国を追われましたが、文官令嬢としてセカンドライフを送ります!
第九章 事の顛末①
エリアン王国との戦いから半月後の朝。
ロゼッタはベッドの上でゆっくりと体を起こし、カーテンの隙間から差し込む陽光に目を細めながら、大きく背伸びをした。
「よいしょ……っと」
ベッドから足を下ろして立ち上がろうとすると、ぐわんと体が大きく傾いた。足に力が入らず、膝がぷるぷると痙攣している。
(体がいうことを聞かない……!)
それでもなんとか踏ん張ろうとしていると、静かに扉をノックする音が響いた。
「おはようございます、ロゼッタさん。お体の具合はいかが……って、大丈夫ですか!?」
「うぅ、ミラベルさん……不甲斐ないです……」
「まだ万全じゃないんですから、無理は禁物です! さあ、ゆっくり座ってください」
ミラベルに支えられ、ロゼッタは傍らにあった車椅子へと深く腰を下ろした。
(いい加減、自分の足で立ち上がりたいのに)
溜め息をつきながら、テーブルの上の魔導書に目を向ける。
時空旅行を経て帰還した直後は、指先ひとつ動かすことすら叶わなかった。それに比べれば随分と回復してきているが、自由に出歩けるようになるには、まだ時間がかかりそうだ。
どうやら別時代の自分と意識を同調させる行為は、想像以上に肉体への負荷が大きかったらしい。
魔導書にも、元の時代に戻った後は精神と肉体の接続が鈍くなると記されている。おかげで、現在はこうして車椅子に頼る日々だ。
「さて、食堂へ行きましょうか。今朝のメニューはロゼッタさんの好きな白芋のパンケーキとフルーツヨーグルトですよ」
「やった、すごく楽しみです! それと、ミラベルさん。食後に少しだけでいいから、街に出たいのだけど……」
ロゼッタが顔色を伺うように切り出すと、ミラベルは困ったように眉をひそめた。
「うーん……ロゼッタさんに無茶をさせないようにと、サンジェスト様に言われているのですが……」
「本当にちょっとでいいんです。たまには外の空気が吸いたいですし、馬車の中なら大丈夫でしょう? お願い、ミラベルさん」
上目遣いで頼み込まれ、ミラベルが小さく肩を竦める。
「もう、仕方ないですね。あとで馬車の手配をしておきます」
「ありがとうございます! ミラベルさんなら、そう言ってくれると信じていました」
「ただし。少しでも具合が悪くなったら、即座に引き返しますからね」
「はい!」
ミラベルに真剣な面持ちで釘を刺されるが、その言葉も外出の許可が得られた証のように思えて、ロゼッタは嬉しそうに何度も頷いた。
その後、朝食をぺろりと完食すると、ふたりは馬車に乗り込んで城を後にした。
窓の外に広がるかつての美しい王都は、半月が経った今も瓦礫が積み上がり、見るも無惨な姿を晒している。
結界を張ってなお、これほどの被害が出てしまったのだ。もし直撃を許していたら。最悪の事態を想像すると、ロゼッタの腹の底には氷を詰め込まれたような冷気が走る。
幸いにも死者こそ出なかったが、いつまでも立ち止まっている時間はない。街では兵士たちだけでなく、住人も総出となって懸命に復興作業を進めていた。
それでも、人力での瓦礫撤去には限界がある。そこで、とっておきの助っ人たちも手伝いに加わっているのだった。
「ロゼッタさん、見てください! 復興隊の皆さんも大活躍していますよ」
ミラベルは声を弾ませ、窓の外に広がる作業風景を見渡した。
人々に混じって、もそもそと動く巨大な影があった。土と石で構成された灰色の人型――ロゼッタが魔導書から生み出した『ゴーレム』たちだ。
彼らは人間には到底動かせない重い瓦礫をひょいと持ち上げ、時には自らが梯子となって、高い場所での作業を支えている。今や復興に欠かせない大きな戦力となっていた。
(街の人たちとも上手く馴染めているみたいだわ)
当初こそゴーレムに怯えていた住人たちだったが、今やすっかり慣れ親しんで、生活の一部として受け入れている。
「いつもありがとな、ジョン」
「ガァ」
「マーガレットちゃん、こっちよー」
「ゴゴ」
「どれも同じ顔で見分けがつかん!」と勝手にゼッケンを巻きつける者がいれば、手作りの花冠を頭に載せる者もいる。さらには思い思いの名前で呼びかけたりと、されるがままのゴーレムたちと、そんな彼らを可愛がる住人たちの姿は今や、この街の日常風景だった。
復興が終わった後も、ゴーレムたちには人々に親しまれるマスコットとして残ってもらうつもりだ。
「あ、ロゼッタ様がいらしてるぞ!」
ひとりの声を皮切りに、街のあちこちからにこやかな笑顔と手が振られる。
「ふふ。ロゼッタ様が守り抜いた笑顔ですね」
