国を追われましたが、文官令嬢としてセカンドライフを送ります!

第六章 二人の国王③

 嵐のようなレオナールとの対面を終え、ロゼッタたちは国王の私室に場所を移していた。

「しかし、あんな男が玉座に就いているとはにわかには信じがたい。あの短絡さは、単なる若さゆえの過ちでは片付けられんぞ」
「シャロン王妃を野放しになさっているのです。国王も似たような器だということでございましょう」

 曇った表情で顎をさする国王の傍らで、王妃が緩やかに微笑みながら毒を吐く。その一言に、ロゼッタは胸の内で力強く頷いた。

(まさか、暴力に打って出るとは思わなかったけど)

 手を振り上げられた時は、流石に肝を冷やした。左胸に手を当てると、今もまだ心臓が早鐘を打っている。

「やはり訪問に応じるべきではなかった。ロゼッタ、怖い思いをさせて本当に申し訳ない」

 怒りと後悔の入り混じった表情でエドガーが頭を下げると、ロゼッタは慌てて大きく首を横に振った。

「エドガーさんが謝ることではありません。それに積年の恨みをたっぷり込めて言いたいことをすべて吐き出せましたから、今すごく清々しい気分なんです」
「それは見ていてわかったよ。あの時の君はかつてないほどキレッキレだった」
「……少し気がかりなのは、レオナール陛下が魔導書を見つけ出していたことです」

 彼がロゼッタに接触してきたのは、恐らく魔導書の呪文を聞き出すためだ。

「もし魔法を行使できるようなことにでもなれば、何をしでかすかわかったものではありません。魔導書には攻撃性の高い魔法も記されていますから」
「やはり君の祖父が作成した魔導書には、すべての魔法が記されているのかい?」
「え?」

 含みのある問いに、ロゼッタの肩がびくりと跳ねる。

「いや、ミラベルが言っていたんだ。児童書に記された暗号の分量に比べて、翻訳された文章が若干少ないと。もしかすると、完全には解読できていないんじゃないかな」
「文字の欠損が酷くて私でも読み解けない箇所があるんです。何の魔法なのかさえわからなくて……なんとか突き止めようとしているんですけど」

 ロゼッタは気まずさに目を伏せながら説明した。
 怒られるかもしれないと身を硬くしたが、エドガーはにこりと穏やかに笑った。

「そう急ぐことはないさ。君のペースで進めていけばいい」
「……ありがとうございます」

 エドガーの気遣いに感謝しながらも、ロゼッタの心は晴れない。

『魔導書という利用価値がなければ、誰が貴様のような可愛げのない女を相手にするか!』

 レオナールの言葉は鋭いささくれとなり、いつまでも深く突き刺さっている。

(そんなの言われなくたって、私が一番わかってるわ)

 今の仕事は心から楽しい。けれど、根底には常に「期待に応えなければ」という焦燥感があった。
 自分の居場所は利用価値と引き換えに得た、極めて事務的な権利にすぎない。
 そう思わずにはいられないのだ。

「失礼いたします、陛下」

 ロゼッタが暗い考えを巡らせていると、不意に明るいノック音が聞こえた。入ってきた文官の顔には、隠しきれない喜びの色が浮かんでいる。

「かねてより開発を進めていた魔導ランプがようやく完成いたしました!」
「本当かい?」

 誰よりも早く身を乗り出したのはエドガーだった。文官の手の平にある小さなランプを、興味深げに手に取る。
  一見すると中身は空洞のようだが、下部の小さなレバーを引いた瞬間、中心に仄かなオレンジ色の光がふわりと灯った。

「わぁ、綺麗ですね……!」

 強張っていたロゼッタの頬が柔らかく緩んだ。

「油も火も使わぬランプか。これはまた、とんでもないものを発明したものだな」
「『時の剣』シリーズという冒険譚に、似たようなランプが登場します。魔法を応用して再現できないかと、以前からロゼッタと研究を進めてまいりました」

 感心したように目を見張る国王に、エドガーが誇らしげに説明する。
 ランプに灯る光の正体は、魔導書から転写した幻影魔法だ。
 ガラス面に魔法を施し、レバーを引くことで発動するよう細工してある。

(昔の人たちもこうして、試行錯誤して照明道具を作ったのかも)

 この仕組みを応用すれば、シャンデリアから街の外灯に至るまで、あらゆる照明への転用が可能だろう。

「耐久性も十分に確保しておりますので、早々壊れることはありません。将来的には量産体制を整え、ルミナリアの新たな交易品にしたいと考えております」
「そこまで考えていたとは……ロゼッタよ、そなたには驚かされてばかりだ!」

 国王は深く頷き、ロゼッタに賞賛の視線を向けた。

「いえ、思いついたのはエドガー様です。私はただ、そのお手伝いをさせていただいただけで……」
「そんなことないよ」

 謙遜するロゼッタの言葉を遮るように、エドガーが少し強い口調で否定する。

「物語の道具を現実に作りたいなんて、普通なら子供の空想だと笑われて終わりだろう。けれど君は、目を輝かせて『一緒にやりましょう』と言ってくれた。僕は、それが何よりも嬉しかったんだよ」

 鳶色の瞳がロゼッタをまっすぐ見つめる。それはまるで長い間探し求めていた宝物を見つけた冒険者のような眼差しだった。

「ロゼッタ、君に出会えて本当によかった」

 何の打算も含みもない純粋な言葉が、ロゼッタの心を優しく包み込んでいく。鼻の奥がつんと痛くなり、目の周りが熱い。

(出会えてよかったなんて、そんなの私の方なのに)

 いつだって温かく見守って、迷った時にはそっと手を差し伸べてくれる。そんな優しい人を好きになって幸せだと、ロゼッタは心から思う。

「……そういえば、先ほどレオナール陛下に手を上げられそうになった時、助けてくださってありがとうございました」

 ロゼッタが大事なことを思い出して礼を述べると、エドガーは肩を竦めて笑った。

「正直一発殴ってやりたかったくらいだよ。他でもない君をこれ以上傷つけさせたくなかったからね」
「え……」

 そんなことを言われたら、変な勘違いをしてしまいそうになる。うっすらと熱を帯びた言葉に、ロゼッタの心臓がどきりと跳ねた。

「あー。お取込み中のところ、すまないが」

 国王がこほんと咳払いをする。

「私たちがいることを忘れていないだろうか……?」
「あら、いいではありませんか。本当に仲がよろしくて何よりですわね」

 王妃が扇で口元を隠し、楽しげに目を細める。ふたりきりの世界から目を覚め、ロゼッタはその場にうずくまりたいほどの猛烈な羞恥に襲われた。
 音もなく振り続けていた雨はいつの間にか止み、ちぎれた雲の隙間からは晴れ間が差し込んでいる。

 けれど、穏やかなひと時を嘲笑うように、不穏な未来はすぐそこまで迫りつつあった。

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