たい焼きの頭としっぽ〜歳の離れた弟を育てていたら、幼なじみの御曹司俳優までお世話することになりました〜
京都で出来たクセ
日が落ちるのも、随分と早くなった秋深い夜。真っ暗な空にあるのは、まん丸とした月の光だけだ。

しかし、どこを見ても町屋だらけのこの場所だけは、いくつもの照明器具で、十分なほどに満たされている。

何台ものカメラ。
一つの椅子を囲う何人ものスタッフさんたち。

それらが見つめる先は、特別輝いている。

だから、私はこうして遠く離れた場所から見ているだけでも、あまりに強い輝きに、目が眩みそうになっている。

これだけ、さまざまなものが一つの場所に集まっているというのに、音はない。

唯一、冷たい風が吹きつけると、枝垂れ柳がサラサラと揺れる。

そんな静けさを破るように、人だかりの中心から、けたたましい声が飛ばされた。

「はいっ!本番」

そして、ここにいる全員の意識が、一つに集中する。

町屋の前で、膝を抱えた男の子。
古めかしい縞模様の着物を着ている。

ただでさえ、小さい子なのに。

顔を下げ、背中も丸まり。
うんと、小さく見える。

「よーいっ、アクション!」

また、人だかりの中心から指示が飛ぶと、その子の頭だけをねらうように、人工的な雨がザーザーと降りだした。

小さく丸まっていたその子は、寒さに耐えるように、これ以上ないほど身を縮こめ、ブルブルと震えている。

「ガラガラ、ガラガラ」

町屋の引き戸が開くと、中から人が出てきた。
黒の着物を着た男だ。

右手は、袂に。
左手で、番傘を広げる。
枠を抜けるときだけ、一瞬低くなる。

雪駄が地面を擦る。
一つ。
二つ。

ぴたりと止まった。

下を向くと、子供がいる。

何も言わない。
ただ、その子の頭に傘を差した。

男も、もうずぶ濡れだ。

「ぼう、どこからきた」

地鳴りのような重低音。

「………知らぬ」

か細く揺れる子供の声。

「ならば、それでよい。はよう入れ」

傘の柄を、小さな子の肩に置く。

雨が降りしきる一本道を、身ひとつで歩いていく。

ここにあるものすべての、惚れ惚れとする眼差しは、小さな男の子から、その遠ざかる背中に移った。

「カット!オーケイ!」

小仁監督が、満足そうに立ち上がる。

その周りで、モニターの映像を見守っていたスタッフさんたちも、緊張が解けたように拍手をしながら、二人の元に駆け寄っていった。

しばらくすると、宇佐見さんと根元マネージャーがバスタオルに包まれた湊を、私の元へ連れてきた。

「ねえさん、来てくれたんだ」
「……うん!もちろん!慣れない場所だけど、堂々としたもんだね?」

膝を落としながら、にっこりと、心のままにそう伝える。

すると、今日も左右から、すかさず熱のこもった叱咤が、飛んできた。

「当たり前じゃない、日本の宝よ?この子は」
「そうです、そうです。湊くんは、度胸もずば抜けてるんですから」

「あはははっ……ですね?」

(確かになあ、ほんと凄いよ。なんだか、自分のせいで……なんて、心配してた私が馬鹿みたい)

「お疲れ様でした」

雨に濡れたその人が、すれ違う一人一人に、頭を下げながら、近づいてくる。

すると、私から笑顔は消えた。

最後まで目も合わない。
「お疲れ様でした」の一言もない。

ただ通り過ぎるから、会釈を交わす。

「ねえ。あんたたち、よそよそしくなーい?」

そして、宇佐見さんの声に、私はまた、笑顔をつくる。

「え?いやー?」
「……そう、まあいいわ」

宇佐見さんの後ろ姿は、最後まで、首を傾げていた。

(……あっぶな)

「じゃあ。あとは、よろしくお願いします!」

根元マネージャーにも、頭を下げる。

「はい!ありがとうございました」

頭を上げると……もう、いない。
猛ダッシュで、宇佐見さんを追いかけていった。

さて。
じゃあ、ここからが、私の出番だ。

湊の頬は、寒さで真っ赤。
早く、温めないと。

「湊。一旦、部屋戻って、お風呂行こうか」
「うん」

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