【連載版】愛されない当て馬妻に転生したので、読者として推しの物語を堪能することにした。
10冊目、愛されない当て馬妻と夫婦の時間。
『君を愛することはない』
クラヴィルは書類上妻となった彼女を鋭く冷たい水底のような暗い青色の双眸で拒絶する。
『離れを用意した。好きに過ごしてくれ』
そう言って背を向けた彼は、物言いたげな妻の顔を見ることすらせず部屋を出ていった。
初めてその小説を読んだ時のクラヴィルの印象は"最低"。そして最近流行りのラノベの様式美としては正解だと思った。
さて、ここから彼はどんな風に化けるのだろう? 読者としてわくわくしながらスマホをスクロールしていった。
小説を読み進めるうちに人間味のあるキャラクター達の魅力にどんどん惹かれていって、気づいたら徹夜していた。
アイリーンと出会って、彼女を中心に他者と関わる中で、誰かを思い遣る気持ちを学んでいったクラヴィルは、誰かを愛することを覚え、別れた後元妻とも和解する。
宮廷魔術師の名簿に彼女の名を見つけ、静かに微笑み彼女のこれからを祈ったシーンは秀逸で、全方向丸く収まる読後感のいい物語だったのだ。
だからこそ思う。
「"推し"が欠けた世界なんて断固拒否!!」
ガバっと身体を起こしてそう叫んだステイシーは、途端頭がくらりとしてベッドにリターンする。
「うぅ……頭痛い。身体痛い。ついでに喉も痛いぃ」
この症状には覚えがある。典型的な魔力酔いだ。見上げた天井がぐるぐると回っている気がする。
「もぅ、ナチ様めぇぇ」
本当に全火力で高濃度の魔力をぶち込みやがりましたわね、とステイシーはナチの無茶振りに舌打ちする。
本来、魔法とは正確に何をしたいのかプログラミングして発動させるものである。そのプロセスを無視し、自身の魔力でゴリ押すことで大抵の魔法を発動させてしまうナチは、細かで繊細な調整が苦手なのだ。
「まぁ、結果助かったけど」
ぽすっと大人しくベッドに横たわり、
「これだけ身体が痛いってことは夢じゃないよね?」
ステイシーは意識が途切れる前の出来事を思い出す。
クラヴィルはもう大丈夫そうだとナチは言った。
身体自体はアイリーの治癒魔法で回復させられていたはずだし、失われた血液だって補充できたはず。
だけど、思い出すのは自分を庇い、血塗れで倒れたクラヴィルの姿で。
「……やっぱり、無事をこの目で確かめないと」
安心できない、と無理矢理身体を起こし、身支度を整えようとベッドを降りたところで、控えめな音がしてドアが開く。
入って来たのは騎士服姿のクラヴィルだった。
「……ステイシー」
ステイシーが起きているとは思わなかったのだろう。
こちらを見つめる濃紺の瞳は驚いたような色を浮かべ、ドアの側から動かない。
「旦那さま。まさか、もう働いてらっしゃるんですか!?」
言葉を発さないクラヴィルの代わりに、ステイシーは盛大にため息をつく。
「旦那さまのお仕事に口出ししない契約ではありますが、あれだけの怪我をなさったのですからもう少し御身を大切に」
なさってください、と続くはずのステイシーの言葉は行き場を失くす。
「やっと、目が覚めた」
気づいた時にはクラヴィルの腕の中で。
心配と安堵が混じった泣きそうな声でステイシーと何度も名を呼ばれたから。
災厄級討伐戦から1週間。
どうやらステイシーはずっと眠り続けていたらしかった。
討伐後転移魔法で帰還し、怪我をした騎士や魔術師達は療養中。
災厄級を解剖した結果、やはりルクレシアス公爵家から見放され、行方知れずとなっていた伯爵令嬢が遺体として見つかった。それも、高濃度に濃縮された大量の魔石と共に。
彼女はすでに実家からも縁切りされており、また災厄級の襲来が人災であると民衆に向けて公表できるはずもなく。
つつがなく穏便に"平和"を維持する方向で、クラヴィルのように動ける者は絶賛後処理に追われているらしかった。
それは理解したのだが。
「ほら」
クラヴィルは少し冷ましたスープをスプーンですくってステイシーに差し出す。
どうやら食べさせてくれるつもりらしい。
クラヴィルとスプーンを交互に見たステイシーは、
