異世界に来て10年、伝えられないままの片想い

第14章 会いに行く理由――それでも、足は止まったままで

バルスが自宅に戻ってきて、もう5日が経つ。

私は、婚約を破棄されて以来、一度もバルスの家には行っていない。

留守の間の家のことも、当たり前だけど私には頼まず、家政婦派遣所に任せていたらしい。

……まぁ、そうだよね。

一時は生死を彷徨っていたと聞いたときは、本当に生きた心地がしなかった。

昨日、お見舞いに行ったリースさんたちの話では、お姉さんが看病に来ているらしく、しばらくは自宅療養するとのことだった。

「行かないの? お見舞い」

昼時の喧騒が過ぎて、遅めのお昼を一緒にとっていたとき、ミレーヌさんにそう聞かれた。

「あ、うん……でも、その、迷惑じゃないかなって」

「迷惑なわけないでしょ」

呆れた顔で見られる。

「でも、私、振られたんだし……」

「……あのね、バルスは――まぁ、いいわ」

言いかけて、言葉を飲み込む。

「とにかく、ミドリはバルスの友人には変わりないんだから。お見舞いには行くべきでしょ?」

「……そうですよね。私、バルスには本当に色々お世話になってたし……」

「夕方ごろ行ってきなさい。今日はバイトも来るし、こっちは大丈夫だから」

ミレーヌさんは、そう言って私の背中を押してくれた。

本当は。

すごく会いたい。

顔が見たい。

話がしたい。

――あの腕の中に、もう一度だけでも。

そんなことを今も思ってしまう自分に、小さく苦笑する。

バルスとの幸せな時間があったからこそ、今はただ苦しい。

――――――――――

「あら? 貴方は――」

バルスのお姉さん、だよね?

相当緊張しながら、バルスの家の鐘を鳴らすと、ドアが開いた。

そこにいたのは、優しい面立ちの、綺麗な狼族の女性だった。

少しだけ、顔立ちもどことなく似ている気がする。

「あ、あの、お見舞いに……」

「まぁ……」

なぜか、じっと私の顔を見つめてくる。

えっと、あれ?

私の顔に何かついているのだろうかと、思わず頬に触れた、その瞬間。

ふわっと、抱きしめられた。

「え、と……え、あの……」

「本当、よかったわぁ……愛想つかされてなくて……」

ぽつりと呟く声が、耳元で聞こえる。

「……あの?」

やっと私の声に気づいたのか、腕の中から解放された。

「ごめんなさいね、つい嬉しくて。ミドリさんだったかしら?」

「え、はい……あの、名前……?」

「あぁ、ほら、写真で見たのよ。以前、結婚するって報告を受けたときにね」

――グサッと胸に刺さる。

今、その話題はきつい。

ダメージが、想像以上に大きい。

でも、言わないと。

「あ、あの……今は、ただの友人で……その、すみません」

自分で言って、さらに胸が痛くなる。

お姉さんは、申し訳なさそうに表情を曇らせた。

「そう……みたいね。本当にごめんなさいね。貴方みたいな女性を悲しませるなんて」

逆に謝られてしまう。

「い、いえ、あの、大丈夫ですから……」

そう答えながら、余計に惨めさが込み上げる。

だめだ、泣きそう。

でも、ここで泣くわけにはいかない。

もう、あのときに、涙が枯れるほど泣いたのだから。

とにかく、話を逸らさないと。

「あ、あの……バルスさんの怪我の具合は?」

「あら、ごめんなさいね。やっと起き上がれるくらいにはなったのよ」

そう言ってから、少し申し訳なさそうに続ける。

「ちょっと、これから夕食の買い物に行ってくるから……少しだけ、お願いしてもいいかしら?」

「え、あ……はい」

私が頷くと、お姉さんは買い物かごを持って、そのまま出かけていった。

玄関先に一人取り残されて、私はぎゅっと指先を握りしめる。

会いたかったはずなのに、今さら足がすくんでいた。

——それでも、ここまで来てしまったのだから。
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