毒を盛られた令嬢は、冷酷皇帝に溺愛される

第22章 過去との決別

裁判が終わり、王宮に戻った夜。
エリアナは、自室で一人窓辺に座っていた。
王都の夜景が、窓の外に広がっている。無数の灯り。星のように輝く街。
だが、エリアナの心は暗かった。
勝った。
継母を裁いた。
父の無念を晴らした。
全てが、終わった。
なのに。
エリアナの胸には、虚無感だけが残っていた。
「復讐しても……父は戻らない」
エリアナは、呟いた。
窓ガラスに、自分の顔が映っている。
疲れた顔。
涙の跡。
エリアナは、膝を抱えた。
部屋は静かだった。暖炉の火が、パチパチと音を立てている。だが、その温かさは、エリアナの心には届かない。
「これで、良かったのか」
エリアナは、自問した。
継母を裁いた。
イザベラを投獄した。
正義を示した。
だが、父は戻らない。
失われた時間も、戻らない。
虐げられた日々。冷たい粥。閉じ込められた部屋。罵倒の言葉。
全ての痛みは、消えない。
エリアナの目から、涙が溢れた。
一人、部屋で泣く。
誰も見ていない。
ただ、涙が頬を伝う。
扉が、ノックされた。
「エリアナ」
カイザーの声。
エリアナは、急いで涙を拭った。
「入ってください」
扉が開き、カイザーが入ってくる。
カイザーは、エリアナの隣に座った。
エリアナの顔を見る。
その目が、優しく細められた。
「泣いていたのか」
エリアナは、首を横に振った。
「いいえ」
だが、声が震えている。
カイザーが、エリアナを抱き寄せた。
「嘘をつくな」
カイザーの声が、優しい。
「お前の涙は、俺にはわかる」
エリアナは、カイザーの胸に顔を埋めた。
そして、再び泣いた。
声を上げて。
カイザーが、エリアナの背中を撫でる。
「お前は、十分戦った」
カイザーの声が、囁く。
「誰よりも、強く戦った」
だが、エリアナは首を横に振った。
「でも……」
エリアナの声が、掠れている。
「これで、良かったのでしょうか」
カイザーが、エリアナの顔を見た。
「良かったのか、とは」
「父は、戻りません」
エリアナが、涙を流しながら言う。
「虐げられた日々も、消えません。継母を裁いても、何も変わらないのです」
カイザーは、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「お前の言う通りだ」
カイザーの声が、静かに響く。
「過去は、変わらない」
カイザーが、エリアナの髪を撫でる。
「だが、お前は正義を示した。真実を明らかにした。それは、誇るべきことだ」
エリアナは、カイザーを見上げた。
涙で濡れた目。
「でも……虚しいのです」
カイザーが、エリアナの額にキスをした。
「虚しさは、時間が癒してくれる」
カイザーの声が、優しい。
「今は、ただ休め」
エリアナは、頷いた。
カイザーの腕の中で、しばらく泣き続けた。
やがて、涙が止まった。
エリアナは、窓の外を見た。
王都の夜景。
静かに輝く灯り。
エリアナの心の中で、父の姿が浮かぶ。
優しい笑顔。
温かい声。
「エリアナ、お前は賢い子だ」
庭で遊んだ日々。
薬草園で一緒に花を摘んだ記憶。
父の手の温もり。
全てが、遠い過去。
「お父様……」
エリアナは、呟いた。
「私は、貴方の無念を晴らしました。でも、貴方に会いたいです。もう一度、会いたいです」
涙が、再び溢れそうになった。
だが、エリアナは堪えた。
カイザーが、エリアナの手を握った。
「お前の父上は、誇りに思っているはずだ」
カイザーの声が、温かい。
「お前が、強く生きていることを」
エリアナは、小さく頷いた。
二人は、しばらく窓の外を見つめていた。
静かな夜。

翌日、エリアナの部屋に訪問者があった。
メイドが、告げる。
「皇妃陛下、王太子殿下がお会いしたいと」
エリアナの心臓が、一瞬跳ねた。
アレク。
エリアナは、少し考えた。
そして、答えた。
「お通しください」
しばらくして、アレクが部屋に入ってきた。
金色の髪。端正な顔立ち。
だが、その顔には疲れが見える。目の下には隈。顔色も悪い。
アレクは、エリアナの前で立ち止まった。
「エリアナ……久しぶりだ」
アレクの声が、掠れている。
エリアナは、椅子に座ったまま答えた。
「王太子殿下、何のご用ですか」
冷たい声。
敬語だが、距離がある。
アレクは、少し躊躇った。
そして、口を開いた。
「君と、話がしたい」
「何を、でしょうか」
アレクは、深く息を吸った。
「謝りたい」
エリアナの目が、見開かれた。
