、多くの社員が職を失う」
「でも、患者さんたちは——」
「患者など、どうでもいい」
上司は、冷たく言い放った。
「君は、会社の方針に従え。それができないなら——」
上司は、リディアを睨みつけた。
「左遷だ」
リディアは、震えた。
「左遷……」
「そうだ。君を、地方の支社に飛ばす。そこで、一生雑用でもしていろ」
上司は、報告書を破り捨てた。
「二度と、こんなものを持ってくるな」
リディアは、破られた報告書を見つめた。
涙が、込み上げてくる。
だが、リディアは何も言えなかった。
ただ、部屋を出た。
廊下を歩く。
同僚たちが、リディアを避ける。
誰も、リディアに声をかけない。
リディアは、孤立していた。
上司の命令で、左遷された。
誰も、リディアを信じてくれなかった。
真実を訴えても、誰も聞いてくれなかった。
光が、消えた。
リディアは、再び暗闇の中にいた。
そして、気づいた。
セレナの手口は、あの時の会社と同じだ。
利益優先。
人命軽視。
副作用の隠蔽。
告発者の排除。
全て、同じだ。
前世でも、今世でも、リディアは同じ構造に立ち向かっている。
そして、両方とも、負けた。
リディアは、拳を握った。
だが、体は動かない。
毒が、リディアを蝕んでいる。
痛みが、再び襲ってくる。
胃が、焼けるように痛い。
心臓が、弱々しく打っている。
リディアは、叫びたかった。
だが、声が出ない。
ただ、心の中で、叫んだ。
もう一度。
もう一度、チャンスがあれば。
今度こそ、戦う。
今度こそ、真実を証明する。
セレナを、止める。
患者たちを、救う。
もう、逃げない。
もう、諦めない。
リディアは、願った。
神様。
誰でもいい。
もう一度だけ、チャンスを。
リディアの意識は、再び暗闇に沈んでいった。
リディアは、目を開けた。
荒野だ。
リディアは、地面に倒れていた。
頬が、冷たい土についている。
ざらざらとした感触。
乾いた、荒野の土。
リディアは、動こうとした。
だが、体が動かない。
手も、足も、まるで鉛のように重い。
毒が、全身を巡っている。
リディアは、空を見上げた。
満月が、輝いている。
冷たく、白い光。
月は、リディアを見下ろしている。
まるで、死を見届けるかのように。
リディアは、呼吸をした。
浅い。
苦しい。
空気が、うまく入ってこない。
遠くで、音が聞こえた。
遠吠え。
狼だ。
リディアは、震えた。
狼が、近づいてくる。
このまま、ここで死ねば、リディアの死骸は狼に食われる。
誰も、リディアを見つけてくれない。
誰も、リディアを埋葬してくれない。
ただ、荒野の土に還るだけだ。
リディアは、涙が込み上げるのを感じた。
死ぬのが、怖い。
一人で、死ぬのが、怖い。
誰も、私を救ってくれない。
前世でも、今世でも、誰もリディアを救ってくれなかった。
リディアは、孤独だった。
ずっと、一人きりだった。
涙が、頬を伝った。
冷たい土に、染み込んでいく。
リディアは、震える唇を動かした。
「神様……」
小さな、声。
風に、消えそうな声。
「もし……本当に、いるなら……」
リディアは、祈った。
「もう一度だけ……チャンスを……」
リディアの視界が、霞んでいく。
月が、ぼやけて見える。
星が、揺れている。
リディアは、もう一度言った。
「お願い……もう一度だけ……」
心臓の音が、遠くなっていく。
体が、冷たくなっていく。
感覚が、消えていく。
リディアは、目を閉じた。
涙が、止まらない。
「誰か……助けて……」
だが、誰も答えない。
荒野には、リディア一人だ。
狼の遠吠えが、また聞こえた。
近い。
もう、すぐそこまで来ている。
リディアは、震えた。
だが、もう動けない。
ただ、死を待つだけだ。
リディアは、小さく呟いた。
「せめて……人を……救いたかった……」
その声は、風に消えた。
リディアの心臓が、弱々しく打っている。
一つ。
二つ。
三つ。
そして——。
止まった。
リディアの呼吸が、止まった。
体が、動かなくなった。
リディアは、死んだ。
荒野の、冷たい土の上で。
だが——。
その時。
リディアの視界が、暗転した。
完全な、闇。
何も、見えない。
何も、聞こえない。
ただ、闇だけがある。
リディアは、浮遊している感覚を覚えた。
体がない。
重力がない。
ただ、意識だけがある。
そして——。
光が、見えた。
小さな、光。
遠くで、輝いている。
リディアは、その光に引き寄せられた。
光が、だんだん大きくなる。
眩い。
白い。
温かい。
リディアは、光の中に飲み込まれた。
全てが、白く染まる。
リディアの意識も、白く染まる。
そして——。
光が、爆発した。
眩い、眩い光。
リディアは、その光に包まれた。
温かい。
優しい。
まるで、誰かに抱きしめられているかのような。
リディアは、涙が溢れるのを感じた。
ああ——。
これが、死なのか。
リディアは、光の中で、静かに目を閉じた。