捨てたものに用なんかないでしょう?

13  アドルファスの訪問 ③

 フラワを追い出したエマオは媚(こ)びた笑みを浮かべてアドルファスに話しかける。

「フラワが勝手なことをして申し訳ございませんでした。実は、私は彼女に騙されていたんですよ」
「そんな話はいい。まずは、リミアリアを殴った奴が誰かという質問に答えろ」
「そ……それは、その、あの、リミアリアが殴られたとは、一体、どういうことなのでしょうか」

(元使用人から話を聞いただけで、確証はないはずだ。俺にクビにされて逆恨みした使用人がついた嘘だと言って乗り切ろう)

 エマオは一(いち)縷(る)の望みをかけて、アドルファスに尋ねた。すると、彼は足を組んで背もたれに深く体を預けると、質問を返す。

「何も知らないと言いたいのか?」
「え……っと、そうですね」

 アドルファスの態度から、試されているのだと感じ取ったエマオは、大きく深呼吸してから口を開いた。

「元使用人がアドルファス殿下にどのような話をしたのかはわかりませんが、嘘をついているのだと思います」
「嘘?」
「はい。最近、リミアリアと喧嘩になり、カッとなって彼女を追い出してしまったことは事実ですが殴ってなどおりません。最近、使用人たちの多くを解雇しました。その恨みで話を大きくしようとしているのでしょう」
「追い出した?」
「え、あ、はい。あの、そうです。ですが、理由があるのです。私だってしたくてしたわけではありませんでした」

 前置きしたあと、エマオはリミアリアが自分の側近や使用人と浮気をしていたのだと訴えた。

「夫が戦地に行っているからといって、妻が浮気をしてもいいわけがないでしょう?」
「それはそうだな」
「ですから、罰を与えただけです」
「罰? どういうことだ? リミアリアを殴ったのはお前なのか?」
「ち、ち、ちが」

 墓穴を掘ったエマオは慌てて否定しようとしたが、アドルファスの自分を見つめる冷たい目に気づき、彼が全てを知っていて自分を試していたのではないかと考えた。

(どの使用人だ? 見つけ出して殺す……、いや、そんなことをしたら怪しまれるか。とにかく、アドルファス殿下には謝るしかない)

 覚悟を決め、アドルファスに頭を下げる。

「申し訳ございません。つい、カッとなって殴ってしまいました。ですが、何の理由もなく殴ったりいたしません!」
「リミアリアが浮気をしていたから殴ったと言いたいのか?」
「そうです」

 これで納得してもらえるだろうと希望を持ったエマオだったが、その考えは甘かった。アドルファスは大きなため息を吐いて、エマオを見つめた。

「リミアリアは浮気を認めたのか?」
「いいえ! ですが、素直に浮気を認める者などいないのではないでしょうか」
「人によって違うだろう。それに、俺が聞いているのはそんなことじゃない。もう一度聞く。リミアリアは浮気を認めたのか?」
「そ、それは……」

(認めていないと答えたら、俺はどうなるんだろうか)

 考えただけで背筋が震えあがった。

「もういい。とにかく、リミアリアを殴ったのはお前で間違いないんだな?」

 アドルファスが傍らに置いていた長剣の鞘(さや)に手をかけたのを見て、エマオは頬をひきつらせた。

(どうすれば挽回できる? 謝れば何とかなるか? どうやら、嘘をついたことに怒っているわけじゃない。なら、俺は被害者だということを訴えるしかない!)

「私はリミアリアの姉のフラワに騙されたのです!」
「殴ったかどうか聞いているだけなのに、どうしてそんな話になるんだ?」

 呆れた顔でエマオを見つめるアドルファスに、手を合わせて懇願する。

「アドルファス殿下、どうか私の話を聞いてください。フラワに騙されなければ、リミアリアを疑うようなことはいたしません!」
「お前はフラワ嬢からリミアリアが浮気をしていると聞いて、それを信じた。そして、そのことを認めようとしないリミアリアを殴った。お前が言いたい話はこんな感じか?」
「は、はい」

 間違っていないことを強調するように、何度も首(しゅ)肯(こう)すると、アドルファスは鞘から手を離した。

(助かった!)

 安堵の息を吐いたエマオだったが、まだ終わりではなかった。

「だからって殴っていいわけじゃない」
「あ、あの、申し訳ございませんでした!」
「何に対して謝ってるんだ?」
「リミアリアを殴ってしまったことや、アドルファス殿下に嘘をついてしまったことです!
本当に反省しています!」
「嘘をついてしまったことについては、今回は大目にみてやる。俺もお前に嘘をついたからな」
「……といいますと?」

 アドルファスがどんな嘘をついたのか、エマオには全く見当がつかない。エマオは額から汗をだらだらと流しながら聞き返した。

「リミアリアがここにいないことは知っていた」
「……そ、そうですよね」

 使用人から話を聞いているということは、リミアリアを追い出したことを、アドルファスが知っていてもおかしくない。そう納得してうなずいた。

「ついでに、リミアリアがどこにいるかも知っているし、お前と離婚したことも知っている」

(なんだって⁉)

 試されていたのだとわかり、怒りがふつふつと沸いてきたが、相手は敬愛するアドルファスである。怒りを鎮めて懇願した。

「アドルファス殿下! お願いです! リミアリアの居場所を教えていただけませんか! もう一度会って話をしたいのです!」

 リミアリアに会い、自分を許すように頼み、アドルファスの怒りをおさめようと思ったのだが、アドルファスはその要求を拒否した。

「どうして簡単に暴力をふるうような男とリミアリアを会わせなければならないんだ?」

 尤もな問いかけに、エマオは答えが見つからずに黙り込んだ。
 顔を真っ青にしているエマオを見つめ、アドルファスは話題を変える。

「そういえば、お前は色々と悪いことをしているようだな」
「わ、悪いこと、ですか?」

 今のエマオは、緊張と恐怖で喉がカラカラになり、声を出すことも苦しかった。

「わかるだろう? 戦場でお前がしていたことだよ」

 アドルファスの言葉と同時に、カビルがケースから取り出した書類の束をテーブルの上に置いた。
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