愛に目覚めた冷徹孤高の心臓外科医は、政略結婚妻を離さない ――旦那様、この結婚は契約ですよね?

4・5 孤高の心臓外科医の『決意』

 救急箱を手に書斎へと戻った俺は、そのままデスクチェアに深く腰を下ろした。背もたれに背を預けると、ちょうどよくしなる。そのまま体の力を抜くと、重力とともに後悔が押し寄せてきた。

 先ほどの会話はうまくなかった。学会での発表は、簡単にできたのに――。


 有明会の会合に初参加した日の夜、万智はなんとなく様子がおかしかった。ウェルネススペースでお香を炊く彼女の服が土のようなもので汚れているのにも気づいたが、きっと疲れもあるのだろうと、あまり気に留めずにいた。

 彼女はその時、花の管理を任されたと教えてくれた。結婚披露パーティーでの万智のふるまいを覚えていた俺は、きっと花の管理もしっかりしてくれるだろうと思った。

 だが、彼女がしたのはそれだけではなかった。練習なのだろうか、俺のイメージだと、余った花を使ってフラワーアレンジメントをつくって部屋に飾っていたのだ。
 俺はなんとなく、それに心をほぐされたような気がした。

 翌日から、今まで気にも留めていなかった病院の入り口が気になるようになった。思っていた通り、彼女はしっかりと花の管理もしてくれているようだった。

 花が鮮やかなグリーンに替わった時、小玉先生にそれとなく聞いてみた。すると、彼も花を褒めていた。
 褒められているのは万智なのに、なぜか誇らしい気持ちになる。

 だかその花がある日突然、茶色く枯れた。帰宅前にはそれはすっかり別のものに替わっていたが、なんとなく心に引っかかる。
 万智に聞こうかとも思ったが、彼女が自分の仕事として花の管理に向き合っているのを知っていたから、あまり責めてしまうのも悪いと口を噤むことにした。

 その日、帰宅してすぐ、彼女が再びアレンジメントを用意しているのに気がついた。今度は、俺の好きなあの香りのするアレンジメントだ。
 以前、『いつもの香の匂いのほうが好きだ』と言ったのを、万智は覚えていてくれたのだろう。

 彼女がウェルネススペースに行った隙に、俺はそれをスマホで撮影し、ロック画面に設定した。

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