仄暗いほど重たい愛 ~偽装妻ですが、冷血御曹司は手放す気がないようです~
「あの……統悟さん」
車に乗り込む直前、私は彼のジャケットの袖を控えめに引いた。
「なんだ」
「五十嵐くん……困った顔をしていましたけど大丈夫でしょうか。こんな……一方的に早退なんて……」
その瞬間、統悟さんの手にわずかに力がこもったのがわかった。
「遅かれ早かれ、君のそのフラフラな体では彼に迷惑をかけていただろう」
「……それは……ごもっともかもしれません、が」
言葉を濁す私に、なにを思ったのか、統悟さんが顔を深くのぞき込んでくる。
「そんなに彼が気になるのか?」
「え……?」
「目の前に本物の夫がいるのに、君には“代わり”が必要だとでも?」
三秒ほど間をおいて意味を理解し、私はとっさに目を逸らした。
さっきの五十嵐くんとの会話、聞かれてたんだ……。
恥ずかしさがせり上がってくるけれど、私が彼に返事をする前に、統悟さんが声を掛けてくれたことだけは救いだった。
────『五十嵐くん、私は……』
“どうしたって統悟さんのことは忘れられない。……初恋だったから“
続けるはずだった言葉を聞かれていたなら、今頃こうして統悟さんの隣を平静な顔で歩くことはできていない。
もっとも、今だって心は大嵐もいいところなのだけど……。
「────理優」
「っ……!」
ふいに、逃れたはずの瞳に再び捉えられる。
深い夜の瞳。
一度踏み込んだら二度と出られない、私だけの迷宮。
「俺以外の男を気遣う余裕があるのなら、今後のことを心配した方がいい 」
「……え……」
「夫に何も言わず出ていった罪は、その身体でたっぷり償ってもらう」
返事の隙も与えられず、私はそのまま車内へと押し込まれた。
ドアが閉まった瞬間から、そこはふたりきりの世界。
ああ、やっぱり現実味がない。
苦しいほどの熱が押し寄せて、心臓はうるさいほど脈を打っているのに、意識だけはまどろみの中に遠のいていくようだった。