毒を盛られた令嬢は、冷酷皇帝に溺愛される

第11章 心の距離

治療を始めて2ヶ月が過ぎた。
カイザーの顔色は、明らかに良くなっていた。
蒼白だった肌に、血色が戻っている。目には、力がある。呼吸も、穏やかで安定している。
エリアナは、カイザーの体を診察した。
脈を測る。規則正しい。
リンパ節を触診する。腫れは、ほぼ消えている。
「順調ですね」
エリアナは、微笑んだ。
カイザーは、無言で頷いた。
だが、その目には、以前のような冷たさはない。
「今日は、外を歩いてみませんか」
エリアナは、提案した。
カイザーが、エリアナを見る。
「外を?」
「はい。体を動かすことも、回復には大切です」
カイザーは、しばらく考えた。
そして、立ち上がった。
「いいだろう」
エリアナは、カイザーの腕を支えた。
二人で、テントを出る。
外は、晴れていた。
木々の間から、陽光が差し込んでいる。鳥のさえずり。風が、葉を揺らす音。
カイザーは、深く息を吸った。
「久しぶりだな」
カイザーの声が、低く響く。
「外の空気は」
エリアナは、微笑んだ。
「ゆっくり歩きましょう」
二人は、森の中を歩き始めた。
エリアナが、カイザーの隣を歩く。
木漏れ日が、二人を照らす。
カイザーは、周囲を見回した。
木々、草花、流れる小川。
「生きている」
カイザーが、呟いた。
「久しぶりに、生きていると感じる」
エリアナは、カイザーを見た。
その横顔は、穏やかだった。
冷酷な皇帝ではない。
ただ、一人の人間。
「良かったです」
エリアナは、静かに言った。
カイザーが、エリアナを見た。
二人の目が、合う。
カイザーは、しばらくエリアナを見つめていた。
その目に、何かが宿っている。
だが、それが何なのか、エリアナにはわからなかった。
「お前のおかげだ」
カイザーが、低い声で言った。
「俺を、生き返らせてくれた」
エリアナは、首を横に振った。
「私は、ただ治療をしただけです」
「いや」
カイザーが、首を横に振る。
「お前は、俺に生きる理由を与えてくれた」
エリアナの胸が、温かくなった。
二人は、並んで森を歩き続けた。

数日後、村に使者が訪れた。
豪華な馬車。王都の紋章。護衛の騎士たち。
村人たちが、驚いて集まる。
エリアナも、領主館から出てきた。
馬車から、一人の男が降りてきた。
豪華な服を着た、宮廷官僚。
男は、エリアナを見た。
「貴女が、この領地の領主か」
「はい。エリアナと申します」
エリアナは、丁寧に頭を下げた。
男は、鼻で笑った。
「若い娘だな」
男は、周囲を見回す。
「陛下の容態を確認に来た」
エリアナの心臓が、跳ね上がった。
「陛下は、回復されています」
男が、目を細める。
「本当か? 医師が何人も匙を投げた陛下が、回復だと?」
「はい」
エリアナは、まっすぐに男を見つめた。
「信じられん」
男は、腕を組んだ。
「陛下に、お会いしたい」
「それは……」
エリアナが言いかけた時、背後から声が聞こえた。
「会いたければ、ここにいる」
低く、冷たい声。
エリアナが振り返ると、カイザーが立っていた。
黒い服を着て、まっすぐに立っている。
顔色は良く、目には力がある。
使者が、目を見開いた。
「陛下……!」
使者は、慌てて跪いた。
護衛の騎士たちも、一斉に跪く。
村人たちが、ざわめく。
カイザーは、使者に近づいた。
「見ての通りだ」
カイザーの声は、冷たい。
皇帝としての威厳。
使者は、顔を上げた。
「これは……奇跡です」
使者の声が、震えている。
「陛下が、こんなに回復されるとは」
カイザーは、エリアナを見た。
「彼女のおかげだ」
カイザーは、エリアナを示した。
使者が、エリアナを見る。
「この娘が……?」
「そうだ」
カイザーが、言う。
「エリアナが、俺を救った」
使者は、エリアナに向き直った。
深く頭を下げる。
「ありがとうございます。陛下を救っていただき、心より感謝申し上げます」
エリアナは、戸惑いながらも頭を下げた。
「いいえ、私は当然のことをしただけです」
使者は、カイザーを見上げた。
「陛下、王都にお戻りになられますか」
カイザーは、首を横に振った。
「まだだ。完治するまで、ここにいる」
使者が、頷く。
「承知しました。王都に、報告いたします」
使者は、馬車に乗り込んだ。
馬車が、村を離れていく。
村人たちが、カイザーとエリアナを見ている。
カイザーは、エリアナを見た。
「行くぞ」
「どこへですか」
「野営地だ。まだ、治療は終わっていない」
エリアナは、微笑んだ。
「はい」
二人は、並んで森へ向かった。

