扉の向こうの王子様~終電帰りの限界社畜OL、玄関のドアを開けたら異世界と繋がっていました
第三章

彼女の日常、彼の憂鬱

 冷たい寝台に身を横たえ、シェイルはまんじりともせず夜が明けるのを待っていた。

 目を閉じると途端に色鮮やかな記憶が、しなだれかかるように甘やかな腕を伸ばしてくる。
 底無しの沼へ沈み込んでいきそうな思考と、遣る瀬無い思いが交じり合い、息苦しさから胸に手を押し当てた。

 あの日、サルスェまで足を伸ばしたのは、気まぐれからだった。
 サーシャがサルスェ司教区に移動になってから、初めてのことだと思う。

 ゼリアス山脈からパリエス湾に注ぐ、もうひとつの大河。ゼレス同様に幾つかの支流が本流へと交差しているエイネの堤を視察し、なんとなく立ち寄ったのだ。

 サルスェは療養地としても名高いが、自由都市ゼイレンからも程近い距離に立地している為、隊商の出入りが多い。間もなく社交の場にも顔を出す妹姫に何か目新しい物を、と、言い訳に言い訳を重ね訪れたのだ。だが、その羽安めは彼に安寧ではなく仄かな希望と曖昧な絶望を同時に与えた。

 手が届いたのかと思った。
 それなのに

 記憶は、シェイルをあざ笑うかのように、掌からさりさりと零れていく。崩れた姿は亡羊としていて、現とも夢ともつかない。揺らぐ視界の中、最後に見えたのは何だったのだろう。

 冴え冴えとした月光の冷たさは、絶対的な支配を持って、王宮の奥深くまで忍び込んでいた。
 昨晩の宴の余韻はもはや跡形もなく掻き消され、今はしんとした静寂が広がっている。

 今此処に暖かな体があれば、なんの躊躇いも無く抱き寄せていたはずだ。
 誰でもいい。
 孤独な闇を埋めてくれるのなら。

 そこまで考え、彼は己を自嘲する。
 諫言に耳を傾けるな。そして甘言に。
 彼が、この国の王族として生を受けた時より、纏ろう運命と対峙すべく、学習した手段だ。

 保身では無く自身を保つために。そう、王族であるからこそ、権力を私欲のために動かしてはいけない。己の有する力は、民の為に在るべきものなのだ。

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