「旦那さま。私、自分で食べられますわ」
世話を焼かれるほど弱ってないと素直に申告する。が、
「1週間も目を覚まさなかったんだぞ。身体が弱っているだろう。遠慮するな」
と、引かないクラヴィル。
急に過保護になってしまったクラヴィルに困惑していると、
「あのままステイシーが目を覚まさなかったらどうしようかと思った」
静かにクラヴィルが言葉を発する。
「俺や仲間の"死"は常に側にあった。でも、ステイシーが死ぬ可能性を俺は一度も考えたことがなかったんだ」
災厄級のミズチが最期の足掻きのようにステイシーに鋭い爪を伸ばした瞬間、頭が真っ白になって考えるより先に身体が動いていた。
「君が生きていて……本当に、良かった」
苦しげな声で吐き出されたクラヴィルの本音。
クラヴィルは過去災厄級のせいで、一度に二人も家族を失っている。そんなクラヴィルにとって関わりのある誰かを目の前で失くすのは耐えられない出来事なのだろう。
「勝手に殺さないでください」
ジト目ではっきりそう言ったステイシーは、そのままクラヴィルに近づくと彼の手にあるスープを口にする。
「私には叶えたい"夢"があるので、まだまだ長生きする予定ですし、それに私の旦那さまは"人類最強"ですよ?」
ふっ、と表情を緩め死ぬ気がしないと栗色の目が優しく笑う。
「ただの魔力酔いですよ。ナチ様の魔力を受け止められるだけの耐性なんて普通の人間にはありませんし」
なにせ身体を巡る魔力を感じるのも久しぶりの感覚なら、あんな無茶な魔法の使い方をしたのも初めてだ。
魔力酔いだけで済んだなら僥倖だろう。
「助けてくださって、ありがとうございました」
生きてます、と微笑むステイシーを見てクラヴィルはようやく安心したように小さく頷いた。
「まだ、私の魔力を封じてなかったんですね」
そう言ったステイシーはペンを手に取ると、ベッドサイドにあった紙にさらりと魔術式を書き簡単な水魔法を発動させる。
それは良く式典などで使われる霧の演出の魔法で、ステイシーが発現させた小さな粒子は照明の光を受けてきらきらと輝きながら落ちて静かに消えた。
「魔力過多の状態で不自然に外部から手を加えるより自然回復するまで、待ったほうがいいと魔術師団長の進言でな」
「ふふ、ナチ様は相変わらずでいらっしゃる」
そう言ってステイシーは左腕をそっと撫でる。結婚する際にそこに入れられた魔力封じの紋様は今はない。
「自分で話せ、ってことなんでしょうね」
「? 何を?」
じっとクラヴィルを見つめたステイシーは、
「魔力封じの紋は、3度入れてしまうと永遠に魔力を失います。そして私は過去2度、あの術式を入れているのです」
躊躇いがちに口を開く。
「2度?」
「ええ。結婚する時が魔力封じを施した2回目です」
つまり、次に魔力封じを施したならステイシーはもう魔法を使うことが一切できなくなる、ということ。
では、1度目はいつ? と聞きかけてクラヴィルは口を閉じる。
『それは本人に聞きなよ。話してもいいと思ったら、多分言うから』
ナチが話さなかったステイシーの過去。それはきっと彼女にとって辛いもの。
心の奥底にあるその領域は軽々しく興味本位で踏み込んでいいものではないとクラヴィルは思う。
黙り込んだクラヴィルをみて、
「ふふっ、ナチ様に何か聞きました?」
本当に素直ですね、とステイシーはくすりと笑みをこぼす。気になると顔に出ているのに。
「ステイシーが話したくないことは言わなくていい」
無理には聞かない、とクラヴィルは首を振る。
この人はいつもそうだ。本来クラヴィルの方が圧倒的に有利な立場であるはずなのに、紙切れ一枚で繋がっているだけの妻のことを慮る。
今だって、罪悪感を煽るとか恩を押し付けるとか口を割らせる方法はいくらでもあるのに。
クラヴィルは絶対にそうしない。
自分がされて嫌だったことを相手にはするまいと相手を重んじ自分を律せる優しい人。
そんなクラヴィルになら。
「……続きは、ごはんのあとにしましょうか」
せっかくのごはんが冷めてしまいますわとステイシーはクラヴィルの手からスプーンを取り上げる。
「やっぱり公爵家のご飯は最高ですね」