アレクが、続ける。
「君を失ったことが、最大の後悔だ。君を手放したのは、間違いだった」
アレクの声が、震えている。
「イザベラとの結婚も、間違いだった。君こそが、俺にふさわしい妃だった」
エリアナは、アレクを見つめた。
その目には、何の感情もない。
「今更、そんなことを言われても」
エリアナの声が、静かに響く。
アレクが、一歩近づいた。
「わかっている。今更だ。だが、言わずにはいられなかった」
アレクの目が、エリアナを見つめる。
「君は、誰よりも素晴らしい女性だった。それに気づかなかった俺が、愚かだった」
エリアナは、立ち上がった。
窓の方へ歩く。
背中を向けたまま、言った。
「もう遅すぎます、殿下」
エリアナの声が、冷たい。
「私には、陛下がいます」
アレクの顔が、苦痛に歪んだ。
「そうか……」
アレクの声が、小さくなる。
「君が幸せなら、それでいい」
沈黙が、部屋を満たす。
しばらくして、アレクが口を開いた。
「イザベラは……愚かだった」
アレクの声が、自嘲的だった。
「母親に操られ、君を陥れようとした。俺も、見抜けなかった。全てが、間違いだった」
エリアナは、振り返った。
アレクを見る。
その目には、少しだけ哀れみの色。
「殿下、過去を悔やんでも仕方ありません」
エリアナの声が、優しくなった。
「前を向いて、生きてください」
アレクは、エリアナを見つめた。
そして、小さく笑った。
「君は、本当に優しいな」
アレクが、頭を下げた。
「ありがとう、エリアナ。そして、ごめん」
アレクは、部屋を出て行った。
エリアナは、その背中を見送った。
扉が閉まる。
エリアナは、再び窓の外を見た。
アレク。
かつて、婚約者だった男。
エリアナを捨てた男。
今、後悔している男。
だが、エリアナの心には何の感情もなかった。
同情も、怒りも、未練も。
ただ、哀れみだけ。
「さようなら、殿下」
エリアナは、呟いた。

数日後、エリアナは地下牢を訪れた。
カイザーに告げず、一人で。
暗い階段を降りる。冷たい空気。湿った壁。
エリアナの足音だけが、響く。
地下牢に到着した。
看守が、エリアナを見て驚いた。
「皇妃陛下!」
「継母の牢に、案内してください」
看守は、躊躇した。
「ですが……」
「お願いします」
エリアナの声が、静かに響く。
看守は、頷いた。
「こちらです」
看守が、エリアナを牢の前に案内した。
鉄格子の向こう。
暗い牢の中に、継母が座っていた。
質素な灰色の服。乱れた髪。やつれた顔。
だが、その目には、まだ憎しみの光があった。
継母が、エリアナを見た。
「何の用だ」
継母の声が、低く響く。
看守が、少し離れた場所で待機する。
エリアナは、鉄格子に近づいた。
「お母様と、話がしたいのです」
継母が、鼻で笑った。
「今更、何を話すことがある」
エリアナは、継母を見つめた。
「なぜ、私を憎んだのですか」
継母の目が、細められた。
沈黙。
しばらくして、継母が口を開いた。
「お前が、侯爵の愛を独占したからだ」
継母の声が、嫉妬に満ちている。
「侯爵は、お前だけを見ていた。お前だけを愛していた」
継母が、立ち上がった。
鉄格子に近づく。
「私は、何をしても侯爵の心を掴めなかった。だが、お前は何もしなくても愛された」
継母の目から、涙が溢れた。
だが、それは悲しみではない。
怒りの涙。
「それが、許せなかった」
エリアナは、継母を見つめた。
その目には、悲しみ。
「それだけで、人を殺せるのですか」
エリアナの声が、震える。
「嫉妬だけで、父を殺し、私を虐げられるのですか」
継母は、何も答えなかった。
ただ、エリアナを睨んでいる。
エリアナは、深く息を吸った。
「お母様、私は貴女を憎んでいました」
エリアナの声が、静かに響く。
「毎日、貴女を呪いました。貴女が消えてくれればと、願いました」
継母が、冷笑した。
だが、エリアナは続ける。
「でも、今は違います」
エリアナの目が、継母を見つめる。
「今は、ただ悲しいのです。貴女が、嫉妬だけで人生を狂わせたことが。貴女が、愛を知らなかったことが」
継母の目が、揺れた。
一瞬だけ。
だが、すぐに元の冷たい目に戻る。
「同情など、いらない」
継母の声が、吐き捨てるように響く。
エリアナは、首を横に振った。
「同情ではありません」
エリアナの声が、優しい。
「ただ、悲しいのです」
エリアナは、鉄格子から離れた。
背中を向ける。
「さようなら、お母様」
エリアナの声が、牢に響く。
