国を追われましたが、文官令嬢としてセカンドライフを送ります!
第五章 追い詰められる元婚約者②
幸いにも死者こそ出なかったものの、この事故によって多くの貴族が骨折などの重傷を負う惨事となった。本店は初日から無期限の休業。追い打ちをかけるように、わずか数日のうちに他の店舗でも同様の崩落事故が相次いで発生してしまう。
事故の原因は、安価で脆弱な建材を使用したことに加え、工期短縮を優先して必要な工程をことごとく省いたことにあった。
「この落とし前をどうつけるつもりだ、宰相! 毎日貴族たちから怒涛の勢いで抗議文が届いているぞ!」
レオナールが怒りに任せて机を叩きつけると、山積みになっていた書状が、雪崩のように床へ崩れ落ちた。
「安く済ませろと仰ったのは陛下だ!」
負けじと宰相も声を荒らげる。
「そもそもカフェの立ち上げ自体、反対する貴族が多かったのです! 中止すべきだという声を押し切って強行したのも陛下ではありませんか!」
「それを納得させるのが貴様の役目だろうが!」
「口先ばかりで、自分では何ひとつなさらないあなたに言われたくはありません!」
「なんだと!」
ふたりの間に目に見えない火花が散る。醜いなすり合いが激化する中、突然執務室の扉が開かれた。
「ねぇ、レオナール様。次はもっと素敵なお店を建ててくださらない? 三階建てにして、壁一面に宝石を散りばめたら綺麗だと思うの」
「シャロン……」
上目遣いでせがむ妻に、レオナールは苦い表情を浮かべる。
「君のお店がこんなことになって、私も本当に心を痛めているよ。だけど見ての通り、今は貴族たちの非難が凄まじくてね。治療費や慰謝料の支払いも山積みで、とても新しい店どころじゃないんだ。聡明な君ならわかってくれるだろう?」
言葉を選んで説明したつもりだったが、シャロンは不服そうに顔を歪めた。
「こんなことになったのは、全部レオナール様たちのせいでしょ! おかげでわたくしまで悪く言われて迷惑してますのよ。早くなんとかしていただきたいわ!」
「す、すまない……」
興奮で鼻の穴を開いて詰め寄るシャロンに、レオナールはただ謝ることしかできない。けれど、内心では苛立ちを覚えていた。
(いつだって自分勝手で、人の話なんてこれっぽっちも聞きやしない。そもそも君が叩かれてるのは貴族たちを放り出して、城に帰ってきたからじゃないか!)
シャロンが発案したカフェのために、事態は好転するどころか悪化の一途を辿っている。それなのに自分の非を認めようとしない幼稚さに、レオナールは嫌気が差していた。
この結婚は間違いだったのかもしれない。
そんな後悔の念を抱いていると、文官が扉をノックして現れた。
「陛下、レイファール伯爵夫妻が謁見を求め、登城されました。至急お伝えしたい重要案件があるとのことです」
「お父様たちが? もしかして、新しいお店の資金を援助してくださるのかも。ちょうど良かったですわ!」
空気を読まないシャロンの発言に、執務室の空気が凍りつく。
(なぜそこまで自分に都合よく考えられるんだ……)
お花畑全開な思考の妻に心底呆れつつも、レオナールは伯爵夫妻との謁見に応じることにした。
溜め息混じりに謁見室の扉を開くと、神妙な面持ちのレイファール伯爵夫妻が深々とお辞儀をする。
「ご無沙汰しております、陛下」
「早速だが用件を聞こう。あいにく今は立て込んでいてね。あまり君たちに構っている時間はないんだ」
レオナールが苛立ちを隠そうともせず、棘のある口調で問いかける。伯爵はわずかに口角を引き攣らせたが、すぐに平静を取り戻した。
「ええ、存じております。此度の事故で相当な額の損害が出たとか。さぞやお困りでしょうな、陛下?」
「……嫌味を言いにわざわざ来たのか?」
「滅相もございません。ところで陛下は、ルミナリア王国が近頃魔導書を用いて、様々な施策を行っていることをご存知でしょうか?」
椅子からゆっくりと身を乗り出し、伯爵が静かに話を切り出す。
「魔導書? ルミナリア王国も所有していたのか」
「古い書物に記された製法を紐解き、数ヶ月前に作り上げたとのことです」
「あんなものが役に立つとは思えないがね。どうせ、大した魔法も使えないのだろう?」
