国を追われましたが、文官令嬢としてセカンドライフを送ります!
第六章 二人の国王①
茹だるような暑さとともに夏が遠ざかり、どこからか柔らかな秋の香りが漂い始める。
一年で最も過ごしやすいこの時季、ロゼッタは王城の図書室にいた。色とりどりのインクを使い分けながら、一枚の大きな羊皮紙に文字を丁寧に書き込んでいく。
「ロゼッタさん、何をなさっているんですか?」
その手元を、ミラベルは興味津々な様子で後ろから覗き込んだ。
「子供たちにお勧めの児童書リストを作っているんです。王立図書館の司書さんに、手伝って欲しいと頼まれまして」
子供の識字率を底上げするために、読書ほど優れた手段はない。
ロゼッタが厳選したのは六作品。
猫の精霊と世界を救う『猫騎士物語』や、勇者と魔王がのんびりと店を営む『アーサーの秘密の雑貨店』など、大人も手を伸ばしたくなるような顔ぶれだ。
「『時の剣』シリーズは入っていないんですね。ロゼッタさんなら、絶対に挙げると思っていたのに」
リストを一通り眺めたミラベルが、小さく首を傾げる。よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、ロゼッタは大きく頷いた。
「あちらは有名すぎて、みんな知っていますから。今回は少しマイナーだけど、ぜひ読んで欲しい隠れた名作を選んでみました」
「でも、やっぱり温かいお話が多いですね。私は昔、こういう本はあまり通っていなかったので、なんだか新鮮です」
「ミラベルさんは、どんな本が好きだったんですか?」
ペンに青いインクを浸しながら、ロゼッタがにこやかに尋ねる。
「そうですね。元剣闘士の主人公がさらなる強敵を求めて旅をするような戦記物ばかり読んでいました」
「ほお……」
意外すぎる好みが明らかとなり、ロゼッタはペン先をインク瓶に突っ込んだまま曖昧な相槌を打った。
(でも、ああいうハードボイルドな物語に憧れる子もいるでしょうし……)
そういった作品もリストに加えるべきだろうか。
真剣に検討するロゼッタの耳に、バタバタとこちらへ急ぐ足音が届いた。
「ロゼッタ!」
エドガーが息を切らして、ロゼッタたちに駆け寄ってくる。
「急ぎで陛下の下へ来てもらえるかな」
「何かあったんですか?」
まさか魔導書のことで何らかの問題が起きたのでは。表情を強張らせるロゼッタだったが、エドガーの口から告げられたのは思いもよらない内容だった。
「たった今、エリアン王国のレオナール国王から直筆の書状が届いたそうだ」
「えっ」
脳裏に元婚約者の冷ややかな顔が思い浮かぶ。
反射的に椅子から立ち上がると、ロゼッタはエドガーに連れられて国王の私室に向かった。
「突然呼び出してすまなかったな、ロゼッタ」
優雅にお茶を楽しんでいた国王夫妻が、ふたりを迎え入れる。けれど、その卓上には一通の封筒が禍々しい存在感を放って置かれていた。
「そちらがレオナール陛下からの書状ですか?」
「うむ。気が進まぬだろうが、是非そなたにも目を通してもらいたくてな」
国王に封筒を差し出され、ロゼッタは「失礼します」と手を伸ばした。
恐る恐る便箋を開いてみると、そこには癖のあるつたない文字がつらつらと並んでいる。嫌というほど見慣れた元婚約者の文体である。
── 私はエリアン王国国王、レオナール・エリアンと申します。 此度は以前ルミナリア王妃殿下が主催された茶会に、我が妻シャロンが出席を叶いませんでした件について深くお詫び申し上げたく筆を執りました。
シャロンは生来身体が虚弱であり、折悪く茶会の数日前より病床に伏しておりました。そのため、欠席の旨をしたためた書状を、侍女に託しておりましたが、手違いにより王城に留まっていたことが判明した次第です。
妻に非はなかったとはいえ、結果として無断での欠席という形になり、多大なるご無礼を働きましたこと、誠に遺憾に存じます。
私が即位して以来、未だ陛下と直接お目にかかる機会を得ておりません。つきましては謝罪も兼ねて、近いうちにぜひ貴国へお伺いしたいと考えております。
「そういえば、そんなこともありましたね。私も魔導書の対応に追われ、すっかり失念していました」
ロゼッタとともに文面を確認したエドガーは、苦笑しながら肩を竦めた。
一方、妹の性格を熟知しているロゼッタは、冷え切った目で便箋を見つめていた。
「そなたはこの手紙をどう思う? 率直な意見を聞かせてくれ」
「シャロンは超健康児です。私の知る限り、寝込んだことなど一度もありません」
国王の問いに、ロゼッタははっきりとした口調で言い切った。
「まあ、そんなことだろうと思っていたわ」
王妃が涼しげな表情で、焼き菓子を口に含む。
(こんな稚拙な言い訳が通用すると思っているのかしら)