「もう、会うことはないでしょう」
継母は、何も言わなかった。
ただ、エリアナの背中を見つめている。
エリアナは、地下牢を後にした。
階段を上る。
一歩一歩。
光へ向かって。
地下牢を出ると、カイザーが待っていた。
「エリアナ」
カイザーの声が、心配そうだった。
「どこへ行っていた」
エリアナは、微笑んだ。
「継母に、会ってきました」
カイザーの目が、見開かれた。
「一人で?」
「はい」
エリアナが、頷く。
カイザーが、エリアナを抱きしめた。
「無茶をするな」
カイザーの声が、震えている。
「もし、何かあったら」
エリアナは、カイザーの胸に顔を埋めた。
「大丈夫です。もう、何もありません」
エリアナが、顔を上げた。
カイザーを見つめる。
「私は、もう過去を振り返りません」
エリアナの声が、きっぱりと響く。
「これからは、未来だけを見ます」
カイザーが、エリアナの頬に手を当てた。
「それでいい」
カイザーの声が、優しい。
「過去は、もう終わった」
カイザーが、エリアナを抱き上げた。
「俺たちの未来を、築こう」
エリアナは、頷いた。
「はい」
カイザーは、エリアナを抱いたまま、王宮のバルコニーへ向かった。
広いバルコニー。
王都の街並みが、一望できる。
夜が、訪れようとしていた。
夕日が、西の空を赤く染めている。
カイザーが、エリアナを下ろした。
二人は、並んで手すりに寄りかかった。
夕日を、見つめる。
「綺麗ですね」
エリアナが、呟く。
「ああ」
カイザーが、答える。
カイザーが、エリアナの手を握った。
「エリアナ、これから何をしたい」
エリアナは、少し考えた。
そして、答えた。
「人を救いたいです」
エリアナの声が、静かに響く。
「薬草で、病気の人を治したいです。孤児院の子供たちに、薬学を教えたいです。辺境の村を、もっと豊かにしたいです」
エリアナが、カイザーを見た。
「貴方と共に、幸せな未来を築きたいです」
カイザーが、微笑んだ。
「いいな」
カイザーが、エリアナを抱き寄せた。
「俺も、お前と共に未来を築く。お前の夢を、全て叶える。お前を、幸せにする」
エリアナは、そっとカイザーに身を預けた。
「ありがとうございます」
夕日が、沈んでいく。
空が、オレンジ色から紫色へ変わっていく。
星が、一つ、また一つと輝き始める。
二人は、抱き合ったまま、夜空を見上げた。
無数の星。
それぞれが、輝いている。
「これからは、星のように輝こう」
エリアナが、呟いた。
カイザーが、頷く。
「ああ。お前と俺で」
風が、吹く。
優しい風。
二人の髪を、撫でる。
エリアナは、深く息を吸った。
「もう、過去には囚われません」
エリアナの声が、決意に満ちている。
「未来だけを、見ます」
カイザーが、エリアナにキスをした。
優しく。深く。
エリアナは、目を閉じた。
カイザーの温もりに、身を委ねる。
キスが終わると、二人は再び夜空を見上げた。
星が、さらに増えている。
天の川が、空を横切っている。
美しい夜空。
「これが、私たちの未来」
エリアナが、囁く。
カイザーが、エリアナの手を握りしめた。
「ああ。俺たちの未来だ」
二人は、手を繋いだまま、しばらく夜空を見つめていた。
過去の痛み。
復讐の虚しさ。
全てが、少しずつ癒えていく。
代わりに、希望が満ちていく。
未来への希望。
愛への希望。
幸福への希望。
エリアナの心は、温かかった。
もう、一人ではない。
カイザーがいる。
村人たちがいる。
銀狼がいる。
そして、父の思い出がある。
全てが、エリアナを支えている。
「行きましょう、カイザー」
エリアナが、微笑んだ。
「未来へ」
カイザーが、頷く。
「ああ。一緒に」
二人は、バルコニーを後にした。
部屋へ戻る。
温かい部屋。
暖炉の火。
柔らかいベッド。
全てが、二人を待っている。
エリアナは、窓を閉めた。
カイザーが、エリアナを抱きしめた。
「愛している、エリアナ」
「私も、愛しています」
二人は、抱き合った。
長い間。
言葉は、もう必要ない。
ただ、お互いの温もりを感じながら。
夜が、更けていく。
星が、輝き続ける。
エリアナとカイザーの未来を、祝福するかのように。
過去は、終わった。
復讐は、果たした。
そして今、本当の人生が始まる。
愛に満ちた人生。
希望に満ちた人生。
二人で築く、新しい未来。
エリアナは、そう確信していた。
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