異世界に来て10年、伝えられないままの片想い

第12章 選んだはずの答えの先で――それでも、手放しきれない想い

「第10から第15師団が先行する。その中でも、我々の師団が道を切り開く」

ダルク団長の低い声が、室内に響いた。

集められているのは、第10師団の分団長10名。

第10師団は半獣人のみで構成されており、特に戦いに慣れた者たちが集められている。

年齢は様々で、バルスより若い者もいれば、年上の者もいる。

机の上に広げられた地図には、国境付近の地形と、敵の布陣予測が細かく記されていた。

いくつもの印が重なり、すでに何度も検討が重ねられてきたことが分かる。

「皆、分かっていると思うが、ここが正念場だ。この作戦に成功すれば戦況は好転する。停戦への道が開ける」

その言葉に、場の空気がわずかに張り詰めた。

今回の作戦は、ローレンツ側の前線拠点を崩し、後続師団が入り込むための道をこじ開けるものだ。

戦況を動かすための一手である。

「第10師団に求められているのは、正面突破だ」

ダルクは、はっきりと言い切る。

敵の正面から道を切り開く。

それが、最も苛烈な役目であることを、誰もが分かっていた。

それでも、誰ひとり視線を逸らさなかった。

ダルクは大まかな方針を示したあと、バルスへ視線を向ける。

その合図を受け、バルスは一歩前に出た。

「敵はこのラインに兵を集中させている可能性が高い」

地図の一点を指し示す。

「だが、本命は後方だ。最初の衝突で足を止めれば、後ろからまとめて潰される」

室内の空気が、さらに重くなる。

「だから、止まるな」

淡々とした声だった。

だが、その一言に含まれる意味は明確だった。

補給のタイミング、合図の統一、撤退判断の基準。

一つ一つ、無駄なく積み上げるように説明していく。

細部に至るまで詰められた内容は、どれも曖昧さを許さない。

誰ひとり口を挟まず、ただ真剣に耳を傾けていた。

説明を終え、バルスは一度だけ視線を上げる。

「以上だ」

短く言い切る。

静まり返った室内に、わずかな呼吸音だけが残る。

やがて、ダルクが小さく頷いた。

「各自、準備に入れ」

それが合図だった。

分団長たちはそれぞれ無言で立ち上がる。

その足取りに迷いはない。

扉が開き、順に外へ出ていく。

残された静寂の中で、地図だけが机の上に広がっていた。

――――――――――

外に出ると、夜の空気がわずかに冷たかった。

バルスは夜空を見上げ、ゆっくりと息を吐く。

ミドリは元気にしているだろうか、とふと思う。

今回の作戦は、成功すれば戦況を大きく動かす。

――だからこそ、厳しい戦いとなるだろう。

命を落とす可能性を、考えずにはいられない。

それは騎士である以上、最初から分かっていることだった。

それでも。

自分がいなくなった後のことを、考えてしまうようになった。

だから、手放すしかなかった。

そうしなければ、自分が死んだあとまで、あいつを縛ることになると思ったからだ。

ポケットから取り出したのは、一枚の写真。

写っていたのは、結婚式の1か月前、仕立て上がったばかりのウエディングドレスを幸せそうに試着していたミドリの姿だった。

それでも、どうして手放してしまったのだろうと、何度も思う。

彼女のためだと決めたことだから、後悔はしていないはずだ。

――そう思うのに。

勝手だな、と内心で苦笑する。

最後に会ったときの、不安そうな顔。

そして、自分に向けられた、真っ赤な顔。

どちらも、鮮明に思い出せる。

あのとき彼女は、すべてを差し出す覚悟をしていた。

いや、違う。

きっと、付き合い始めた頃からそうだった。

オレが望めば、あいつは何だって受け入れてしまえたのだろう。

幸せであってほしいと思う。

――でも。

オレの傍以外で幸せになるミドリを、素直に願えない自分がいる。

やはり、本当に勝手だと思う。

どうして彼女以外に心が動かないのかと、何度も考える。

ミドリを伴侶と認識したのは、出会って間もない頃だった。

最初は戸惑うばかりだった。

正直に言えば、彼女はまったく好みのタイプではなかった。

どちらかというと、整った顔立ちの女性が好みだったからだ。

それでも。

気づけば、そんなことはどうでもよくなっていた。

伴侶と認識した相手がどう映るのか、うまく言葉にはできない。

ただ、彼女のすべてが愛しくて、何もかもが欲しくなる。

我ながら、どうしようもないと思う。

半獣人は、人族よりも想いが移ろいにくい。

特に伴侶と認識してしまえば、その想いが別の相手へ向くことはほとんどない。

もし、生きて帰れたら、そのときオレは――

それでも、考えずにはいられなかった。
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