空に預けた恋を誓う〜エリートパイロットは約束の幼馴染を一途に愛しぬく〜
約束の行方


 そんな仄香の思いも知らず、夜の闇が家全体を飲み込む頃、デートを終えた里穂が軽やかな足取りで帰宅した。

 その時、仄香は浴室にいた。湿気と熱気が籠もる中、屈み込んで浴槽を磨き上げる。汗で前髪が額に張り付き、ゴム手袋をはめた手は洗剤の泡にまみれていた。雑務に追われる見窄らしい姿が、いっそう仄香をみじめにさせる。

 脱衣所を出てふと視線をやると、玄関に今朝手渡したはずのランチバッグが、用は済んだとばかりに無造作に放り出されていた。当然ながら、お礼の言葉も味の感想もない。

 リビングからは、里穂の弾けるような笑い声が聞こえてくる。

「拓翔の車でドライブデートしてきたの。さすが一流エアラインのパイロットよね。高級車だし、彼本人も連れて歩くだけで目立つし、なかなか楽しかったわ」

「そう、いいじゃない。里穂にはそれくらいの男でないと釣り合わないもの」

 母の甘やかすような声に、胸の奥がちりりと焼ける。

「ただまあ、なかなか進展が無いのがちょっとねぇ。手をつなぐ以上のことはしてこないし、プラトニックというか……。まあ、明日もお互いフライトがあるから仕方ないんだけど」

「あら、それは彼があなたを大切に扱っている証拠よ。簡単に手を出すような軽い男じゃないってことじゃない。品があっていいじゃないの」

「それはそうなんだけどぉ。私としては、さっさと既成事実作っちゃいたいとこなのよねぇ」

「里穂。そういう『手に入りそうで入らない』距離感を楽しむのが、いい女の余裕ってものよ。彼もきっと、あなたに相応しいタイミングを見計らっているのよ」

「んー……ま、それもそうか。さっきだって、別れ際に『またすぐ会いたい』って、切なそうな顔をしてたもの」

「あらあら、ご馳走様」

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