レオナールがふんと鼻を鳴らすと、伯爵は小さく首を横に振った。
「陛下が仰るのは劣化した古書の話ですよ。新たに作られた魔導書の力は、陛下のご想像を遥かに超えるものです。現にその力で寒冷地用小麦の品種改良にも成功し、各国から大きな注目を浴びております。寒冷国の自給率を劇的に引き上げる、歴史的な一歩となるでしょう」
「たかが作物の改良如きで大げさな……それに、他国の自給率を上げて何の得がある?」
吐き捨てるように言ったものの、レオナールの心中は穏やかではなかった。
大きな功績を打ち立て、世界中から注目される大国に上り詰める。そんな壮大な野望を、他ならぬ隣国が先に形にしてしまったのだ。
「魔導書による政策は他にも数多くございますが……こちらをご覧ください」
伯爵が軽く目配せをする。夫人は鞄から新聞を取り出すと、見て欲しいと言わんばかりに、テーブルの上へ広げてみせた。
一面を大きく飾っていたのは、ルミナリア王国に関する特集記事だった。
「これは……」
「ルミナリア王国では諸外国と友好条約を結ぶ際、その証として、あるものを契約書の代わりに贈っております」
伯爵はそう口にしながら、記事のある一節をトントンと指先で叩いた。
「魔導書に記された『転移魔法』のページの写しでございます。詳細は伏せられていますが、これによって条約締結国間の移動が一瞬で済むのだとか」
「な、なんだとっ!?」
普段新聞を読もうともしないレオナールにとっては、まさに寝耳に水の話だった。たかが紙切れ一枚で国同士の移動が容易になるなど、到底信じられるはずもない。
けれど、レオナールにはそれ以上に受け入れがたい事実があった。
「友好条約の打診など、我が国には届いていないぞ! ルミナリア王国め、この私をのけ者にしようというのか……っ!」
「そのことで、ひとつ確認したいことがあるのですが」
不意に、伯爵の表情が硬いものに変わる。
「以前、ルミナリア王妃が各国の王妃を招き、シャロンの即位祝いを兼ねたお茶会を催されたそうなのです」
「それがどうしたというのだ!」
「いえ……もしや娘は、その会に参加していなかったのではないかと思いまして」
「……は?」
事故の原因は、安価で脆弱な建材を使用したことに加え、工期短縮を優先して必要な工程をことごとく省いたことにあった。
「この落とし前をどうつけるつもりだ、宰相! 毎日貴族たちから怒涛の勢いで抗議文が届いているぞ!」
レオナールが怒りに任せて机を叩きつけると、山積みになっていた書状が、雪崩のように床へ崩れ落ちた。
「安く済ませろと仰ったのは陛下だ!」
負けじと宰相も声を荒らげる。
「そもそもカフェの立ち上げ自体、反対する貴族が多かったのです! 中止すべきだという声を押し切って強行したのも陛下ではありませんか!」
「それを納得させるのが貴様の役目だろうが!」
「口先ばかりで、自分では何ひとつなさらないあなたに言われたくはありません!」
「なんだと!」
ふたりの間に目に見えない火花が散る。醜いなすり合いが激化する中、突然執務室の扉が開かれた。
「ねぇ、レオナール様。次はもっと素敵なお店を建ててくださらない? 三階建てにして、壁一面に宝石を散りばめたら綺麗だと思うの」
「シャロン……」
上目遣いでせがむ妻に、レオナールは苦い表情を浮かべる。
「君のお店がこんなことになって、私も本当に心を痛めているよ。だけど見ての通り、今は貴族たちの非難が凄まじくてね。治療費や慰謝料の支払いも山積みで、とても新しい店どころじゃないんだ。聡明な君ならわかってくれるだろう?」
言葉を選んで説明したつもりだったが、シャロンは不服そうに顔を歪めた。
「こんなことになったのは、全部レオナール様たちのせいでしょ! おかげでわたくしまで悪く言われて迷惑してますのよ。早くなんとかしていただきたいわ!」
「す、すまない……」
興奮で鼻の穴を開いて詰め寄るシャロンに、レオナールはただ謝ることしかできない。けれど、内心では苛立ちを覚えていた。
(いつだって自分勝手で、人の話なんてこれっぽっちも聞きやしない。そもそも君が叩かれてるのは貴族たちを放り出して、城に帰ってきたからじゃないか!)