全部、話してもいい。そんなことを思いながらステイシーは食事を再開した。
クラヴィルは書類上妻となった彼女を鋭く冷たい水底のような暗い青色の双眸で拒絶する。
『離れを用意した。好きに過ごしてくれ』
そう言って背を向けた彼は、物言いたげな妻の顔を見ることすらせず部屋を出ていった。
初めてその小説を読んだ時のクラヴィルの印象は"最低"。そして最近流行りのラノベの様式美としては正解だと思った。
さて、ここから彼はどんな風に化けるのだろう? 読者としてわくわくしながらスマホをスクロールしていった。
小説を読み進めるうちに人間味のあるキャラクター達の魅力にどんどん惹かれていって、気づいたら徹夜していた。
アイリーンと出会って、彼女を中心に他者と関わる中で、誰かを思い遣る気持ちを学んでいったクラヴィルは、誰かを愛することを覚え、別れた後元妻とも和解する。
宮廷魔術師の名簿に彼女の名を見つけ、静かに微笑み彼女のこれからを祈ったシーンは秀逸で、全方向丸く収まる読後感のいい物語だったのだ。
だからこそ思う。
「"推し"が欠けた世界なんて断固拒否!!」
ガバっと身体を起こしてそう叫んだステイシーは、途端頭がくらりとしてベッドにリターンする。
「うぅ……頭痛い。身体痛い。ついでに喉も痛いぃ」
この症状には覚えがある。典型的な魔力酔いだ。見上げた天井がぐるぐると回っている気がする。
「もぅ、ナチ様めぇぇ」
本当に全火力で高濃度の魔力をぶち込みやがりましたわね、とステイシーはナチの無茶振りに舌打ちする。
本来、魔法とは正確に何をしたいのかプログラミングして発動させるものである。そのプロセスを無視し、自身の魔力でゴリ押すことで大抵の魔法を発動させてしまうナチは、細かで繊細な調整が苦手なのだ。
「まぁ、結果助かったけど」
ぽすっと大人しくベッドに横たわり、
「これだけ身体が痛いってことは夢じゃないよね?」
ステイシーは意識が途切れる前の出来事を思い出す。
クラヴィルはもう大丈夫そうだとナチは言った。
身体自体はアイリーの治癒魔法で回復させられていたはずだし、失われた血液だって補充できたはず。
だけど、思い出すのは自分を庇い、血塗れで倒れたクラヴィルの姿で。
「……やっぱり、無事をこの目で確かめないと」
安心できない、と無理矢理身体を起こし、身支度を整えようとベッドを降りたところで、控えめな音がしてドアが開く。
入って来たのは騎士服姿のクラヴィルだった。
「……ステイシー」
ステイシーが起きているとは思わなかったのだろう。
こちらを見つめる濃紺の瞳は驚いたような色を浮かべ、ドアの側から動かない。
「旦那さま。まさか、もう働いてらっしゃるんですか!?」
言葉を発さないクラヴィルの代わりに、ステイシーは盛大にため息をつく。
「旦那さまのお仕事に口出ししない契約ではありますが、あれだけの怪我をなさったのですからもう少し御身を大切に」
なさってください、と続くはずのステイシーの言葉は行き場を失くす。
「やっと、目が覚めた」
気づいた時にはクラヴィルの腕の中で。
心配と安堵が混じった泣きそうな声でステイシーと何度も名を呼ばれたから。
災厄級討伐戦から1週間。
どうやらステイシーはずっと眠り続けていたらしかった。
討伐後転移魔法で帰還し、怪我をした騎士や魔術師達は療養中。
災厄級を解剖した結果、やはりルクレシアス公爵家から見放され、行方知れずとなっていた伯爵令嬢が遺体として見つかった。それも、高濃度に濃縮された大量の魔石と共に。
彼女はすでに実家からも縁切りされており、また災厄級の襲来が人災であると民衆に向けて公表できるはずもなく。
つつがなく穏便に"平和"を維持する方向で、クラヴィルのように動ける者は絶賛後処理に追われているらしかった。
それは理解したのだが。
「ほら」
クラヴィルは少し冷ましたスープをスプーンですくってステイシーに差し出す。
どうやら食べさせてくれるつもりらしい。
クラヴィルとスプーンを交互に見たステイシーは、
「旦那さま。私、自分で食べられますわ」
世話を焼かれるほど弱ってないと素直に申告する。が、
