氷の法医学者と、秘密の共犯になりました
第6話
「病院関係者が出入りしても不自然じゃない場所……。薬局併設のカフェならどうでしょう」
私の提案に先生は「悪くない」と短く言った。
ほんの一言なのに、少し嬉しくなる自分が悔しい。
「じゃあ、橘さんに返信します。こちらは私と真鍋先輩、先生も同行でいいですか」
「俺は医療記録の確認役だ」
「はい。同行ですね」
「表現を雑にまとめるな」
「同行ですね」
「……好きにしろ」
真鍋先輩がにやにやしながら私たちを見ている。
「何ですか、先輩」
「いや、いい感じに会話が噛み合ってきたなと思って」
「噛み合ってます?」
「うん。噛み合ってるというか、ぶつかる位置が決まってきたというか」
「褒めてませんよね、それ」
「褒めてる褒めてる」
沢渡先生はまったく笑わない。
「真鍋刑事。橘との接触は捜査上重要だ。無駄話を減らせ」
「はいはい。相変わらず氷だねえ」
真鍋先輩はそう言いながらも、すぐに手帳を開いた。
「俺は班長に報告して、念のため周辺に目を置く段取りを取る。任意聴取って形は崩さない。ただし、橘が本当に神崎に脅されてるなら、尾行や接触の可能性もゼロじゃない」
「ありがとうございます」
私は頷き、橘さんへ返信を打った。
『神崎さんに知られない形でお話を伺います。警察として正式に押しかけるのではなく、任意で構いません。人目のある場所でお会いしましょう。例えば駅前の薬局併設のカフェはどうですか』
送信して、数十秒。
すぐに返事が来た。
『そこなら行けます。明日の昼、休憩時間に抜けます。神崎さんには、絶対に言わないでください』
絶対に。
その文字が、胸に重かった。
「明日の昼、駅前の薬局併設のカフェです」
私が告げると、沢渡先生は小さく頷いた。
「橘には余計な説明を送るな。今夜はこれ以上不安を煽らない方がいい」
「はい」
「君も帰れ」
「え?」
「明日、感情的にならないためには睡眠が必要だ」
「先生、それは私だけじゃなくて先生にも言えることです」
言い返すと、先生はわずかに眉を寄せた。
「俺は自分で判断する」
「それ、毎回言いますけど信用できません」
「失礼だな」
「先生ほどじゃありません」
真鍋先輩がまた笑った。
「お前ら、本当に最近いいコンビだな」
「違います」
「違います」
また、声が重なった。
空気が一瞬止まった。
真鍋先輩は満足そうに頷いた。
「ほらな」
「ほらな、じゃありません」
私は慌てて資料をまとめた。
沢渡先生は何事もなかったように鞄を持つ。
けれど、先生の視線が一度だけ、私の手元に落ちたのがわかった。
「資料を持ち帰るな」
「え?」
「今、そのまま鞄に入れようとしていた」
「……確認用に少しだけ」
「駄目だ。署で確認しろ。睡眠時間を削る口実にするな」
「先生、私の行動予測、精度高すぎませんか」
「単純だからだ」
「ひどい」
「事実だ」
本当にひどい。
なのに、その言葉の奥にあるものが、ただの嫌味じゃないとわかってしまう。
心配。
先生は絶対にそう呼ばない。
たぶん、合理的な警告とか、捜査効率とか、そういう冷たい言葉にする。
それでも。
私を見ていないと危ない、と言った人が、今日も私を止めようとしている。
それが、少しだけ胸を温かくした。
私の提案に先生は「悪くない」と短く言った。
ほんの一言なのに、少し嬉しくなる自分が悔しい。
「じゃあ、橘さんに返信します。こちらは私と真鍋先輩、先生も同行でいいですか」
「俺は医療記録の確認役だ」
「はい。同行ですね」
「表現を雑にまとめるな」
「同行ですね」
「……好きにしろ」
真鍋先輩がにやにやしながら私たちを見ている。
「何ですか、先輩」
「いや、いい感じに会話が噛み合ってきたなと思って」
「噛み合ってます?」
「うん。噛み合ってるというか、ぶつかる位置が決まってきたというか」
「褒めてませんよね、それ」
「褒めてる褒めてる」
沢渡先生はまったく笑わない。
「真鍋刑事。橘との接触は捜査上重要だ。無駄話を減らせ」
「はいはい。相変わらず氷だねえ」
真鍋先輩はそう言いながらも、すぐに手帳を開いた。
「俺は班長に報告して、念のため周辺に目を置く段取りを取る。任意聴取って形は崩さない。ただし、橘が本当に神崎に脅されてるなら、尾行や接触の可能性もゼロじゃない」
「ありがとうございます」
私は頷き、橘さんへ返信を打った。
『神崎さんに知られない形でお話を伺います。警察として正式に押しかけるのではなく、任意で構いません。人目のある場所でお会いしましょう。例えば駅前の薬局併設のカフェはどうですか』
送信して、数十秒。
すぐに返事が来た。
『そこなら行けます。明日の昼、休憩時間に抜けます。神崎さんには、絶対に言わないでください』
絶対に。
その文字が、胸に重かった。
「明日の昼、駅前の薬局併設のカフェです」
私が告げると、沢渡先生は小さく頷いた。
「橘には余計な説明を送るな。今夜はこれ以上不安を煽らない方がいい」
「はい」
「君も帰れ」
「え?」
「明日、感情的にならないためには睡眠が必要だ」
「先生、それは私だけじゃなくて先生にも言えることです」
言い返すと、先生はわずかに眉を寄せた。
「俺は自分で判断する」
「それ、毎回言いますけど信用できません」
「失礼だな」
「先生ほどじゃありません」
真鍋先輩がまた笑った。
「お前ら、本当に最近いいコンビだな」
「違います」
「違います」
また、声が重なった。
空気が一瞬止まった。
真鍋先輩は満足そうに頷いた。
「ほらな」
「ほらな、じゃありません」
私は慌てて資料をまとめた。
沢渡先生は何事もなかったように鞄を持つ。
けれど、先生の視線が一度だけ、私の手元に落ちたのがわかった。
「資料を持ち帰るな」
「え?」
「今、そのまま鞄に入れようとしていた」
「……確認用に少しだけ」
「駄目だ。署で確認しろ。睡眠時間を削る口実にするな」
「先生、私の行動予測、精度高すぎませんか」
「単純だからだ」
「ひどい」
「事実だ」
本当にひどい。
なのに、その言葉の奥にあるものが、ただの嫌味じゃないとわかってしまう。
心配。
先生は絶対にそう呼ばない。
たぶん、合理的な警告とか、捜査効率とか、そういう冷たい言葉にする。
それでも。
私を見ていないと危ない、と言った人が、今日も私を止めようとしている。
それが、少しだけ胸を温かくした。