愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?

プロローグ はじめまして、野心家の旦那様

 都内有数の総合病院『光前寺(こうぜんじ)総合病院』の理事長室。幾多の栄光の写真と賞状が飾られた重苦しいほどの圧迫感がある部屋の中、私、光前寺万智(まち)は応接用の黒革のソファに腰かけ、未来の旦那様と対峙していた。

 望田(もちだ)瑞樹(みずき)。私より九つ上の彼は、有名な大手製薬会社『望田製薬』の三男でありながら、この病院の心臓外科医として勤めている。多くの難しい症例をこなしてきた、実力者だそうだ。

 細く通った鼻筋に、アーモンド形の目。彫刻のように端正な顔つきの彼は、鷹が獲物を捕らえるような鋭い視線をこちらに向けている。青のスクラブに白衣という格好と短く切りそろえられた髪が相まって、眉目秀麗なその顔はひどく冷たく感じられた。

 都心の喧騒の届かないこの場所では、窓外のメタセコイアの新緑のみが春の風にさざめいている。のどかな陽光が、私の白いワンピースと彼の白衣にその繊細な葉影をちらちら踊らせていた。

 この病院の理事長である父が彼に白羽の矢を立てた理由を、私は知らない。噂によると、彼は次期院長になるためにその腕を磨き、父に認めさせることで私との結婚にこぎつけた野心家の男らしい。

 しかし、そんなことはどうでもいい。父が彼を次期院長にしたいというのだから、それに従うのが理事長の娘である私の役目だ。

「万智、彼こそこの病院の次期院長にふさわしい男だ。よろしくやってくれ」

 隣に座る父が、低く静かな声で言った。

「はい、お父様」

 一度父を見上げ、瑞樹さんに向き直る。するとそこで、目の前の彼がようやく口を開いた。

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