今日、愛する妻が死にました。

8.あけみ

「......あぁ、懐かしゅうございますね。初めて、宿泊して下さった日です」

「.......ここ。これって.....」

「......あ。.....この方です」

 女性が写っていた。
 宿の前で、身を寄せ合って写真を撮っている圭吾とのぞみのすぐ後ろ。
 入り口の暖簾をくぐった先の柱から、少しだけ顔を覗かせて....。

 圭吾は、汗でぐっしょり濡れた手でさらに画面をスクロールさせていく。
 数十枚ある写真のデータのうち、数枚。

 ほんの少し写り込む影、ガラス越しにうっすら見える姿、端に見切れる指先.....。

 本当によく見なければ気づかない程度の、存在感。

 けれど、確実に、その女はそこに居た。

 僕と、のぞみの、すぐ側に....ずっとーーー。

******


 家に着いた。
 鍵を開けて、中に入る。

 宿を後にしてからどう帰ってきたかわからない。
 妙な気持ち悪さと、自分の知らないところで何か起こっている恐怖感。
 これほど気持ち悪い感情を、僕は知らない。

 ぬめぬめと纏わりついてくる。
 引き剥がそうとしても決して剥がせない。

 それどころかどんどん、体を侵食している。

「あけみ....」

 ポツリと口から滑り出る。
 ゾクっとして、鳥肌が立った。

 荷物を放り投げる。
 体から力が抜けて、ドサリと乱暴な音を立ててソファに座った。

******

 その時、机に無造作に置いた電話が鳴った。
 圭吾は画面を確認して、通話ボタンを押す。


「....もしもし?」

「あ....圭吾か?俺、天堂だけど」

「あぁ。.....この間はごめんな、急に帰って」

「いや....俺こそ、変な話した。.....なぁ、お前、今一人か?」

「.....一人だけど....どうした?」

「あのさ....俺、お前の様子が気になって。ほら、『あけみ』って子のこと、他の奴らに聞いてみたんだよ」

「......あぁ」


「なぁ....圭吾。お前......もしかしたら、やばいかもしれない。『あけみ』って子.....ちょっとおかしいよ....」

******

 あの日、様子がおかしかった圭吾を案じて、天堂は中学の同級生、深山拓人(みやまたくと)に連絡をとった。

 拓人は、圭吾と中学・高校と同級生で、結婚式にも出席していたーーー。

「え?あけみ?.....あぁ、『松野あけみ』のこと?....お前と同じテーブルに居た女の子だろ?....あれ、おかしかったよな。俺も変だなとは思ったんだよ。....松野あけみって圭吾と高校の同級生だろ?....なんで中学の同級生の中に席があるんだろうなって。てか、何で呼ばれてるのかも意味がわからなかったんだよ。....だってあいつ、すごい根暗でさ。あんまり仲いいやつ居た記憶ないんだ。....圭吾とも話してるの見たことないし。結婚式に呼ばれるとは思えなかったんだよな」

「......高校の同級生なのか?」

「あぁ、間違いねぇよ。確か圭吾とは一年の時だけ同じクラスだったんじゃないかな。俺、何故か圭吾とは三年間同じクラスだったから覚えてるんだよ。....あーでも、圭吾はモテたからなぁ。いちいち女の子の名前とか顔、覚えてないんじゃないかな。ましてや一年の時だけ同じクラスの子なんて。だからこそ、余計に不思議だったんだよ。なんであいつが呼ばれてるのか」

「.....圭吾の嫁さんの妹、って言ってたぞ」

「....は?....誰が?」

「....だから、そのあけみって子本人が」

「.....え?.....なに、言ってんだ?あいつは、松野あけみ。久能のぞみ、ちゃんだっけ?圭吾の奥さん....全くの無関係だよ」

「........」

「.....なぁ、俺さ。きっと気持ち悪がるって思って、圭吾には言ってなかったんだけど....昔、見ちゃったんだよ」

「.....見た、って....何だよ。こえーな。....早く言えよ」

「.....松野あけみがさ....圭吾の机の中、漁ってるとこ。....あいつ、いっとき消しゴムとか、シャーペンとか....一回、スマホも失くしたって騒いでた時あったんだよ。...俺、思うんだ....。松野あけみの仕業じゃないかって」

「......な、んだよ、それ」

「.....もしかしたら、圭吾.....高校の時だけじゃなくて....今でも....」

*****

「俺....ゾクっとしたよ。.....真実はわかんねぇけど....お前、ほんと大丈夫なのか?」

「.......」

 ボトッと手から、スマホが滑り落ちた。

 どうして今まで忘れてたんだろうーーー。

 松野あけみ。

 そう、『まつの あけみ』。

 ハンカチの持ち主は....僕の同級生の、まつのあけみーーー。

******

 バンッと大きく音をたてて、ドアが開いた。
 自分の部屋の棚から、急いで高校の卒アルを引っ張り出す。

 パラパラ、勢いよくめくって、一枚のページで手を止めた。

 .....こいつだ。

 のぞみが大事にしていたハンカチの持ち主も。
 結婚式に来ていた『妹』も。
 記念日の宿で撮った写真に写り込んでいたのも。

 全て、この女だーーー。


※まだ続きます※
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