口煩いと婚約破棄されまして~今更助けてくれ?見返りに貴方のお兄様を紹介しなさい~

episode.4

 只今の時刻13時55分。約束の時間5分前。

 息を切らしながらやって来た場所は騎士団の宿舎。大きくて立派な建物に、足を踏み入れるのを躊躇してしまう。しかし、ここまで来てしまった以上、後戻りは出来ない。ここで後退ってしまったら、縁を繋いでくれたアーネストに申し訳が立たない。

 ゴクッと息を飲み、意を決して大きな扉に手をかけた。

「おや?誰だ?」

 背後から声をかけられ、ビクッと体が跳ねた。

 恐る恐る振り返って見るとそこには、碧眼の銀髪イケメン騎士が立っていた。一目でこの人がヴィクトル団長だという事が分かったが、思っていた以上の美貌に目が奪われ、言葉を発するの忘れてしまった。

「君は……」

 茫然とする私の顔を覗き込まれ、ハッと我に返った。

「アーネスト様からご紹介頂きました!シェンナ・ダウリングです!この度はお時間作って頂き、誠にありがとうございます!」

 体を畳むように深々と頭を下げたが、その耳に「クスッ」と笑う声が聞こえた事で、自分の失態に気が付いた。
 ここは貴族世界。淑女が勢いよく頭を下げる場面なんて見たことがない。こいういう場合、優雅に可憐にゆっくりと頭を下げるのが適切な対応だった。
 前世で培った『誠実かつ迅速に真摯な対応』が体に染み付いて、考えるより先に体が動いてしまった。

(や、やらかした……)

 こうなると、もう頭があげられない。背中に汗が滲み、体が動かない。

 逃げ場も逃げ道もない。完全に終わったと絶望の淵に落ちかけているところへ「元気なお嬢さんだ」と軽快な声が聞こえた。

「アーネストが世話になったね。さあ、どうぞ」

 そう言って扉を開けてくれた。柔らかな笑みを浮かべ、中へ入るように促してくれる。

 そこまでされたら入らない訳にはいかない。促されるまま中へ通された。

「あれまぁ、女の子がいるじゃん」

 入ってすぐに、頭上から声がかかった。見上げてみると、二階の手すりに腰掛け見下ろす騎士の姿があった。見たところシェンナと大して変わらない年恰好の騎士だが、どこか近寄りがたい雰囲気がある若者という印象だった。

「おかしいなぁ?ここは女人禁制じゃなかった?」

 ヴィクトル団長がすぐに私の前に出て背に庇ってくれるが、相手は不敵な笑みを浮かべながら言い返してくる。

「彼女は私の客だ」
「へぇ?それは役職の特権?いいなぁ」
「……カイエン。いい加減にしろよ」

 低く冷たい声で名を呼ばれると、これ以上は分が悪いと思ったのか「はいはい」と適当な返事と共に軽く手を振り返し、その場から姿を消してしまった。

「すまないな。気を悪くしないでくれ」
「いいえ。押しかけているのは私の方ですので」

 カイエンの姿が見えなくなると、眉を下げながら困ったように息を吐いていた。シェンナが「気にしていない」と笑顔で返すと、安心した様に自身の執務室のドアを開けた。

「さて、まずはここまでご足労いただき感謝する」

 ドカッとソファーに座るなり深々と頭を下げられた。だが、何に感謝されているのか分からず、戸惑いというより困惑している。

「本来ならこちらが足を運ばなければならないところなんだが……」

 そう付け加えられて合点。

「い、いえ!団長様との面会は私の要望なんですから!貴方様の足を煩わせるなんてとんでもない!そんなことしたら罰が当たります!」

 慌てて首を振りながら全否定した。こうして会ってくれるだけでも奇跡だと思っているんだ。「会いに来た」なんて言いながら屋敷にやって来たら、腰どころか魂が抜けてしまう。

「でも、もう少し時間に余裕があれば嬉しかったです……」

 ぽつりと呟くと「ん?」と不思議そうな顔を浮かべられ、こちらもキョトンとしてしまう。

「おかしいな。君の予定もあるからだろうと、二日ほど開けた日時を伝えたはずなんだが?」
「え!?」

「「……」」

 お互いに顔を見合せ、静かに沈黙が訪れる。そして、シェンナが下した判断は

(あんっっっのアホんだら!やっぱりわざとやりやがったな!)

 ほくそ笑むアーネストの顔を浮かべながら、ギリリッと歯を食いしばり、次に会った時どうしてくれようかと考えた。

「あ~……と、重ね重ね申し訳なかった」

 ヴィクトル団長も察したようで、愚弟の不始末を認め謝罪してくれる。この人は何も悪くないのに。

「いやいや!団長様は悪くありません!悪いのは、あのアh……いや、アーネスト様ですので」
「ふはっ、そうか。確かに阿呆だな」

 強ばっていた表情が解れ、同感とばかりに頷いてくれた。義兄にまで阿呆呼ばわりされてしまったアーネストには悪いが、こうして場を和ませることができて良かった。

「それで?私に会いたいと聞いていたが……アーネストが何かやらしたかい?」

 優しい口調だが、私を映すその鋭い眼には苛立ちが滲み出ている。

 この人もアーネスト(ヤツ)には手を焼いているのがよく分かる。

「あの人の不満を言い出したらキリがありませんよ。それに、今やあの人は過去の人ですから」

 やれやれと息を吐きながら伝えるが、ヴィクトル団長は「?」と言った顔。

「あれ?聞いてませんか?私、婚約破棄されたんですよ」
「──は?」

 あまりにも私が弾んだ声で言ったものだから、すぐには理解が出来ず困惑した表情を浮かべていた。
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