婚約者にバカにされ続けた侯爵令嬢が「ざまぁ」するに至るまで

30.夕日と秋の風

 秋口のブライズ侯爵邸の執務室。

 一番奥にブライズ侯爵、その手前に侯爵夫人、さらに長男のアドルフと長女のミラジェーンが並んで席に着いていた。


「……ところでミラ」

「はい、お父様」


 ブライズ侯爵は重々しい口調でミラジェーンを呼んだ。

 ミラジェーンは顔を上げたが、ブライズ侯爵が何も言わないため、立ち上がって机の正面へと進み出た。


「お父様、いかがなさいましたか。お母様のペンを折ってしまった件でしたら、早めにお伝えしてお楽になるのがよろしいかと」

「違う! というか、ばらすんじゃない」

「存じていますから、大丈夫ですよミラ」


 夫人の冷たい声に、ブライズ侯爵は冷や汗をかき、背筋を伸ばした。


「す、すまない! しかし新しいものを取り寄せていて、明日には届くから、それを待って謝ろうと思ってだな……」

「それも存じておりますので大丈夫です」


 静まりかえった室内に、アドルフの吹き出す声だけが響いた。


「違う、そうではない。ミラ、殿下とは、その、どうなのだ」


 咳払いをしたブライズ侯爵はミラジェーンを見上げた。

 ミラジェーンは小さく首を傾げ、ブライズ侯爵を見た。


「よくしていただいております」

「……求婚されたと聞いたが」

「はい、登城する度に朝昼晩とお声がけいただいております」

「多いな……。その、お前はどのように答えたのだ」

「殿下の成人をお待ちしておりますと答えました」


 ブライズ侯爵は目を見開き、細め、再び見開いた。


「うん? えっと、殿下の求婚にはお答えしたということでいいのかい?」

「問題ございません。ですが、殿下が第二王子でいらっしゃる間に、ブライズ侯爵家の娘である私と正式に婚約いたしますと、王位継承を巡って貴族内で派閥争いが起こるかと存じます」

「……そうだろうな。政治に強いオリン公爵家を背後に持つ第一王子派と、経済に強いブライズ侯爵家を背後に持つ第二王子派。部外者が揉めるに違いない」

「はい。ですので、殿下が成人し叙爵された折での婚約を目指しております」

「賢明な判断だ。できればそれを早いうちに父に教えてほしかったがね」

「すみません……」


 ミラジェーンは照れたように目を逸らした。

 その珍しい反応に、ブライズ侯爵は不思議そうな顔をした。


「その、そもそも叙爵の時期を国王陛下らと相談していると聞きましたので」

「第一王子殿下が成人し、王位継承を確定させるのと同時に、という話もあるからね」


 まあ、でも、とブライズ侯爵は笑って続けた。


「話は理解した。そのように進めるつもりであると、国王陛下と認識を合わせておこう」


 頷くブライズ侯爵を見て、ミラジェーンは少し不安そうな表情を浮かべた。


「……お父様、わたくし、今度は幸せになれますでしょうか」

「それは、わたしではなく殿下と話し合うことだろうに。だがまあ……悪いようにはならないと思うがね」


 目を細めるブライズ侯爵に、ミラジェーンははにかんで頷いた。


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