国を追われましたが、文官令嬢としてセカンドライフを送ります!

第五章 追い詰められる元婚約者①

「ひどいですわ、レオナール様! どうして買ってくださらないの!?」

 エリアン王城の一室に、ヒステリックな叫び声が響き渡る。大きな瞳に涙を溜めて詰め寄る妻に、レオナールは困り果てたように眉を下げた。

「ドレスなら、この前も新調したばかりじゃないか。とてもよく似合っているよ」
「わたくしはこの国の王妃ですのよ! あんな貧乏臭い布切れをずっと着ていろだなんて、あんまりですわ!」

 その場しのぎの褒め言葉など、火に油を注ぐ結果にしかならない。シャロンは激情に駆られるまま、傍らのティーカップを掴むなり床へと叩きつけた。
 甲高い音とともに破片が飛び散り、レオナールはびくりと肩を跳ね上げる。

「ご、ごめんよシャロン。でも、前も言った通り、今は王家の財政が本当に厳しいんだ。カフェの建設費を工面するためにも無駄遣いは控えるようにと宰相たちがうるさくてね。どうしても新しいものが欲しいなら、今あるドレスや宝石をいくつか売るようにと……」
「どうしてわたくしがそんな惨めな真似をしなければなりませんの!? お金が足りないなら、税金を上げればいいじゃありませんか! わたくしはこの国で誰よりも幸せに、そして誰よりも大切に扱われるべき存在ですのよ!」
「私だって、そうしたいのは山々だが……」
「王妃になったら、どんなわがままも叶えてくれるって言ったのに! レオナール様の嘘つき!」
「はぁ……」

 幼子のように泣き喚くシャロンを、レオナールは虚ろな眼差しで見つめる。
 最愛の人と結ばれ、幸せの絶頂にいたはずの日々はすぐに終わりを迎えた。残されたのは空っぽの国庫に、どうにも頼りない臣下たち。そして、現状を理解しようとしない妻だけだった。

(いや、まだこれからだ。私はこんなところで終わるつもりはない。財政難を立て直した名君として、必ずや後世に名を残してみせる)

 折れそうになる心をなんとか奮い立たせていると、扉を叩く音が耳に届いた。

「陛下、こちらにおいでと伺いました。少々お時間をよろしいでしょうか」

 扉の向こうから聞こえたのは、宰相の声だった。

(助かった……!)

 シャロンのかんしゃくから逃れる絶好のチャンスだ。レオナールは表情を明るくして、中に入るように許可した。

「失礼いたします。かねてより王都にて建設を進めていたカフェが、本日ついに完成いたしました」
「本当か!?」

 待ち望んでいた知らせに、レオナールの顔に輝きが増す。

「はい。中央部に構えた本店を筆頭に、各エリア計四店舗。すべて営業の準備が整ってございます」
「ついにわたくしのお店が開けますのね。待ちくたびれましたわ!」

 先ほどまで喚き散らしていたのが嘘のように、シャロンが可憐な笑みを浮かべる。その切り替えの早さに、レオナールは一瞬顔を引き攣らせた。

「な、ならば早速、本店にて開店記念パーティーを開くとしよう。最初が肝心だからな。採算を度外視した盛大なものにするぞ」
「承知いたしました。……ところで、カフェの店名はいかがなさいますか?」
「ああ、そんなの決まっているじゃないか」

 レオナールはそう言って、すっかり機嫌を取り戻したシャロンと微笑み合った。


 それから一週間後。エリアン王国の高位貴族たちの元に、王家から一通の書状が届けられた。そこには、王妃の名を冠したカフェ『シャロン』の開店を祝うパーティーの案内が記されていた。
 この頃、王家の財政難は貴族たちの間でも公然の秘密となっていた。さらに、シャロンはレオナールの意向により、まともな妃教育も受けぬまま輿入れしている。おかげで、ふたりの好感度は完全にどん底まで落ちていた。

「正直行きたくないな……」

 貴族たちの誰もがそう思っていたが、王妃がオーナーを務める店となれば、無視するわけにもいかない。彼らは妻子を連れて、渋々パーティーへ足を運ぶことにした。一方、ブランドール伯のような一部の重鎮たちは、体裁のいい理由をつけて欠席を申し出ていた。
 そして、開店当日。

「皆様、ようこそわたくしのカフェへ! ふふっ、とっても素敵なお店でしょう?」

 シャロンが大輪の花のような笑顔で、客たちを迎え入れる。鮮やかなピンクに塗られた外装と、看板に描かれたシャロンの自画像。奇抜なセンスはさておき、短期間かつ低予算で仕上げたとは思えぬほど、建物の造り自体はいかにも王妃の所有物らしく、見事なまでに整っている。
 その異彩を放つ佇まいは、通りかかる王都民たちの目を釘付けにしていた。

「あれが王妃様のカフェか。随分と悪趣味だな」
「きっとルミナリア王妃の真似をしているのよ。そんなお金があったら、妃教育の教官でも雇えばいいのに。まともな教育も受けてない人が王妃様とか、冗談じゃないわよ」

 ひそひそと漏れ聞こえる辛辣な物言いに、シャロンの護衛兵たちは気まずそうに視線を泳がせる。心情的には、街の人々の意見に頷きたいのが本音だった。

「こんなにご注目いただけるなんて、オーナー冥利に尽きますわね」

 自分が非難されているとは露知らず、シャロンは陶酔しきった笑みを浮かべる。そして護衛兵たちに身を寄せると、小さな声で命じた。

「この『シャロン』に相応しいのは貴族だけよ。だって、庶民ってなんだか臭そうだし品がないもの。絶対に一歩も入れちゃダメよ。わかったわね?」
「……御意」

 俺たちもその庶民なんですが、と喉元まで出かかった言葉をぐっと飲み込み、護衛兵たちは真剣な顔で頷く。彼らの返事に満足したシャロンは、鼻歌を口ずさみながら、弾んだ足取りで店の中へと消えていった。
 その背中が見えなくなったのを見計らって、護衛兵たちはぼそぼそと会話を交わし始める。

「ありゃダメだな。ルミナリア王妃の真似事にもなってない」
「向こうの店は元々貧乏人でも安く食えるようにって、王妃様が私財を投げ打って始めたんだろ? それに比べてこっちは、ただの道楽だもんな……」

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