97年から00年  意地悪される人、見下す事喋られる人、人不信なひとはみっともなく生きる資格ないほど弱虫という考えが、大人に根強くあり、だから自分を責めました

00年から暫く、恐喝無理強い等される自身,馬鹿にされる自身が一番みっともないと洗脳みたく思い込んだ

いまもそのようなおもいこみに
苛まれてしまう


00年だと、
おとなや中学の先生(中学の先生の一人が,人間不信な人や意地悪される人の方生きる資格ないくらいみっともない、みたいに言ったので。00年の一学期に)
に、意地悪されるひと、や、一人だけ馬鹿にされるひとや、
人間不信なひとや人間不信みたくみえるひとはみっともないて考えが根強くありました


だから
00年度から、
恐喝詐欺無理強いされる側
一人だけ,学年やクラスで一人だけ馬鹿にすることしゃべられる自身がみっともない大恥みっともない存在で生きててはならない
存在だと思い込み,いまもその思い込みに苛まれてしまう
自分には友達持つ資格もないかもと思ったり(幸い06年度以降、友達や信頼できる人が徐々に増えてたものの)
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