愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?

4 敵だらけの中の『希望』

「これでよし」

 私はいつもより念入りに掃除したリビングを見回してつぶやき、ふう、と息をつく。
 今日はこれから、ここで有明会の会合があるのだ。

 簡単につくったひとり分のランチを食べ終え、用意しておいた茶器をキッチンに並べる。それからリビングのテーブルに、フラワーアレンジメントとともにお茶菓子を用意した。

 このフラワーアレンジメントは昨日、ひとりでこしらえたものだ。デザインはこの間と同じもの。
 花を挿しながら、瑞樹さんが『いいな』とこぼした後の、わずかに綻んだ顔を思い出してしまい胸がおかしなふうに脈を刻んだが、それで心の重苦しさがちょっとだけ和らいだ。

 中央に添えたトルコキキョウは、今日も幾重にも重なる花弁を優雅に咲かせている。それが、私に自信をくれる。私は、カモミールとモナルダの香りをいっぱいに吸い込んだ。

 抜かりなく準備した。いつも通りにしていれば、きっと大丈夫だ。
 脳裏に浮かんでしまった沙久良さんの顔を打ち消すように、私は瑞樹さんの鞄に忍ばせた、オーデコロンのことを考えた。

 瑞樹さんは昨日、京都へ向かった。一泊二日の日程で、夜に帰宅するとのことだ。だが、会食があれば遅くなるとも聞いている。
 ニュースになるほどの難しい症例をこなした瑞樹さんだ。きっと、帰宅は夜遅くになるだろう。

 私は彼のスーツケースの中に、調合してもらったオーデコロンを入れたアトマイザーをこっそり入れた。不審がられないように、お香と同じカモミールとベルガモットの香りの香水であると記した一筆箋を添えて。

 忙しい日程の中で、少しでもあの香りが彼の神経を落ち着けてくれたら嬉しい。

 瑞樹さんは今きっと、難しい症例についての発表をおこなっている。だから私も私で、頑張らないと。気合を入れていると、インターフォンが鳴った。

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