氷の法医学者と、秘密の共犯になりました

第7話

警察署へ戻る車の中で、真鍋先輩はずっと黙っていた。

いつもなら、沢渡先生と私のやり取りを面白がって、何か一つくらい余計なことを言うはずなのに。運転席でハンドルを握る横顔は、珍しく刑事の顔をしていた。

私は後部座席で、橘美里さんから聞いた話をメモに起こしていた。

神崎遼。
白峰メディカルケアの事務長。
医療資格はないが、薬剤配送や電子記録に関わっていた人物。

夏目莉子さんは、薬剤管理画面の写真を残していたかもしれない。
藤堂誠司さんの前日訪問には、封筒が絡んでいる。
橘さんは、神崎さんが怖いと言った。

線は、神崎さんへ向かっているように見えた。

けれど、隣に座る沢渡先生は、窓の外を見たまま、ひと言も神崎さんを犯人とは言わなかった。

夜の街灯が、車窓を流れていく。
先生の横顔は、その光に何度も白く切り取られては、暗がりへ戻った。

「先生」

私はメモから顔を上げた。

「神崎さん、かなり怪しいですよね」

真鍋先輩がバックミラー越しにちらりとこちらを見た。
沢渡先生は、すぐには答えなかった。

その沈黙だけで、私の胸の奥に小さな焦りが生まれる。

「神崎さんは薬剤配送に関われる。電子記録も触れる。夏目さんに黙っていた方がいいと言った。橘さんにも圧力をかけていた。藤堂さんの封筒だって――」

「神崎は怪しく見える」

先生の声が、静かに私の言葉を止めた。

「だが、怪しく見えることと、犯人であることは同義ではない」

私は、口を閉じた。

車の中の空気が、少しだけ冷える。

「橘の証言も、証拠ではない」

「橘さんが嘘をついていると言いたいんですか」

「嘘と決めたわけではない」

「じゃあ」

先生は、淡々と続けた。

「神崎が薬剤配送に関わっていた。これは確認対象だ。神崎が電子記録を触れる立場にある。これも事実だ。だが、神崎が記録を改ざんした、神崎が封筒を渡した、神崎が人を黙らせた。そこはまだ証言の域を出ていない」

「……わかっています」

「今の返事は、わかっていない人間の返事だ」

「先生は本当に容赦ないですね」

「容赦で証拠能力は上がらない」

言い返せなかった。

真鍋先輩が前を向いたまま、小さく笑う。

「沢渡先生の言う通りだな」
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