たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
うん、話そっ!★
もう、誰ともすれ違わない。
一人、静かな通路を歩きながら。

私は、ずっとニヤついていた。
肩にしっかりかけたバッグも、今は楽しそうに揺れている。どことなく、足音まで弾んでる。

悲しいとか、寂しいとかより。
明るい気持ちが、私を満たしているから。

部屋に戻った。

真っ暗だ。
聞こえるのは、針の音だけ。

でも、まだニヤついている。

和紙照明の紐を引く。
部屋も明るくなった。

座椅子の上に両膝を立てて座る。
バッグを横に置く。

温泉にも浸かったし。
荷物も預けたし。
もう、やることがない。

でも、何もない時間も今日は気にならない。

だって、私は拓真の言葉を思い出す。
自分の顔を手で隠して、ジタバタしてる。

でも、ぴたりと止まった。
ハッとした。

(そうだ!電話っ!)

バッグの中からスマホを取り出す。

暗がりに、私が映る。
まだ、一人でニヤついていた。

それを見て、もっとニヤつく。

画面が明るくなる。

時間が表示される。
もう日付けも変わってる。

指を動かそうとした。
そのとき。

「ぐーーっ」

お腹が鳴った。

お腹を見た。

一瞬、針の動く音だけになった。

でも、すぐに、くすくす笑う声が広がる。
私が、一人で小さく笑い始めたから。

「幼馴染」とも「恋人」とも違う。
「奥さん」って言葉が、一人の夜も輝かせる。

一人だと、どうしても同じことばかり考えちゃう。苦しいことばかりなら、そりゃあ人は沈む。

でも、私はもう沈まない。
ふふっと笑えることがあるから。

一人の時間も、動き出す力になっていく。

だから、私は立ち上がった。
歩き出した。

襖の引き手に手をかけた。

そのとき。

格子戸をコツン、コツンと、誰かが叩いた。

(えっ……何?)

私は、ぴたりと止まった。

口角も下がった。
もう、笑顔はない。

声もない。
ヒュー、ヒューと、隙間風の音。
カチ、カチと、針が進む音。

ただ、それだけ。

それが余計に恐怖感を煽る。

私は、ごくりと唾を飲んだ。


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