捨てたものに用なんかないでしょう?

11  アドルファスの訪問 ①

 アドルファスがやって来る前日の晩、イランデス伯爵邸にフラワが戻ってきた。邸内にはほとんど人がおらず、彼女を迎え入れるメイドは誰ひとりいない。
 そのため、物音を聞きつけたエマオがエントランスホールまでやって来て、フラワに尋ねた。

「フラワ! お前は今まで何をしていた⁉ リミアリアは見つかったのか?」
「どこに行くか全く見当がつかなくて、実家を見張っていたんですけど、帰ってきませんでした」

 フラワは悪びれる様子もなく答えると、真正面にある大階段を上がり始めた。

「おい、待て! 明日はアドルファス殿下が来るんだぞ!? リミアリアがどこに行ったか聞かれたら、俺はなんと答えればいいんだ!」

 フラワは階段の踊り場で立ち止まり、エマオを見下ろしながら答える。

「適当に嘘をついておけばいいと思います。それから、明日は私がリミアリアの代わりにアドルファス殿下のお相手をいたしますので、ご心配なく」
「アドルファス殿下はリミアリアの様子を確認しにくるんだぞ? お前が相手をしたって意味がない!」
「意味がないなんてことはありません。リミアリアに会いに来たことを忘れてしまうくらい、彼を私に夢中にさせれば問題ないでしょう?」

 普段の清純そうな微笑みではなく、妖(よう)艶(えん)な笑みを浮かべたフラワに、エマオは恐怖を感じて言い返すことができなかった。

(リミアリアよりもフラワのほうが魅力的なことは確かだ。彼女の言う通り、アドルファス殿下も納得してくれるだろうか)

 寝室に向かうフラワの姿が見えなくなるまで目で追った後、エマオは唸(うな)った。
 エマオは自分の邪魔をする人間は、どうなってもいいと考えている。だから、言うことを聞かない人間には制裁を下してきた。
 だが、そんなエマオにも例外があった。
 自分よりも強い者は、尊敬に値する人物であり、自分の思い通りにならなくても仕方がないと思っていた。
 エマオがそう考える人物はそう多くない。
 その中のひとりにアドルファスがいた。
 アドルファスはエマオよりも一つ年下だが、十五歳で戦場に立った時から、戦闘能力ではエマオを凌(りょう)駕(が)していた。戦場での活躍も常軌を逸しており、彼のダークワイン色の髪は返り血で染められているという噂が立ったくらいだ。
 エマオは、アドルファスに何度か手合わせを願ったことがあるが、一度も勝てたことがない。

(アドルファス殿下に嘘をつくわけにはいかない。リミアリアが浮気をしていたから追い出したと正直に話そう。最悪の場合は、フラワが誘惑してくれるようだし、何とかなるだろう)

 エマオは自分自身をそう納得させたあと、窓の外に目を向けた。
 夜も遅い時間のため、外は真っ暗で遠方を見ることはできない。
 アドルファスが望むなら、リミアリアを探し続けようと思っていた。だが、貴族の女性がたったひとりで生きていけるとは思えない。

(もう、死んでいるかもしれないな。浮気をした罰だ)

 フラワという切り札ができて余裕ができたエマオは鼻で笑うと、明日の打ち合わせをするために、フラワがいるであろう寝室に向かった。

 次の日の朝、黒の軍服姿で訪ねてきたアドルファスを、エマオはフラワと共に笑顔で出迎えた。

「アドルファス殿下! ようこそいらっしゃいました! どうぞ中へお入りください」

 そう促したエマオに、アドルファスは開口一番にこう言った。

「リミアリアはどこだ?」
「は、はい?」
「手紙に書いていただろ。今日、ここに来たのはリミアリアに会うためだ。お前たちと話をするためじゃない」

(くそ。どうして殿下はリミアリアにそんなにこだわるんだ?)

 エマオは心の中で毒づいたが、相手はアドルファスのため笑顔で対応する。

「申し訳ございません、殿下、その、リミアリアは今、体調が悪くて部屋で寝込んでいるのです」
「そうか。なら、顔だけ見て帰ることにする。部屋に案内してくれ」
「お、おお、お待ちください、殿下! その、殿下に病気をうつしてはいけませんので、また日を改めたほうが良いかと」
「そうか」

 アドルファスが眉尻を下げたので、諦めたと思ったエマオはほっと胸を撫でおろす。しかし、アドルファスにとって、このやり取りは茶番である。

「会えないのは残念だ。どうしても確かめたいことがあったんだがな」
「確かめたいこと、ですか? どのようなことでしょう」

 自分が答えることができれば、この場を乗り切れる。エマオはそう確信していた。

「イランデス領の領民が幸せに暮らしているか確認したくて、ここに来る前に近くの繁華街にある食堂に寄ったんだ」
「そ、そうでしたか」

(なんだ? 領民たちは何を言っていたんだ? リミアリアは俺のいない間に、領民に反感を買うようなことをしていたってことか?)

 どんな噂を聞いたのか警戒していると、アドルファスはエマオに予想外の質問をした。

「そこに、イランデス伯爵邸の使用人だったという人物がいて、少し話を聞かせてもらったんだ」
「し、使用人ですか」
「ああ。守秘義務があると言って、その行動をした相手が誰かは教えてくれなかった」
「そ、その行動?」

 エマオの鼓動がどんどん速くなっていく。
 状況は違うが、アドルファスが元使用人から話を聞いたというのは本当で、リミアリアの話す内容を裏付けるため、繁華街にある食堂に集まってもらっていた。

「リミアリアの頬を叩いた奴がいるらしい。お前はそれが誰だか知ってるか?」
「そ……、それは」

(そんな話を公の場でした馬鹿は誰なんだ!)

 青くなるエマオの横で、胸元が大きく開いたワインレッド色のドレスを着たフラワがアドルファスに微笑みかける。

「アドルファス殿下、お会いできて光栄です。その使用人は首にされてエマオ様を恨んでいるだけだと思います」
「嘘の話をしたと言うのか?」
「ええ。そのことも含め、よろしければ、リミアリアのことでゆっくり話をしませんか?」
「断る」

 アドルファスは一瞬の躊(ちゅう)躇(ちょ)もなく、フラワの誘いを断った。
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