扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました

「或る日の寓話」

 私は従姉妹の凛子ちゃんにその話を聞いたとき「何かわるいもんでも食べた?」と真顔で言ってしまった。
 だって、そんな夢のような作り話を言うような人じゃないから。

 けれど、一瞬だけ瞳の奥にあった色はどことなく真剣で、少しだけ……ううん、半分くらいは本当の話なんじゃないかなと、その時の私は思った気がする。

 凛子ちゃんは、私の憧れの人だ。すらりと背が高くて、大学卒業後は、私も毎月買っているファッション雑誌を出している出版社に入社した働くお姉さん。今はチーフエディターっていう役職についているらしい。

  忙しいを言い訳にして、部屋が汚いっていうのはどうかと思うんだけれど、帰宅して気絶するほど働いている。と言われると微妙に納得してしまう。

 むしろ、気絶するほど働いていない、一介の女子高生である私と比べると、やっぱり凄いな! と思ってしまうのは単純明快な思考回路なのかな。

 ある日突然、凛子ちゃんが居なくなった。
 なんの痕跡ものこさず、唐突な失踪だった。

 凛子ちゃんの家族も私たちもみんな、必死で行方を探している。もちろん警察に失踪届けも出したけれど、一応体裁を整える程度にしか動いてくれなかった。

 二十六歳。
 一人暮らしの女性。
 仕事に不満はない。
 拉致されたのか、失踪したのか。

 まだ生きているのか、それとも殺されたのか。

 都会でのこの手の事件は多い。
 あれから新聞やニュースで、そういう単語を聞く度に、凛子ちゃんじゃないか?と飛びついてしまうけれど、凛子ちゃんらしき人物の話では無いと知って、安堵しまた落胆する。

 その日は学校帰りに、凛子ちゃんのマンションに寄った。

 私の家と凛子ちゃんが住んでいる街は同じ路線上にあって、駅でいうと三つだけしか離れていない。人の住まない部屋は、一週間空けていただけでも空気がこもる。だから、と言い訳ををして、相変わらず主不在のその部屋にあがった。

 誰も住んでいない部屋は、がらんとした印象を与える。

 実際は、警察の人たちの捜査や、私たちの捜索によって、なんとなく雑然としているのだけれど、とても余所行きの顔をして、その部屋は私を出迎えた。

 いつもだったら「適当に座る場所みつけて」なんて言われて、私が「相変わらずだなあ。彼氏出来たらどうするの?」「その時は綺麗になっているはず!」とお決まりの会話が繰り返されるのに。

 私は無言で廊下を突っ切って、奥の部屋まで行くと窓を大きく開け放った。
 冷たい空気が、カーテンを揺らす。
 私は大きく息を吐いた。緊張していたのかもしれない。
 下のポストに投函されていた封書類を、リビングのテーブルの上に置いて、もう一度室内を見回した。

 床にはなにも落ちていない。
 雑誌や書類はラックにしまわれ、クローゼットの扉もきちんと閉まっている。

「こんなに片付けられてたら、凛子ちゃんきっとびっくりするだろうな」

 部屋をぐるりと歩きながら、わざと大きな声で言って、私はクッションを抱え込んでベッドの上に座り込んだ。

 刹那。

 まるで返事をするかのように、カーテンがびゅうとひるがえり、室内に風が流れた。

『土足だめ! そこで靴ぬぐ!』
『ああ、そういう習慣でしたっけ』
『いや、わざとでしょ!』

「へ……」

 聞きなれない言葉はまるで音楽のよう。
 玄関の扉を当たり前のように開けて、一組の男女が、凛子ちゃんの部屋へ入って来た。

 妙に時代がかかった衣装の白。
 それから長い艶やかな髪の黒。

 私はいったい何が起こったのか理解できず、その二色を凝視した。

『話には聞いていましたが、狭いですね』
『ちょっと~、あなたたちの常識と一緒にしないでよ!  うわ、片付いてる!?』
『これで?』
『……ほんと感じ悪いよね。トゥーリャさんって。デンキまだきてるのかなあ。ってか繋がった瞬間隔絶されるんだっけ』

 一人はキッチンに消え、もう一人に我が物顔でリビングのソファに座られた瞬間、私は叫んでいた。

「やめてよ!! ここ凛子ちゃんの部屋なんだから! 勝手に入って来てなんなんですか!!??」

 恐怖とか以前の問題で、衝動的にその人に掴みかかろうとして、両腕を絡めとられた。

 見たこと無い人。
 こんな人知らない。
 黒い瞳に黒い髪。
 薄い唇が僅かに開く。

「え……由梨?」

 はっきりと紡がれた私の名前は、その人の口からではない。
 キッチンの入り口で缶ビールを片手に目をまんまるにさせている――凛子ちゃん。

 こうして、私たちは唐突な再会を果たしたのだ。

◇◇◇

「変な服……」

 わんわん凛子ちゃんにすがり付いて泣いて、一番最初に言った私の言葉はそれだった。

「ごめんね。すごく心配かけたよね」

 困ったような微笑を浮かべ、凛子ちゃんが私の頭を撫でる。
 他にもたくさん話したいことがあったのに、何の言葉も出てこなくて、私はただ頷く。
 ぽろっと目じりからまた涙が零れた。
 その間も、ずっと凛子ちゃんは私の頭を撫で続けている。

