今日、愛する妻が死にました。

10.松野あけみside

※一部残酷な表現を含みます※


 私は、あけみ。松野あけみ。
 長女として生まれたけれど、両親の望む性別ではなかった。

 古い考えの両親のもとで、「女なんて役に立たない」と必要最低限の世話以外、何もしてもらえずに一人で過ごした。

 私が6歳のとき、弟が生まれた。
 待望の男の子。両親は手放しで喜んだ。

「やっと生まれた。この子は宝ね」

「あぁ、私たちの宝だ」

 そう大切に、大切にされる弟を見て、自分の価値なんてどこにもないのだと自分を呪った。

 弟が羨ましい。弟になりたい。

 ....弟が死ねば。子供が私だけになれば。仕方なくでも、私のことを見てくれる?

 あけみは、壁に固定されている棚のネジを緩めた。
 両親が別の部屋で弟を可愛がっている隙に。

 簡単だよ。....私のことなんて誰も見ていないから。

 緩んだネジに誰も気付かない。
 緩めたあけみしか知らない。

 古くなってガタが来ている棚。
 壁に固定しておかないと倒れてしまう棚のネジ。
 少し力を加えれば、今にも倒れそうで...あけみはにやっと笑う。少女らしからぬ顔で。

「悠太(ゆうた)が寝たわ。.....そこ、どいてちょうだい。大切な悠太がお昼寝する布団よ。触らないで」

「.......」

 冷たく凍りつきそうな声音にも、あけみは無表情。こんなの慣れっこだ。

 あけみはスッとその場を離れる。
 数メートルだけ。

「さ....可愛い悠太。ねんねしましょうね」

 寝息を立てる愛する息子を、宝物を扱う手つきでそっと布団に下ろした母。
 向けられたことのない優しげな笑みを、弟に向ける『私だけの』お母さん。

 ぐっすり寝入っていることを確認して、母が体を離す。

 あけみは、弟に初めて話しかけた。心の中で。

 .....さようなら。

 ガタン!!!....ぐしゃっ。

「.....きゃぁぁあーーー!!ゆ、ゆうたぁあ!!ゆうたぁーーー!!!あなた!あなたぁ!早く、早く来てぇーーー!!」


「.....は、ははっ」

 棚に押しつぶされた弟をみて、不気味に笑う6歳の少女。

 あけみが......初めて人を殺した瞬間。

*****

 弟が死んで、両親は亡き骸みたいに何もしなくなった。
 あけみのごはんでさえ、作ることがなくなり。
 最低限していた世話を放棄した。

 あけみは、児童養護施設に一時入所。

 数年して、また家族のもとに戻ったが、両親は以前にもましてあけみに興味をもたなかった。

 あけみの手には、いつも灰色のハンカチ。
 どこかのバザーで見つけた、価値がないほどの安価のハンカチ。
 でも、学校に持っていくために、母が名前を書いてくれたハンカチ。

 もう、あけみに視線さえ向けない母が....この名前を書いた瞬間だけは、あけみの存在を認めた。

 そんなハンカチ。

 ボロボロになっても、これだけは私のもの。
 私だけの母の....唯一の記憶。

*****

「なぁ....松野ってさ、気味悪くね?俺....苦手なんだよ。怖いっていうか」

「あー....なんか、影があるよな」

 みんな遠巻きに見てる。
 両親にも愛されない、無価値な私を。

 このまま誰にも愛されずに。
 誰にも悼まれずに。

 私が死んでも誰も気付かないのね、きっと。


「....あれ?ハンカチ、落ちたよ?」

「......」

「松野...あけみ、さんだっけ?....はは、どうしたの?固まって。...はい、これ。松野さんのだよね。....それさ.....大切に使ってるんだね」

「.......」

 山本圭吾。

 名前を呼んでくれた。私の、名前。

 大切なハンカチ。
 わかってくれた....気づいてくれた。

 母が名前を書いてくれたハンカチ。

 『あなたが拾ってくれた』......宝物のハンカチ。


 好き。すごく好き。あなたが大好き。

 『私だけの』山本くんーーー。




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