シャロンが茶会をすっぽかしたことは、ロゼッタも知っていた。以前、食堂で使用人たちが噂をしているのを耳にしたことがあったのだ。
『どうせ『面倒臭い』とかそんな理由じゃない? あそこの王妃様って相当なワガママ娘って噂だし』
『そんな人が国母だなんて、あの国の人たちも気の毒ね』
その時は内心で呆れるだけであったが、自分の素性を明かした以上、知らぬ存ぜぬでは通らない。レイファール家の娘であると告げた後、ロゼッタは即座に王妃へ妹の非礼を詫びることにした。
『あら、あなたが謝る必要なんてないのよ。あの子がいなくても、他国の王妃様方と存分に親交も深められましたし、お話しも弾んで実に楽しいひと時でしたもの。わたくしはちっとも気になどしていなかったわ』
『お心遣い痛み入りますが、そうもまいりません。妹の非礼、姉として深くお詫び申し上げます』
『そうねぇ……でしたら、あなたの顔に免じて、この件はもうこれで終わりにいたしましょう。それでいいかしら?』
謝罪などとうに済ませていると思っていた。
忘れた頃に届いた詫び状に、ロゼッタは唖然とした。
「今になって頭を下げてきた理由は、恐らく友好条約でしょう。自国が蔑ろにされている事実に気づき、焦り始めたのだと思われます」
エドガーが自らの推論を口にする。
「そうであろうな。我が国としては、条約に加えてやってもよかったのだが……」
「他国は無礼を働いたシャロン王妃だけではなく、彼女の振る舞いを黙認しているレオナール国王や臣下たちにも強い不信感を抱いていましたわ。下手に参加させてしまえば、各国の間に不和を生みかねませんもの。わたくしたちとしては、距離を置くのが最善の選択だと思いましたのよ」
国王夫妻は顔を見合わせて、浅く溜め息をついた。
「まあ、謝罪に訪れたいという申し出を、無下に撥(は)ねつけるわけにもいかんだろう。しかし……」
そこで言葉を切ると、国王はロゼッタへ視線を移した。エドガーもまた、ロゼッタの心中を気遣うように声をかける。
「ロゼッタ、君が嫌だと言うなら訪問を断ることもできるよ」
「いえ、お気になさらないでください」
ロゼッタは迷うことなく即答した。
「私の婚約解消と今回の件は、まったくの別問題です。もし顔を合わせることになっても、私は構いません。それに……レオナール陛下とシャロンには王妃様へきちんとした謝罪をしていただきたいのです」
とはいえ、レオナールはともかく、プライドの塊のようなシャロンが素直に謝るだろうか。
ロゼッタは妹に対して、揺るぎない負の信頼を寄せていた。
一年で最も過ごしやすいこの時季、ロゼッタは王城の図書室にいた。色とりどりのインクを使い分けながら、一枚の大きな羊皮紙に文字を丁寧に書き込んでいく。
「ロゼッタさん、何をなさっているんですか?」
その手元を、ミラベルは興味津々な様子で後ろから覗き込んだ。
「子供たちにお勧めの児童書リストを作っているんです。王立図書館の司書さんに、手伝って欲しいと頼まれまして」
子供の識字率を底上げするために、読書ほど優れた手段はない。
ロゼッタが厳選したのは六作品。
猫の精霊と世界を救う『猫騎士物語』や、勇者と魔王がのんびりと店を営む『アーサーの秘密の雑貨店』など、大人も手を伸ばしたくなるような顔ぶれだ。
「『時の剣』シリーズは入っていないんですね。ロゼッタさんなら、絶対に挙げると思っていたのに」
リストを一通り眺めたミラベルが、小さく首を傾げる。よくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに、ロゼッタは大きく頷いた。
「あちらは有名すぎて、みんな知っていますから。今回は少しマイナーだけど、ぜひ読んで欲しい隠れた名作を選んでみました」
「でも、やっぱり温かいお話が多いですね。私は昔、こういう本はあまり通っていなかったので、なんだか新鮮です」
「ミラベルさんは、どんな本が好きだったんですか?」
ペンに青いインクを浸しながら、ロゼッタがにこやかに尋ねる。
「そうですね。元剣闘士の主人公がさらなる強敵を求めて旅をするような戦記物ばかり読んでいました」
「ほお……」
意外すぎる好みが明らかとなり、ロゼッタはペン先をインク瓶に突っ込んだまま曖昧な相槌を打った。
(でも、ああいうハードボイルドな物語に憧れる子もいるでしょうし……)
そういった作品もリストに加えるべきだろうか。
真剣に検討するロゼッタの耳に、バタバタとこちらへ急ぐ足音が届いた。
「ロゼッタ!」
エドガーが息を切らして、ロゼッタたちに駆け寄ってくる。
「急ぎで陛下の下へ来てもらえるかな」
「何かあったんですか?」
まさか魔導書のことで何らかの問題が起きたのでは。表情を強張らせるロゼッタだったが、エドガーの口から告げられたのは思いもよらない内容だった。
「たった今、エリアン王国のレオナール国王から直筆の書状が届いたそうだ」
