【連載版】愛されない当て馬妻に転生したので、読者として推しの物語を堪能することにした。
5冊目、愛されない当て馬妻と嵐のはじまり。
 季節は夏真っ盛り。北部寄りのこの国の夏は比較的快適で過ごしやすく、そしてこの時期クラヴィルは非常に忙しい。
 何故ならこの時期は秋の魔獣の繁殖期に備え、クラヴィルが団長を務める王立騎士団と魔法専門集団である魔術師団との合同遠征訓練が間近に控えているからだ。

「おかえりなさいませ、旦那様」

 怒涛の激務を終わらせて、久しぶりに自宅に戻ったクラヴィルを出迎えてくれたのは妻……ではなく、公爵家の有能な執事グレゴリー。

「お食事の準備が整ってございます。それといくつか旦那様に目を通して頂きたい案件が」

 移動の僅かな時間にテキパキと要領良く伝えられるグレゴリーの報告で、クラヴィルは自身の不在時の状況を把握する。
 クラヴィルが安心して長期で家を空けられるのは、グレゴリーのおかげと言っても過言ではない。
 とはいえ、グレゴリーの権限ではできない事もあるので、クラヴィル自身で処理せねばならない案件も多々あったのだが。

「滞っているのはコレだけか?」

 今までよりあまりに少ない書類の枚数にグレゴリーに尋ねれば、

「ええ。あとは全て奥様が。旦那様が長期不在になさる前に片付けた方がいいだろう、と」

 処理済みです、とグレゴリーは問題がないことを告げる。

「やはり女主人がいるのは良いですねぇ。仕事も捗りますし、旦那様の長期不在期間に合わせて我々に夏季休暇まで付けてくださったのですよ」

 ホクホク顔でステイシーを褒めるグレゴリー。
 確かにクラヴィルがいなければ屋敷内の仕事は少人数で事足りる。

『これを機に交代で休みましょう』

 とステイシーは女主人の権限で使用人達の待遇改善をしたらしかった。
 本来なら当主として使用人を気にかける必要があったのに、クラヴィルの手が回らなかったところまで対処してくれている。

「ステイシーには本当に頭が上がらないな」

 結婚して半年。ステイシーとの結婚で女性達に絡まれることが減り、騎士団長としての勤めや公爵としての責務を果たすことに集中できるようになった。
 結婚当初の取り決め通りクラヴィルが仕事を優先し家を空けようが妻を構えなかろうが、ステイシーは文句を言わないし。
 良き隣人から、と言ってくれた彼女は存分にその才を発揮しクラヴィルを助けてくれる。
 まさに理想的な妻。王命で強制的に結婚を押し付けられた時は盛大に舌打ちしたが、今なら素直にこの良縁に感謝したい。

「そういえば、ステイシーは?」

 ステイシーのおかげで時間もできた事だし、せっかくなので久しぶりに一緒に食事でもどうかと思いグレゴリーに彼女の所在を尋ねれば、

「まだおかえりになっておりません」

 という答えが返ってきた。

「こんな時間なのに、か?」

 クラヴィルはグレゴリーの言葉に足を止める。
 女性が一人で外出するには遅い時間だ。まだ帰っていないなんて、何かあったのでは? とクラヴィルが心配になったところで。

「と、いうよりここ数日お姿をお見かけしておりませんね」

 数日前からずっとご不在ですよ? とグレゴリーはクラヴィルにステイシーの現状を告げる。

「はっ?」

 どういう事だ? と疑問符を浮かべるクラヴィルに、

「やはり聞いていませんでしたね」

 グレゴリーのダメ出しのようなため息が落ちた。

「かなり前倒しでお仕事をこなされていたので、しばらく帰って来ないのではないでしょうか? おそらく、旦那様の合同遠征が終わるまで」

 下手したら合同遠征後も帰って来ないかも、という懸念はとりあえず口にせず、

「よく思い出してください、旦那様」

 前回帰宅した日の事を、とグレゴリーはクラヴィルに促した。

 クラヴィルがステイシーに最後に会ったのは1週間前。
 確かあの日は騎士団庁舎に缶詰状態が続き、徹夜明けで帰宅したクラヴィルの事をステイシーが出迎えてくれ、一緒に朝食を取ったのだ。
 キャバリアブラウスに落ち着いた赤色のハイウエストスカートというコーディネートで、いつもより着飾ったステイシーは、

「もうすぐ合同遠征訓練の時期ですね、旦那さま!」

 とはしゃいだような声で話しかけて来た。

「騎士様達の出陣式、楽しみですね。特に今年は新しい騎士服のお披露目もあり、それはそれは華やかなんだとか」

 令嬢達の間で話題になっていますよとステイシーは社交で仕入れて来た話題を振る。

「ああ、そうだな」

 クラヴィルは黙々と食事を口に運びながら気のない返事をする。

「私、実は出陣式やパレードを見た事がなくて。旦那さまの宣誓も楽しみですね」

 画面映えしそう! と推しを愛でる気満々のステイシーは、

「ついでに良作も拝見できたらなお良きですわ!」

 ワクワク、と栗色の目を輝かせる。

「他の騎士様達のご勇士もぜひ拝見したいですねぇ。あと、魔術師団長様も。公式的に推しを鑑賞し放題のイベント、最高です♪」

 かっこいいんだろうなぁとステイシーが微笑んだところで。

「……遊びじゃないんだ」

 とクラヴィルは冷たく言い放った。

「それは分かっておりますが」

「分かってない」

 ステイシーの言葉を遮ってクラヴィルは苛立ちを滲ませた声を上げる。
 合同遠征訓練、とはいえ実戦的なそれは王都から出れば過酷な旅程で。
 魔獣の討伐には命の危険も当然伴う。
 だというのに、だ。
 騎士達の士気を上げ権威を示すには必要な儀式だと、人気取りのような派手な披露目をやらされて。
 ただでさえ、未婚の騎士目当てで連日通い詰める華やいだ令嬢達の対応という余計な仕事も増えて鬱陶しい事この上ないのに。
 騎士の仕事に理解あると思っていたステイシーまで、この浮かれ様。
 家でまでこんな話、正直聞きたくなかった。

「君は、見送りに来なくていい」

 睡眠不足の頭がクラヴィルから余計に理性を奪う。

「寝る」

 食事を早々に切り上げてクラヴィルは席を立つ。

「承知いたしました」

 いつも通りのトーンで了承を告げる声が届く。

「合同訓練を前に旦那さまは何やらお疲れのご様子。これから益々お忙しいかと存じますので、私も当初の取り決め通りにさせて頂きますね」

 全く気にしない、といった感じでにこやかに笑うステイシー。

「そうしてくれ」

「はい! では、旦那さまご武運を!」

 立ち上がったステイシーはお手本のようなカーテシーを行い、去っていくクラヴィルを見送った。
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