今日、愛する妻が死にました。

9.のぞみ

 だが、まだあと一歩のところでピースがはまらない。

 引きちぎられた日記のページ。
 塗り潰されたノート。
 口数が減った妻。
 友人と疎遠になったのぞみ。
 知らぬうちに書き加えられた名前。
 
 それに、もしかしたらーーー。
 妊活を拒み始めたのも。

 .....ハンカチは?
 .....松野あけみのものを、どうしてのぞみが?

 あぁ...わからない。
 あとひとつ....何か違和感が尾を引いている。

*****

 一階に降りてきた。
 電話が床に落ちていて、天堂と電話中だったことを思い出す。

 耳に当てれば、天堂の呼ぶ声が聞こえる。
 まだ通話中だったようだ。

「....もしもし、ごめん。途中で....」

「圭吾!?やっと繋がった~....まじでビビるからやめろ」

「....はは、ごめん」

「.....なぁ、圭吾。これからいうこと、ちゃんと聞けよ?」

「......?」

「.....松野あけみ....音信不通だそうだ。今、どこに居るのかわからない。というか....元々家族と不仲で、両親は『あけみ』に興味がなかったらしい。それで、高校卒業と同時に、家を出てそれっきり。もう何十年も行方知れずだと」

「.........」

 ......行方知れず?....松野あけみが?

 また何かピースが動いて....ハマらない。

 何かが、おかしい。....何だ?


*****

 ピンポーン。

「.....あ、誰か来た。天堂。ちょっと待ってて」

「......あぁ。.....気をつけろよ」

「......なに、言ってんだよ。大、丈夫だよ」

 電話を置いて、玄関に向かう。
 天堂が脅すから、足元から恐怖心がわきあがる。



 ガチャ。

「......はい」

「あ....ご主人、おかえりだったのね」

「......田畑さん。こんばんは。どうされました?」

 インターホンを鳴らしたのは、田畑明子(たばた あきこ)、お向かいに住む高齢女性。
 時折、会えば挨拶をして軽く世間話をするくらいの関係だ。

「いえ.....特に何かあったわけじゃないんだけど。最近、お姿を見かけなかったから。....奥様のことがあったところだし、少し心配で」

「.....そうですか。....ありがとう、ございます。実は少し実家に帰っておりまして」

「あら、そうだったのね。...もし、倒れでもしてたら大変だと思ってインターホン鳴らしてしまったわ。ごめんなさい」

 明子は、頬に手を当てて安心したように言う。

「......ありがとうございます。大丈夫です」

 礼を言えば、明子は辛そうに続けた。

「あの....奥さん、残念だったわね。.....山本さんも、寂しくなるわね」

「.......」

「......妹さんも、残念でしょうね。....よくお家までいらしてて、とっても仲良しに見えたのに」

「......え」

「........?」

「.....妹が、家に来ていた、んですか?」

「....え、えぇ。よくお見かけしましたよ?....いつも妹さんお一人で家まで入っていって....。会えば挨拶してくれたわ。鍵まで預けていたみたいだったから.....よっぽど仲良しなんだと思っていたのよ?」

「......」

「でも....そう言えば、いつの頃からか妹さんにも、会わなくなったわ。体調でも悪いの?....最後にお会いしたのは.....そう。いつもお一人のところしか見ていなかったのに、初めて姉妹一緒に居るところをお見かけした日......その日が最後だったわね」



 その時ーーー。
 ピースがハマる音がした。
 

 .....まさか、そんな訳ないだろ。
 .....変なこと、考えるなよ。まだわからないじゃないか。

 ......でも。


******


 明子とわかれ、家のドアが閉まる。
 僕は忙しない頭を抱えて、その場に立ちすくんだ。


 プルルル...プルルル.....


 今度は、スマホではなく家の電話が鳴った。
 普段ほとんど鳴らない家の電話がーーー。



「.....はい、山本です」

「.....山本圭吾さん、ですか?こちら警察ですが」

「けい、さつ?」

 バクバクうるさい心臓を宥めたくて、手で胸を掴んだ。

「......落ち着いて、聞いて下さい」

「.......」

「....奥様の遺体が発見されました」


 .......あぁ、やっぱりか。


 圭吾は力無く腕を垂れた。

 それでも、まだ少しの望みをかけたくて、小さく抵抗する。


「.....間違いありませんか?.....妻は先日葬式も済んだはずですが......」


「......おそらく......あなたが見送られたのは.....別の方です。松野あけみさんをご存知ですか?」


 間違いなかった。
 妻は、すでに死んでいた。
 僕が、見送ったのは『松野あけみ』。
 そして、おそらく妻が殺された場所はーーー。


「防犯カメラなど、複数の捜査を経て、おそらく犯人は松野あけみさん。そして.....奥様は.....その家で殺されたと思われます」

「..........」

「今からそちらにお伺いして、お話をお聞きしても宜しいですか?.....それから、犯行現場として捜査も必要です」


 ......あぁ、どうして気づけなかったのか。
 ......いくつも、サインは出ていたはずなのに。


「のぞみ......ごめん.....ごめんな」

 今頃気づいても遅い。
 あんなに愛した妻なのに。

 今日、愛する妻が死にましたーーー。

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