たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
朧げなセカンドキス
夢。それは、人々が自らの意志で、まだないものを描き出すことをいう。

ならば、眠りながら見る夢は、そんな走り続ける私たちに来た道を振り返らせる。そんな時間みたいなものだと思う。

生まれた日も、育った場所も同じならば、そこへ頻繁に入り込んでくるのも当然だ。

その人がどんな存在であるとか、そんな深い意味は関係なく、夢に出てくることだって、そりゃあ、あるだろう。

初めてその人の呼吸のリズムを知ったとき。
そばで生きているって感じられたとき。
もう、何度も振り返ってきた。

(あーー、またか……)

でも、昨夜は視界が落ちる限界まで、豊富な睫毛を見つめていたからだろうか。
この夢の先は、私もまだ知らないものだった。

いつもなら、人の体温が真っすぐと近づいてくるのに、なんというか、微妙にズレてるというか、しっくりこないというか。

それでもって、やけにはっきりとしている。
目の前に絶対誰かいるし、ざらっとした何かが唇の端に押し当てられている。

(……んっ?唇?)

そんな奇妙な感覚で私は目が覚めた。

パチリと目を開けると、上下一つに重なった睫毛が、刺さりそうな距離にある。

私の全身が一斉に危ない!と叫びだして、猛烈に怖くなった。

とにかくその声を聞くように、一点の光すら入れないくらい、瞼をきつくきつく閉ざしてみせる。

でも、今日はそこに「拓真」がいるって、現実味がまるでない。

呼吸のリズムを感じる間もなく、すぐに離れていったから。

もはや遠ざかっていく足音だけが、間違いようのない実感だ。

ガチャリとドアが閉まる。
もう見えるところに彼はいないだろう。

私は慌てて身体を起こした。

目の前に広がる光景だけが嘘のつかない真実だ。

ここは、拓真宅のテラス。
テーブルの上には、飲みかけのビール缶が二つ。
視界は晴れ渡り、すっかり朝になっている。

酔いが残っていたと言い訳するには、さすがに無理がありすぎる。

(……えっ?じゃあ、今のは何?)

別に深酒したわけでもないのに、私はずしりと重い頭を抱えた。

すると、またガチャリとドアが開く音がする。
私は、その方向を見ながら、凍りついた。

いつもの朝の挨拶すら出てこないくらい、もう頭の中はとっくにパレード状態だからだ。

でも、拓真は何か重荷が少しだけ取れたような、清々しい表情で書斎から出てくる。

そして身体を大きく伸ばしながら、軽々とこう話しかけてきた。

「寝るなら向こうで寝ろよー」

まるで、私が幻でも見ていたみたいに。

(……幻。そうか。全部、夢だ。夢、夢)

じゃあ、尚更この動揺だけはバレてはいけない。

「うん。そ、そうだね!」

私は不自然にも声を裏返しながら、とにかく寝室へと逃げ込んだ。

そして、頭の中のごちゃごちゃをすべて空っぽにするように、真っ白な天井を見上げる。

でも、そんなことをしたって、暴れ回る鼓動の音が余計にはっきりと聞こえるだけだ。

胸をギュッと掴んで落ち着かせようとしても、鼓動は全く言うことを聞いてくれない。

すると、そんな胸の上にあった布団が、ズルズルと引っ張られていく。

あっちこっちへ寝返りを打つ湊は、まだしっかり夢の中にいる。

(私だって、夢を見てただけなのに……)

何というか、枯れたはずの心に、もう一度蕾が芽を出したような感じ?

いいや、違う。

あの頃咲いた花は、一瞬で「好き」だって分かるくらい、もっと純粋で、もっとはっきりとした形をしていた。

今、私の中で咲こうとしているのは、一言で表せないくらい、あらゆる気持ちが混ざった、複雑な色かたちをしている。

私は知っている。

これは恋のドキドキなんかじゃない。

なんてことを想像してしまったんだという、罪の意識から来るものに違いない。

あの頃は、この胸騒ぎが、炎天下の下でも一人だけお花畑の中にいるみたいに、軽やかなステップを刻ませていた。

なのに今は、早く鎮まれって思うほど、わずらわしくて仕方がないものになっている。

当然の話だ。

そんな花を咲かせるために、ここに来たわけじゃないんだから。

それに、間違ってそんな花が咲こうものなら、大事に大事に温存させていたはずの綺麗な花まで、真っ黒に朽ち果ててしまう。

私は、湊の身体にしっかりと布団を着せながら、こう強く誓った。

(もう拓真と二人きりにはならない……)

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