大好きだった元彼と再会しましたが、私はもう結婚しています。

プロローグ


「今日は、私の新しいスタートに立ち会ってくださって、本当にありがとうございます」

 スピーチの第一声で、会場がすっと静まった。

 私はクローゼットの奥から発掘してきた、もう似合うか怪しいドレスを着て、会場の後方からまっすぐステージ上を見つめていた。
 そこには、尊敬する上司……いや、今日からはフォレスティア飲料のトップ『天野瑞穂社長』が立っている。

 彼女はいつもの白衣とは違う、華やかな黒のドレスに身を包んでまっすぐと前を向いていた。
 五十を過ぎていると聞いたことはあるけれど、そんな年齢は感じさせず、ピンと伸びた背中が凛々しくてつい視線を奪われてしまう。

 そして私は、それを見て、ふとある瞬間を思い出していた。

 初めて彼をサンディエゴ・コンベンションセンターのホールで見た時だ。

 あの時ほど、胸が高鳴ったことはない。
 惹きつけられる話し方、そして圧倒的な才能……。もう何年も前のことだけど今でも鮮明に思い出せた。

「私は年齢を重ねるにつれて、怖いことが増えていきました。課長になって、部長になって……そのうち、間違えるのが怖くてね。でも私は昔の自分が好きだった。失敗しても、無鉄砲にでも立ち向かっていける自分が……」

 あぁ、そういうことをきっぱり言えるところ、本当に瑞穂さんらしい。三年間、彼女が上司で、ずっと近くで見ていたからこそ、彼女が言葉を飾らないことがよくわかった。

「だから私は宣言します。我が、フォレスティア飲料は、挑戦する会社でありたい。そして、挑戦する人を笑わない会社でありたい。今、息を潜めている人がいるなら思い出してください。あなたの中には、かつて自由に走っていたあなたがまだ生きていることを。そして私も、皆さんと一緒にもう一度走り出したい。どうか、これからも皆さんの力を貸してください」

 会場が大きな拍手に包まれ、私も思わず涙がこぼれそうになった。

 ――きっとこれからもっといい会社になる。

 そんな予感がよぎる。彼女の話を聞いていたら、やりたいことがあふれ出そうになる。

 しかし――私は自分の左手を掴んだ。
 左手の薬指にある『それ』を指でなぞる。私はもう自由にはできない。
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