誇らしげに胸を張るミラベルだが、ロゼッタは申し訳なさそうに目を伏せた。
「ですが、元を辿れば祖父の魔導書が原因で、こんなことになってしまったんです。そう思うと、素直に喜べなくて」
「そんなこと、仰らないでください。詳しい事情はわかりませんけれど……おじい様だって、ロゼッタさんにそんな悲しい顔をさせるために魔導書を遺したわけではないはずですよ」
「…………」
ミラベルの飾らない言葉に、ロゼッタはほんの少しだけ救われたような気がした。
「ところで、ロゼッタさんはどうやってレオナール国王を止めたんですか? やっぱり、魔導書のすごい魔法を使ったんですよね?」
話題を切り替えたミラベルに、ロゼッタは苦笑して肩を竦めた。
「……ごめんなさい。それだけは、ミラベルさんにもお話しできないことになっているんです」
当時の出来事は、事態を把握している近衛兵たちにも厳しく緘口令が敷かれている。当然だ。過去に飛んで未来を変えるような規格外の魔法を、世間に明かせるはずがなかった。
あの戦いの中で、ロゼッタは時空旅行を二回発動させている。
まず初めは、まだ存命だった頃の祖父の元へ向かうため。魔導書の後書きに、ある一文を書き加えさせたのだ。
『魔力を使い切った後に再使用すれば、即座に焼失して塵へと還る』
平たく言えば、ただの注意書きだ。けれど、魔力が回復した瞬間に再び魔導書へ手を伸ばすであろうレオナールの浅慮さを、ロゼッタは誰よりも信じていた。
次に向かったのは、数年前のエリアン王城。まだロゼッタがレオナールの婚約者として、傍らにいた頃だった。
(ここなら誰にも見つからないわね)
そして物置部屋の片隅に、転移魔法の魔法陣をこっそりと描いたのだ。現代のエドガーが、警備の手薄になったエリアン王城へと乗り込むために。
魔導書が燃え尽きれば、レオナールは必ず予備の製作を命じる。その際、鍵となる研究ノートを彼の手から奪い返すために。
ロゼッタが奔走している一方で、エドガーもまた、転移魔法で諸外国を飛び回っていた。臨時の国際裁判を開くべく、各国の代表をエリアン王国に集結するよう働きかけていたのである。
(皆さん、すんなり応じてくださったらしいけど)
それだけレオナールの暴挙は、国際的にも看過できないものであったのだろう。作戦は見事に成功し、彼を断罪するための包囲網は完璧に敷かれたのだ。
ロゼッタはベッドの上でゆっくりと体を起こし、カーテンの隙間から差し込む陽光に目を細めながら、大きく背伸びをした。
「よいしょ……っと」
ベッドから足を下ろして立ち上がろうとすると、ぐわんと体が大きく傾いた。足に力が入らず、膝がぷるぷると痙攣している。
(体がいうことを聞かない……!)
それでもなんとか踏ん張ろうとしていると、静かに扉をノックする音が響いた。
「おはようございます、ロゼッタさん。お体の具合はいかが……って、大丈夫ですか!?」
「うぅ、ミラベルさん……不甲斐ないです……」
「まだ万全じゃないんですから、無理は禁物です! さあ、ゆっくり座ってください」
ミラベルに支えられ、ロゼッタは傍らにあった車椅子へと深く腰を下ろした。
(いい加減、自分の足で立ち上がりたいのに)
溜め息をつきながら、テーブルの上の魔導書に目を向ける。
時空旅行を経て帰還した直後は、指先ひとつ動かすことすら叶わなかった。それに比べれば随分と回復してきているが、自由に出歩けるようになるには、まだ時間がかかりそうだ。
どうやら別時代の自分と意識を同調させる行為は、想像以上に肉体への負荷が大きかったらしい。
魔導書にも、元の時代に戻った後は精神と肉体の接続が鈍くなると記されている。おかげで、現在はこうして車椅子に頼る日々だ。
「さて、食堂へ行きましょうか。今朝のメニューはロゼッタさんの好きな白芋のパンケーキとフルーツヨーグルトですよ」
「やった、すごく楽しみです! それと、ミラベルさん。食後に少しだけでいいから、街に出たいのだけど……」
ロゼッタが顔色を伺うように切り出すと、ミラベルは困ったように眉をひそめた。
「うーん……ロゼッタさんに無茶をさせないようにと、サンジェスト様に言われているのですが……」
「本当にちょっとでいいんです。たまには外の空気が吸いたいですし、馬車の中なら大丈夫でしょう? お願い、ミラベルさん」
上目遣いで頼み込まれ、ミラベルが小さく肩を竦める。
「もう、仕方ないですね。あとで馬車の手配をしておきます」
「ありがとうございます! ミラベルさんなら、そう言ってくれると信じていました」
「ただし。少しでも具合が悪くなったら、即座に引き返しますからね」
「はい!」
ミラベルに真剣な面持ちで釘を刺されるが、その言葉も外出の許可が得られた証のように思えて、ロゼッタは嬉しそうに何度も頷いた。
その後、朝食をぺろりと完食すると、ふたりは馬車に乗り込んで城を後にした。
窓の外に広がるかつての美しい王都は、半月が経った今も瓦礫が積み上がり、見るも無惨な姿を晒している。
結界を張ってなお、これほどの被害が出てしまったのだ。もし直撃を許していたら。最悪の事態を想像すると、ロゼッタの腹の底には氷を詰め込まれたような冷気が走る。
幸いにも死者こそ出なかったが、いつまでも立ち止まっている時間はない。街では兵士たちだけでなく、住人も総出となって懸命に復興作業を進めていた。
それでも、人力での瓦礫撤去には限界がある。そこで、とっておきの助っ人たちも手伝いに加わっているのだった。
「ロゼッタさん、見てください! 復興隊の皆さんも大活躍していますよ」
ミラベルは声を弾ませ、窓の外に広がる作業風景を見渡した。
人々に混じって、もそもそと動く巨大な影があった。土と石で構成された灰色の人型――ロゼッタが魔導書から生み出した『ゴーレム』たちだ。
彼らは人間には到底動かせない重い瓦礫をひょいと持ち上げ、時には自らが梯子となって、高い場所での作業を支えている。今や復興に欠かせない大きな戦力となっていた。
(街の人たちとも上手く馴染めているみたいだわ)
当初こそゴーレムに怯えていた住人たちだったが、今やすっかり慣れ親しんで、生活の一部として受け入れている。
「いつもありがとな、ジョン」
「ガァ」
「マーガレットちゃん、こっちよー」
「ゴゴ」
「どれも同じ顔で見分けがつかん!」と勝手にゼッケンを巻きつける者がいれば、手作りの花冠を頭に載せる者もいる。さらには思い思いの名前で呼びかけたりと、されるがままのゴーレムたちと、そんな彼らを可愛がる住人たちの姿は今や、この街の日常風景だった。
復興が終わった後も、ゴーレムたちには人々に親しまれるマスコットとして残ってもらうつもりだ。
「あ、ロゼッタ様がいらしてるぞ!」
ひとりの声を皮切りに、街のあちこちからにこやかな笑顔と手が振られる。
「ふふ。ロゼッタ様が守り抜いた笑顔ですね」
誇らしげに胸を張るミラベルだが、ロゼッタは申し訳なさそうに目を伏せた。
「ですが、元を辿れば祖父の魔導書が原因で、こんなことになってしまったんです。そう思うと、素直に喜べなくて」
「そんなこと、仰らないでください。詳しい事情はわかりませんけれど……おじい様だって、ロゼッタさんにそんな悲しい顔をさせるために魔導書を遺したわけではないはずですよ」
「…………」
ミラベルの飾らない言葉に、ロゼッタはほんの少しだけ救われたような気がした。
「ところで、ロゼッタさんはどうやってレオナール国王を止めたんですか? やっぱり、魔導書のすごい魔法を使ったんですよね?」
話題を切り替えたミラベルに、ロゼッタは苦笑して肩を竦めた。
「……ごめんなさい。それだけは、ミラベルさんにもお話しできないことになっているんです」
当時の出来事は、事態を把握している近衛兵たちにも厳しく緘口令が敷かれている。当然だ。過去に飛んで未来を変えるような規格外の魔法を、世間に明かせるはずがなかった。
あの戦いの中で、ロゼッタは時空旅行を二回発動させている。
まず初めは、まだ存命だった頃の祖父の元へ向かうため。魔導書の後書きに、ある一文を書き加えさせたのだ。
『魔力を使い切った後に再使用すれば、即座に焼失して塵へと還る』
平たく言えば、ただの注意書きだ。けれど、魔力が回復した瞬間に再び魔導書へ手を伸ばすであろうレオナールの浅慮さを、ロゼッタは誰よりも信じていた。
次に向かったのは、数年前のエリアン王城。まだロゼッタがレオナールの婚約者として、傍らにいた頃だった。
(ここなら誰にも見つからないわね)
そして物置部屋の片隅に、転移魔法の魔法陣をこっそりと描いたのだ。現代のエドガーが、警備の手薄になったエリアン王城へと乗り込むために。
魔導書が燃え尽きれば、レオナールは必ず予備の製作を命じる。その際、鍵となる研究ノートを彼の手から奪い返すために。
ロゼッタが奔走している一方で、エドガーもまた、転移魔法で諸外国を飛び回っていた。臨時の国際裁判を開くべく、各国の代表をエリアン王国に集結するよう働きかけていたのである。
(皆さん、すんなり応じてくださったらしいけど)
それだけレオナールの暴挙は、国際的にも看過できないものであったのだろう。作戦は見事に成功し、彼を断罪するための包囲網は完璧に敷かれたのだ。