「えっ」
脳裏に元婚約者の冷ややかな顔が思い浮かぶ。
反射的に椅子から立ち上がると、ロゼッタはエドガーに連れられて国王の私室に向かった。
「突然呼び出してすまなかったな、ロゼッタ」
優雅にお茶を楽しんでいた国王夫妻が、ふたりを迎え入れる。けれど、その卓上には一通の封筒が禍々しい存在感を放って置かれていた。
「そちらがレオナール陛下からの書状ですか?」
「うむ。気が進まぬだろうが、是非そなたにも目を通してもらいたくてな」
国王に封筒を差し出され、ロゼッタは「失礼します」と手を伸ばした。
恐る恐る便箋を開いてみると、そこには癖のあるつたない文字がつらつらと並んでいる。嫌というほど見慣れた元婚約者の文体である。
── 私はエリアン王国国王、レオナール・エリアンと申します。 此度は以前ルミナリア王妃殿下が主催された茶会に、我が妻シャロンが出席を叶いませんでした件について深くお詫び申し上げたく筆を執りました。
シャロンは生来身体が虚弱であり、折悪く茶会の数日前より病床に伏しておりました。そのため、欠席の旨をしたためた書状を、侍女に託しておりましたが、手違いにより王城に留まっていたことが判明した次第です。
妻に非はなかったとはいえ、結果として無断での欠席という形になり、多大なるご無礼を働きましたこと、誠に遺憾に存じます。
私が即位して以来、未だ陛下と直接お目にかかる機会を得ておりません。つきましては謝罪も兼ねて、近いうちにぜひ貴国へお伺いしたいと考えております。
「そういえば、そんなこともありましたね。私も魔導書の対応に追われ、すっかり失念していました」
ロゼッタとともに文面を確認したエドガーは、苦笑しながら肩を竦めた。
一方、妹の性格を熟知しているロゼッタは、冷え切った目で便箋を見つめていた。
「そなたはこの手紙をどう思う? 率直な意見を聞かせてくれ」
「シャロンは超健康児です。私の知る限り、寝込んだことなど一度もありません」
国王の問いに、ロゼッタははっきりとした口調で言い切った。
「まあ、そんなことだろうと思っていたわ」
王妃が涼しげな表情で、焼き菓子を口に含む。
(こんな稚拙な言い訳が通用すると思っているのかしら)
シャロンが茶会をすっぽかしたことは、ロゼッタも知っていた。以前、食堂で使用人たちが噂をしているのを耳にしたことがあったのだ。
『どうせ『面倒臭い』とかそんな理由じゃない? あそこの王妃様って相当なワガママ娘って噂だし』
『そんな人が国母だなんて、あの国の人たちも気の毒ね』
その時は内心で呆れるだけであったが、自分の素性を明かした以上、知らぬ存ぜぬでは通らない。レイファール家の娘であると告げた後、ロゼッタは即座に王妃へ妹の非礼を詫びることにした。
『あら、あなたが謝る必要なんてないのよ。あの子がいなくても、他国の王妃様方と存分に親交も深められましたし、お話しも弾んで実に楽しいひと時でしたもの。わたくしはちっとも気になどしていなかったわ』
『お心遣い痛み入りますが、そうもまいりません。妹の非礼、姉として深くお詫び申し上げます』
『そうねぇ……でしたら、あなたの顔に免じて、この件はもうこれで終わりにいたしましょう。それでいいかしら?』
謝罪などとうに済ませていると思っていた。
忘れた頃に届いた詫び状に、ロゼッタは唖然とした。
「今になって頭を下げてきた理由は、恐らく友好条約でしょう。自国が蔑ろにされている事実に気づき、焦り始めたのだと思われます」
エドガーが自らの推論を口にする。
「そうであろうな。我が国としては、条約に加えてやってもよかったのだが……」
「他国は無礼を働いたシャロン王妃だけではなく、彼女の振る舞いを黙認しているレオナール国王や臣下たちにも強い不信感を抱いていましたわ。下手に参加させてしまえば、各国の間に不和を生みかねませんもの。わたくしたちとしては、距離を置くのが最善の選択だと思いましたのよ」
国王夫妻は顔を見合わせて、浅く溜め息をついた。
「まあ、謝罪に訪れたいという申し出を、無下に撥(は)ねつけるわけにもいかんだろう。しかし……」
そこで言葉を切ると、国王はロゼッタへ視線を移した。エドガーもまた、ロゼッタの心中を気遣うように声をかける。
「ロゼッタ、君が嫌だと言うなら訪問を断ることもできるよ」
「いえ、お気になさらないでください」
ロゼッタは迷うことなく即答した。
「私の婚約解消と今回の件は、まったくの別問題です。もし顔を合わせることになっても、私は構いません。それに……レオナール陛下とシャロンには王妃様へきちんとした謝罪をしていただきたいのです」
とはいえ、レオナールはともかく、プライドの塊のようなシャロンが素直に謝るだろうか。
ロゼッタは妹に対して、揺るぎない負の信頼を寄せていた。