夜、野営地。
焚き火が、静かに燃えている。
エリアナは、カイザーの容態を確認し終えた。
「順調です。あと1ヶ月で、完治するでしょう」
カイザーは、頷いた。
「そうか」
沈黙が、二人の間に流れる。
焚き火の音だけが、聞こえる。
カイザーが、口を開いた。
「完治したら、契約結婚だったな」
エリアナは、カイザーを見た。
「はい」
カイザーは、焚き火を見つめている。
「なぜ、俺を選んだ」
エリアナは、しばらく沈黙した。
そして、正直に答えた。
「最強の保護者が必要だったからです」
カイザーが、エリアナを見る。
「打算的だな」
だが、その声には怒りはない。
むしろ、笑いが含まれている。
カイザーの口角が、上がった。
「嫌いではない」
エリアナは、微笑んだ。
カイザーは、焚き火を見つめた。
「お前は、何から逃げている」
エリアナの笑みが、消えた。
「何から……?」
「お前は、何かから逃げている。そうでなければ、こんな辺境に一人で来るはずがない」
カイザーの目が、エリアナを見つめる。
「話したくなければ、話さなくていい。だが、俺は知りたい」
エリアナは、焚き火を見つめた。
炎が、揺れている。
しばらくの沈黙。
エリアナは、ゆっくりと口を開いた。
「私は……家族に虐げられていました」
カイザーが、じっとエリアナを見る。
「継母と異母妹に。父が亡くなってから、私は使用人以下の扱いでした」
エリアナの声が、震える。
「婚約を破棄され、追放されて、ここに来ました」
カイザーは、何も言わない。
ただ、聞いている。
「それだけです」
エリアナは、そう言って口を閉じた。
カイザーは、しばらくエリアナを見つめていた。
「それだけか」
エリアナは、頷いた。
カイザーは、それ以上追及しなかった。
ただ、静かに言った。
「俺が守ってやる」
エリアナが、カイザーを見る。
「お前は、二度と誰にも屈するな」
カイザーの声が、低く響く。
「俺がいる。お前を守る」
エリアナの目から、涙が溢れた。
初めて。
誰かに、守ると言われた。
誰かに、必要とされた。
涙が、頬を伝う。
エリアナは、それを隠そうとした。
だが、カイザーが手を伸ばした。
その手が、エリアナの頬に触れる。
涙を、拭う。
温かい手。
優しい手。
「泣くな」
カイザーの声が、優しい。
「お前は、もう一人じゃない」
エリアナは、カイザーを見つめた。
その目は、真剣だった。
嘘ではない。
本気で、言っている。
エリアナは、頷いた。
「ありがとうございます」
カイザーは、手を離した。
だが、その目は、エリアナから離れない。
「お前は、強い」
カイザーが、言う。
「誰よりも、強い」
エリアナは、首を横に振った。
「私は、強くありません」
「いや、強い」
カイザーが、断言する。
「お前は、俺を救った。誰も成し遂げられなかったことを、成し遂げた」
カイザーが、立ち上がった。
「だから、自信を持て」
エリアナは、カイザーを見上げた。
焚き火の光が、カイザーを照らしている。
強く、優しく、そして孤独な皇帝。
だが今、その目には温かさがあった。
エリアナは、立ち上がった。
「陛下……」
「カイザーと呼べ」
カイザーが、言った。
「俺たちは、もうすぐ夫婦になる。陛下などと呼ぶな」
エリアナは、微笑んだ。
「カイザー」
カイザーの口角が、上がった。
「それでいい」
二人は、焚き火を見つめた。
炎が、静かに燃えている。
夜が、深くなっていく。
だが、二人の間には温かさがあった。
孤独ではない。
もう、一人ではない。
エリアナは、そう感じた。
そして、カイザーも、同じことを感じていた。
銀狼が、少し離れた場所で座っている。
二人を、見守るように。
星が、空に輝いている。
静かな夜。
だが、エリアナの心は、温かかった。
カイザーが、隣にいる。
それだけで、十分だった。
エリアナは、空を見上げた。
星が、無数に輝いている。
「綺麗ですね」
エリアナが、呟いた。
カイザーも、空を見上げた。
「ああ」
二人は、並んで星を見つめた。
これから、どんな未来が待っているのか。
エリアナにも、カイザーにも、わからない。
だが、二人は確信していた。
一緒なら、乗り越えられる。
どんな困難も、どんな敵も。
二人なら、戦える。
エリアナは、そっとカイザーの手に触れた。
カイザーが、エリアナの手を握った。
温かい手。
強い手。
エリアナは、微笑んだ。
もう、恐れることはない。
カイザーがいる。
それだけで、エリアナは強くなれる。
夜風が、二人を撫でる。
焚き火が、静かに燃えている。
平和な夜。
だが、エリアナは知っていた。
これから、嵐が来ることを。
継母との戦い。
真実を暴く戦い。
だが、エリアナは恐れない。
カイザーと共に、戦う。
そして、必ず勝つ。
エリアナは、そう誓った。
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