 ことりとテーブルの上にティカップが置かれた。
 ベルガモットの香り。アールグレイだ。

 さっき私が掴みかかった人と目が合う。
 小さく頭を下げられた。

『ありがとトゥーリャさん』
『いえ……』

 所在なさげに突っ立っていたその人は、一瞬躊躇したのち、床に腰を下ろした。
 ティカップはひとつ。

「由梨にって。私はこれ、ちゃんと買い置きしててくれてありがと」

 おどけた様に凛子ちゃんが缶ビールを指で突付く。

「ありがとうございます」って言うのも変だけど、一応お礼を言って、私はお茶に口つける。

 一口飲んで、二口飲んで、それから不思議なくらいすとんと落ち着いた。

 ううん、落ちてきた。
 あの時、凛子ちゃんが言っていた言葉が頭の中に。

「そのロンゲの人? 凛子ちゃんが話してたの」
「ろ……ロンゲ……だけど、この人じゃないよ」

 信じられないけれど、今ここで起こっていることは現実だ。

 まるで寓話。

 こことは全く別の所に、もうひとつ、世界があって。
 誰かがそこで生活をしている。
 私たちと同じように。

 もしかしたら、ひとつだけじゃないかもしれない。
 もっとたくさんの世界があって、誰かが今も呼吸している。

 こうやって泣いたり。
 お茶を飲んだり。

 私は凛子ちゃんを見上げ、それから黒髪の男性をじっとみつめた。
 大人の男の人が、まるで叱られた子供みたいに、ちんまりと座っている。

「はじめまして、私は高階由梨です。凛子ちゃんの従姉妹です」

 そうして、出会っているのかもしれない。


<了>
< 218 / 218 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

表紙を見る 表紙を閉じる
※現在リライト中です!近日中に全話再公開します! レコード会社でA&Rとして働く野口柚子は、終電を逃し続ける日々に疲れ果て、会社近くの中目黒へ引っ越してきた。 深夜の整体と、朝4時まで営業するカフェ『LAMP』だけが唯一の息抜き。 ある夜、カフェで物静かな青年と出会う。 しかも同じマンションの隣同士の住人だった。 九条と名乗った彼は、映画やドラマの主題歌を手がける人気ミュージシャン・蒼(SOU)。 依頼を受けた次回作のテーマにある『普通の独身社会人による一人暮らしの感覚』を掴むため、この街へとやってきたのだ。 なぜか柚子だけが彼の正体に気づかないまま。 数年前、無名だった彼が手にした不採用通知。 たった一行だけの手書きの文字列。 送り主は——野口柚子。 世界中が『蒼』と呼んでいる人を、柚子だけが知らなかった。 深夜のカフェで、川沿いの夜道で。 距離が縮まるほど、秘密が積み重なっていく。
表紙を見る 表紙を閉じる
伯爵令嬢ユフィーリア・エーデルガルトは、成人の儀式で授かったスキルが【待機】と【接続】という地味なものだったため「嫁の貰い手もいない」と父に追放されてしまう。継母の息子である弟カイルばかりが溺愛される日々に終わりを告げ、彼女は辺境の街ルシェルシェへと辿り着いた。全財産は銀貨三枚。 行く当てもない中、冒険者ギルドで受付嬢の職を得たユフィーリアは、温かい人々に囲まれて第二の人生をスタートさせる。脳筋だけど憎めないブロン、情報屋のリュート、魔女のグリゼルダ、そして豪快なギルドマスターのガルド。 王都の冷たい空気とは違う、この街の優しさが彼女の心を癒していく。 そんなある日、黒いマントに身を包んだ謎の騎士レオンティウスが現れる。隣国の第二王子にして騎士団長である彼は、極秘任務で辺境を訪れていたのだが、ユフィーリアに一目惚れ。毎日のようにギルドに通いつめるも、ユフィーリアは彼の想いに気づかない。 一方、ハズレと思われていた【待機】と【接続】は、使い方次第で驚くほど便利なスキルだった。料理の煮込み時間を保留したり、回復薬の効果を戦闘中に発動させたり。ユフィーリアは日々、スキルの新しい使い道を発見していく。 相変わらず彼の激重な想いに全く気づいていないユフィ―リアの元に「姉上が世界で一番尊い!」と暴走気味の重度なシスコン義弟カイルまで押し掛けてきて、レオンティウスの独占欲と嫉妬心は爆発寸前!? 地味スキルで無双する追放された転生令嬢と、溺愛系王子騎士の、ほのぼのラブコメディです☆ ※別サイトにも投稿中

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop