国を追われましたが、文官令嬢としてセカンドライフを送ります!

第九章 事の顛末②

「……予想以上に酷い話だ。同じ国の貴族として、これほど情けなく、恥ずかしく思ったことはない」

 ロゼッタから一部始終を聞かされたブランドール伯は、がっくりと肩を落とした。

「それで、陛下たちの身柄はどうなったのだ?」
「とある孤島の牢獄へ送られました。死罪を求める声も強かったのですが、ルミナリア国王の『血を流す形での解決は望まない』というご温情で、三十年の禁錮刑が決まったとのです」
「うむ。それはよかった」

 ブランドール伯が皮肉めいた笑みを浮かべる。
 孤島での三十年など、事実上の終身刑だ。
 島の中で生涯を終える者も少なくないだろう。

「私の実家は流刑こそ免れましたが、当然ながら廃爵の処分が下りました。今は実家に戻されたシャロンと共に、庶民として生きていくことが決まったそうです」

 贅沢三昧を謳歌してきた貴族にとって、平民に落とされることは死よりも重い罰だ。これからは、自らの手で日銭を稼がなければ生きていけない。

(どうせ檻に入れたところで、反省なんてしないもの。平民として汗水垂らして働くのが、あの人たちには何よりの罰になるんじゃないかしら)

 彼らが心を入れ替える日がいつになるかは、ロゼッタにもわからないが。
 もう二度と会うこともないであろう家族の顔を思い返していると、何やら外が騒がしい。間もなくして、険しい表情のメイドが応接室に駆け込んできた。

「旦那様、いつもの方々がお見えです」
「またか……ロゼッタが来ていると知れたら、力ずくで踏み込んでくるに違いない。なんとしてでも追い払え。手荒な手段を使っても構わん」
「承知いたしました」

 メイドは深く一礼すると、足早に部屋を後にした。

「あの……何かあったのですか?」
「うむ。実はそなたと接触したがる貴族たちが、邸へ押しかけてくるようになってな」

 ブランドール伯は困り果てたように、眉間に深い皺を寄せた。

「陛下の元婚約者であるそなたに戻ってきてもらい、あわよくばこの国の統治を任せたいなどと、虫のいいことを考えているようだ」
「……はいっ?」

 意外な事実が判明して、ロゼッタは思わず苦いものを食べたような顔つきになった。

「以前から、そなたとシャロンを比較する声は絶えなかった。『やはり、ロゼッタこそが正妃に相応しい』と囁かれていたのだ」
「そ、そんなこと言われても困ります!」

 結局、面倒な後始末を丸投げされているようなものだ。ロゼッタは全力で首を横に振った。

「当然だ。何もかも他人任せなぞ、あの愚王らと同類ではないか」

 ブランドール伯は腕を組み、ふんっと大きく鼻息をついた。

「もちろん、まともな考えを持つ貴族も大勢いるぞ。王位は継承権を持つ公爵家が継ぐことになったが、当面は貴族たちの合議で政治を進めるしかないだろう。何せ官吏まで大勢いなくなって、城はもぬけの殻も同然だからな」

 そう言って、ブランドール伯は柔らかい表情でロゼッタを見つめた。

「これは、今まで文句を言いながらも王族を野放しにしてきた我ら貴族のケジメなのだ。そなたが何かを背負う必要はない。ルミナリア王国で、自分の居場所を見つけたのだろう?」
「……はい」
「ならば、そこで幸せに生きなさい。オーヴァンも、孫娘が笑顔でいられることを何より望んでいるはずだ」

 実の家族を失ったロゼッタにとってその言葉は何よりも慈しみ深く、温かな響きを持っていた。

「ありがとうございます。でも……時々、こうしておじ様に会いに来てもよろしいでしょうか?」
「もちろんだとも。そなたは私にとっても、大切な家族なのだからな」

 笑顔で頷いてくれたことが嬉しくて、ロゼッタはブランドール伯とともに晴れやかな笑い声を上げた。
 自分を案じ、心から幸福を願ってくれる人がいる。
 たとえどんなに遠く離れていても、想い合える人がいる限り、そこが自分の居場所になるのだと深く胸に刻み込んだ。



 ゴーレム軍団の活躍もあり、王都の復興は想定より半年も早く完了した。周辺諸国からの支援が相次いだことも大きな要因だ。

「貴国には、国を救っていただいた大きな借りがありますから」

 そう言って、優秀な大工や惜しみない資材をこぞって送り届けてくれたのである。

(街がどんどん元通りになっていく……)

 城の窓から活気付く街並みを眺め、ロゼッタは感慨深い気持ちに浸っていた。
 魔導書は万能ではあるが、何もかもが魔法で解決できるとは限らない。建物を一から作り、石畳を直すことができるのは人間だけなのだと、改めて再認識させられた。
 そして王都がかつての姿を取り戻した頃、ルミナリア王国の建国記念日が訪れた。
 例年であれば静かに祈りを捧げるのがこの国の慣習だが、今年は復興記念も兼ねて、特別に盛大な舞踏会が開かれることとなった。

「申し訳ありません、ロゼッタ様。お手を煩わせてしまいまして」
「謝らないでください、ユーグさん。こういう仕事は私の得意分野ですから」

 慣れない大イベントを前に、城の文官たちは連日、猫の手も借りたいほどの大忙しだ。おかげで、翻訳作業を担当しているロゼッタまで駆り出されていた。

(ルイーダ共和国はこれでいいわね。次はフォルツ王国への招待状だわ)

 ロゼッタの仕事は、各国の要人へ送る親書の翻訳と作成だ。一通一通、丁寧にペンを走らせる。

(レオナール陛下の代筆をさせられていた頃が懐かしい……)

 ただの道具としてこき使われていた日々に比べたら、今は自分の仕事として評価されるし、やりがいは段違いだ。

「それから、休憩のお供にこちらをどうぞ。食堂の隅をお借りして、作ってみました」

 差し出されたのは、色とりどりの包み紙に包まれた可愛らしいキャンディだった。

「えっ、これってユーグさんの手作りなんですか?」
「はい。エドガー様のリクエストでお作りしたら、他の文官たちからも思いのほか好評で。つい調子に乗って作りすぎてしまいました」

 エドガーの名前が出た瞬間、ロゼッタの肩がぴくりと跳ねる。
 近頃はお互い仕事に追われる日々で、朝晩の挨拶はおろか、彼と顔を合わせる機会さえ殆どない。
あの穏やかな声も、しばらく聞いていない気がする。

(……寂しいけれど、わがままは言っていられないわ)

 せめて、彼も自分と同じ気持ちでいてくれたら……。そう思うのは贅沢なことだろうか。
 ユーグが去ってから口にした飴は、ほんのりと甘酸っぱかった。
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