シャロンが発案したカフェのために、事態は好転するどころか悪化の一途を辿っている。それなのに自分の非を認めようとしない幼稚さに、レオナールは嫌気が差していた。
この結婚は間違いだったのかもしれない。
そんな後悔の念を抱いていると、文官が扉をノックして現れた。
「陛下、レイファール伯爵夫妻が謁見を求め、登城されました。至急お伝えしたい重要案件があるとのことです」
「お父様たちが? もしかして、新しいお店の資金を援助してくださるのかも。ちょうど良かったですわ!」
空気を読まないシャロンの発言に、執務室の空気が凍りつく。
(なぜそこまで自分に都合よく考えられるんだ……)
お花畑全開な思考の妻に心底呆れつつも、レオナールは伯爵夫妻との謁見に応じることにした。
溜め息混じりに謁見室の扉を開くと、神妙な面持ちのレイファール伯爵夫妻が深々とお辞儀をする。
「ご無沙汰しております、陛下」
「早速だが用件を聞こう。あいにく今は立て込んでいてね。あまり君たちに構っている時間はないんだ」
レオナールが苛立ちを隠そうともせず、棘のある口調で問いかける。伯爵はわずかに口角を引き攣らせたが、すぐに平静を取り戻した。
「ええ、存じております。此度の事故で相当な額の損害が出たとか。さぞやお困りでしょうな、陛下?」
「……嫌味を言いにわざわざ来たのか?」
「滅相もございません。ところで陛下は、ルミナリア王国が近頃魔導書を用いて、様々な施策を行っていることをご存知でしょうか?」
椅子からゆっくりと身を乗り出し、伯爵が静かに話を切り出す。
「魔導書? ルミナリア王国も所有していたのか」
「古い書物に記された製法を紐解き、数ヶ月前に作り上げたとのことです」
「あんなものが役に立つとは思えないがね。どうせ、大した魔法も使えないのだろう?」
レオナールがふんと鼻を鳴らすと、伯爵は小さく首を横に振った。
「陛下が仰るのは劣化した古書の話ですよ。新たに作られた魔導書の力は、陛下のご想像を遥かに超えるものです。現にその力で寒冷地用小麦の品種改良にも成功し、各国から大きな注目を浴びております。寒冷国の自給率を劇的に引き上げる、歴史的な一歩となるでしょう」
「たかが作物の改良如きで大げさな……それに、他国の自給率を上げて何の得がある?」
吐き捨てるように言ったものの、レオナールの心中は穏やかではなかった。
大きな功績を打ち立て、世界中から注目される大国に上り詰める。そんな壮大な野望を、他ならぬ隣国が先に形にしてしまったのだ。
「魔導書による政策は他にも数多くございますが……こちらをご覧ください」
伯爵が軽く目配せをする。夫人は鞄から新聞を取り出すと、見て欲しいと言わんばかりに、テーブルの上へ広げてみせた。
一面を大きく飾っていたのは、ルミナリア王国に関する特集記事だった。
「これは……」
「ルミナリア王国では諸外国と友好条約を結ぶ際、その証として、あるものを契約書の代わりに贈っております」
伯爵はそう口にしながら、記事のある一節をトントンと指先で叩いた。
「魔導書に記された『転移魔法』のページの写しでございます。詳細は伏せられていますが、これによって条約締結国間の移動が一瞬で済むのだとか」
「な、なんだとっ!?」
普段新聞を読もうともしないレオナールにとっては、まさに寝耳に水の話だった。たかが紙切れ一枚で国同士の移動が容易になるなど、到底信じられるはずもない。
けれど、レオナールにはそれ以上に受け入れがたい事実があった。
「友好条約の打診など、我が国には届いていないぞ! ルミナリア王国め、この私をのけ者にしようというのか……っ!」
「そのことで、ひとつ確認したいことがあるのですが」
不意に、伯爵の表情が硬いものに変わる。
「以前、ルミナリア王妃が各国の王妃を招き、シャロンの即位祝いを兼ねたお茶会を催されたそうなのです」
「それがどうしたというのだ!」
「いえ……もしや娘は、その会に参加していなかったのではないかと思いまして」
「……は?」