97年から00年  意地悪される人、見下す事喋られる人、人不信なひとはみっともなく生きる資格ないほど弱虫という考えが、大人に根強くあり、だから自分を責めました

世間的には、恐喝無理強い等される人や、見下される人の母親は子供にみっともないて絶対思うはず

母も、少なくても00年当時は
意地悪される人や、人間不信みたいなひと
人間不信みたいなひとはみっともないと考えてたからです

97年から00年代初頭だと
中学の先生の一部も、他の大人も
意地悪されるこ、人間不信なひとはみっともないみたくおもってました


だから00年から、09年くらいまで
万が一、わたしが、
恐喝詐欺無理強いする側、ひとのこと見下しけなす側だったら
母も、意地悪されるのと人間不信対人不信なのみっともないては嘆かなかったかなとおもいました



その
恐喝詐欺無理強いされるひと、見下されバカにされる人、
人間不信なひとは、
みっともないていう思い込みの牢獄からは抜け出せない気がしてた
その思い込みの牢獄ははっきりいうと死刑台より過酷でした
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