「1週間も目を覚まさなかったんだぞ。身体が弱っているだろう。遠慮するな」
と、引かないクラヴィル。
急に過保護になってしまったクラヴィルに困惑していると、
「あのままステイシーが目を覚まさなかったらどうしようかと思った」
静かにクラヴィルが言葉を発する。
「俺や仲間の"死"は常に側にあった。でも、ステイシーが死ぬ可能性を俺は一度も考えたことがなかったんだ」
災厄級のミズチが最期の足掻きのようにステイシーに鋭い爪を伸ばした瞬間、頭が真っ白になって考えるより先に身体が動いていた。
「君が生きていて……本当に、良かった」
苦しげな声で吐き出されたクラヴィルの本音。
クラヴィルは過去災厄級のせいで、一度に二人も家族を失っている。そんなクラヴィルにとって関わりのある誰かを目の前で失くすのは耐えられない出来事なのだろう。
「勝手に殺さないでください」
ジト目ではっきりそう言ったステイシーは、そのままクラヴィルに近づくと彼の手にあるスープを口にする。
「私には叶えたい"夢"があるので、まだまだ長生きする予定ですし、それに私の旦那さまは"人類最強"ですよ?」
ふっ、と表情を緩め死ぬ気がしないと栗色の目が優しく笑う。
「ただの魔力酔いですよ。ナチ様の魔力を受け止められるだけの耐性なんて普通の人間にはありませんし」
なにせ身体を巡る魔力を感じるのも久しぶりの感覚なら、あんな無茶な魔法の使い方をしたのも初めてだ。
魔力酔いだけで済んだなら僥倖だろう。
「助けてくださって、ありがとうございました」
生きてます、と微笑むステイシーを見てクラヴィルはようやく安心したように小さく頷いた。
「まだ、私の魔力を封じてなかったんですね」
そう言ったステイシーはペンを手に取ると、ベッドサイドにあった紙にさらりと魔術式を書き簡単な水魔法を発動させる。
それは良く式典などで使われる霧の演出の魔法で、ステイシーが発現させた小さな粒子は照明の光を受けてきらきらと輝きながら落ちて静かに消えた。
「魔力過多の状態で不自然に外部から手を加えるより自然回復するまで、待ったほうがいいと魔術師団長の進言でな」
「ふふ、ナチ様は相変わらずでいらっしゃる」
そう言ってステイシーは左腕をそっと撫でる。結婚する際にそこに入れられた魔力封じの紋様は今はない。
「自分で話せ、ってことなんでしょうね」
「? 何を?」
じっとクラヴィルを見つめたステイシーは、
「魔力封じの紋は、3度入れてしまうと永遠に魔力を失います。そして私は過去2度、あの術式を入れているのです」
躊躇いがちに口を開く。
「2度?」
「ええ。結婚する時が魔力封じを施した2回目です」
つまり、次に魔力封じを施したならステイシーはもう魔法を使うことが一切できなくなる、ということ。
では、1度目はいつ? と聞きかけてクラヴィルは口を閉じる。
『それは本人に聞きなよ。話してもいいと思ったら、多分言うから』
ナチが話さなかったステイシーの過去。それはきっと彼女にとって辛いもの。
心の奥底にあるその領域は軽々しく興味本位で踏み込んでいいものではないとクラヴィルは思う。
黙り込んだクラヴィルをみて、
「ふふっ、ナチ様に何か聞きました?」
本当に素直ですね、とステイシーはくすりと笑みをこぼす。気になると顔に出ているのに。
「ステイシーが話したくないことは言わなくていい」
無理には聞かない、とクラヴィルは首を振る。
この人はいつもそうだ。本来クラヴィルの方が圧倒的に有利な立場であるはずなのに、紙切れ一枚で繋がっているだけの妻のことを慮る。
今だって、罪悪感を煽るとか恩を押し付けるとか口を割らせる方法はいくらでもあるのに。
クラヴィルは絶対にそうしない。
自分がされて嫌だったことを相手にはするまいと相手を重んじ自分を律せる優しい人。
そんなクラヴィルになら。
「……続きは、ごはんのあとにしましょうか」
せっかくのごはんが冷めてしまいますわとステイシーはクラヴィルの手からスプーンを取り上げる。
「やっぱり公爵家のご飯は最高ですね」
全部、話してもいい。そんなことを思いながらステイシーは食事を再開した。